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2021年1月 9日 (土)

西日暮里道灌山

 またまたご近所ネタでICE MAN(あれっ? いつの間にか英語入力になってしまったようだ)。

 という下手なジョークはさておいて……。

 JR東日本山手線・京浜東北線と東京メトロ千代田線の西日暮里駅は、1969年12月20日に営団地下鉄(当時)、1971年4月20日に国鉄(これも当時)の駅が開業して地下鉄と国鉄の乗換駅となった。その後、2020年3月14日に高輪ゲートウェイ駅が開業(暫定)するまでは、JR山手線で一番新しい駅だった。

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 ところでこの西日暮里駅は「開成学園のために出来た駅だ」なんて夜郎自大なことを信じている開成生がいるらしい。って、まあそれは私の息子の思い出話なんだけれども。だとしたら山手線が開業した1909年とか、環状運転が開始された1925年には既に西日暮里駅が出来ていなければいけないはずなのに、なんでそれがなくて、多くの開成生はお隣の田端駅や日暮里駅で下車しなければならなかったのか、という謎を解明できはしないのだ。

 まあ、こういうトンデモナイ奴らが東大法学部に進んで政府の役人になってしまうと、まさしく「上から目線」の夜郎自大な馬鹿どもになってしまうんですね。開成じゃないけれども、私と同年代のキネマ旬報の映画評投稿仲間で、鹿児島ラサールから東大に進んだ愛すべき男が「僕はもう庶民の眼で映画を見られなくなりました」なんてキネ旬の編集長に手紙を出したなんて逸話もあったりして、その男も東大卒業後は役人になったんだが、う~ん、やっぱり役人の「上から目線」ってのは、永遠なんですね。まあ、役人としてはいい仕事をした人なんですけれどもね。

 あ、今は役人は退官して、映画評論家兼プロデューサーをやっています。

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 まあそれはいいとして、日暮里から田端にかけての台地の上は道灌山と呼ばれ、道灌山遺跡というのがあります。開成学園のグラウンドを中心に台地上に広がる縄文時代から江戸時代に至る複合遺跡で、縄文時代および弥生時代の竪穴式住居跡、平安時代の住居跡、江戸時代の溝などが発掘され、縄文式土器や弥生式土器が出土している。まあ、縄文時代の頃は、多分、この近くまで東京湾(江戸湾? っていうかなんて呼ばれたんだろう。ああ、結局「海」か)が迫っていたはずなので、海産物を採りつつ、安全な丘の上の村という感じの住居があったんだろうなあ。

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 その一部が「荒川区立西日暮里公園」となっていて、公園内には道灌山についての解説や、「日暮の里散歩」なんていう散歩コースの案内などが設置されている。道灌山近辺は「日暮の里」という別名が付けられていて、それが「日暮里」という地名の元となっている。

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「日暮の里散歩」コースは正式名称を「諏訪台通り」という名前で、その途中に「富士見坂」という分かれ道がある。

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 富士見坂には上の写真のような「ここから撮った富士山」の写真が沢山掲げられているんだが、残念ながら現在は坂の向こうには大きなビルが建ってしまっていて、富士山を望むことは出来なくなってしまっている。

 まあ、「富士山が見られなくなってしまう」なんて理由でビル建設を阻むことは出来ないわけで、まあ、それは仕方のないこと。

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「日暮の里散歩」コースの行き止まりは、ご存知「夕焼けだんだん」でお馴染みの谷中銀座であります。

 夕焼けだんだんの右側(北側)は荒川区西日暮里、左側(南側)は台東区谷中である。

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LEICA M-E LEITZ ELMARIT-M 28mm f2.8 @Nishi Nippori / Jan. 7 2021 ©tsunoken

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