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2021年1月10日 (日)

銀座写真は85mmで

 のっけからなんなんだが、「銀座写真」なんて言うものがあるはずはない。

 じゃあ、なんで「銀座写真」なんていうタイトルをつけたんだ?

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 これまでにも何度か書いたことがあるが、私が「写真」というものに目覚めたのが小学五年生の頃、五年生から入れる写真クラブというものに入って、トイカメラみたいなものを手に入れて西新井大師を撮影したり、透明な窓ガラスに紙で作った「空飛ぶ円盤」なんかを貼り付けて、特撮映画のスチールみたいなものを撮影していた。

 その後、「写真」への興味は、「動く写真=映画」の方に移り、中学生の頃は007映画にハマり、その後、クロード・ルルーシュの「男と女」を見てからは、ヨーロッパ映画へと傾倒し、高校生になるとゴダールと日活ロマンポルノにハマって、高校生から大学生になる頃に、映画評論を「キネマ旬報」「映画評論」「映画批評」なんかに投稿する、ちょっとマセた「投稿少年」になったんですね。さらには『月刊シナリオ』誌の新人評論賞なんてものをいただいたりしたんだが、その話はまた別の機会に。

 その当時の投稿仲間のライバル(って、勝手に私が持っていただけのことなんだけれども)が、鹿児島ラサールに通っていた寺脇研氏(元文部省「ゆとり教育担当」、その後、映画評論家兼プロデューサー)だった。

 まあ、寺脇氏とのお話はこれまた別の機会に。

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 大学に入ると興味は「映画を自分で作る」という方向になって、最初は8ミリ、その後、日本テレビの報道局でアルバイトをして16ミリカメラの扱いを覚えると、ボレックスH-16を手に入れて、自分で名付けた「現象学的ドキュメンタリー」というものを撮り始める。

「現象学的ドキュメンタリー」って何だ?

 まあ、別に特別なことではない。要は街に出て、いろいろな事象を撮影し、それに適当なコメントをつけるっていう……、要は、このブログみたいなドキュメンタリーっていうほどの価値もない、ドキュメンタリーフィルムなのであります。

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 実は、大学卒業後は映画やテレビ会社なんかに進むつもりだったんだけれども、ちょうどオイルショックのの次の年で多くの会社が新入社員の採用を辞めて、映像関係に行く会社がなくなってしまい、しょうがなく出版社の営業職にもぐりこんだ。

 その後、学生時代の経歴を見た会社は、私を営業職から映像プロデューサーに配転、まあ、そのほとんどはアニメーション(テレビ、ビデオ、映画全部あり)だったんだけれども、そちらの製作が生活の中心になり、自分用のドキュメンタリーなんて作っているヒマなんか無くなってしまう毎日だった。

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 その後、私もいっぱしに結婚なんてものをして、娘が出来て、お恥ずかしながら普通のオヤジと同じくカメラを再び手にするようになったんですね。

 それまで、私が持っていたのは普通のコンパクトカメラだったんだけれども、その時、手に入れた機材はニコンNew FM2だった。いやあ、いかにも「普通のお父さん」ですね。まあ、別に、私が普通のお父さんであっても、別に恥ずかしくはないんですけれどもね。

 で、その頃から、私の第2の写真生活が始まったんですね。

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 当時はまだ「歩行者天国」が珍しかった時代で「ホコテン」なんて言葉もまだなかったんじゃないだろうかな。

 まあ、でも「再び新米になったカメラ少年(×中年)」にとって銀座のホコテンは、やっぱり被写体が沢山ある素材ではあるので、月に1~2回は銀座に撮影に行ってきたんじゃないのかな。

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 それが、私が言うところの「銀座写真」の始まりなんですね。

 結局、自分なりに「銀座写真」って何だろうって考えたんだけれども、それは、学生の頃の「現象学的ドキュメンタリー」の延長線上にある写真だったのである。

 つまり、成田三里塚闘争に寄り添った小川プロダクションのドキュメンタリーのような、取材対象と密接に交流して出来上がったフィルムじゃなくて、結局は取材対象とは一線を画した形でのドキュメンタリーっていうのが「銀座写真」なのだ。

 それが見る者にとって何かを訴えているのか、訴え得ているのか、なんてことは私には関係ない。

 それが「現象学的ドキュメンタリー」なのであります。

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 なあ~んてことを、モーリス・メルロ=ポンティとかロラン・バルトに影響されちゃうと言ってしまうんですね。

 バカだね。

NIKON Df AF NIKKOR 85mm f1.8 Open Iris @Ginza / Jan. 8 2021 ©tsunoken

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