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2020年10月10日 (土)

TOP MUSEUM ① 琉球弧の写真

 現在、東京都写真美術館では二つの写真展と、映画と何やら「新しい」インターネットアートとかいうものの4つの展示が行われている。

 取り敢えず、今日は二つの写真展のうちのひとつ『TOPコレクション 琉球弧の写真』を紹介する。

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「琉球弧」とはなにか?

『九州の南から台湾へ弧状に連なる島列』ということで、鹿児島の南、種子島や奄美諸島を経て、沖縄本島、から宮古島、石垣島などを経て与那国島へと至る島嶼部のことである。

 この地域は歴史的に中国治下になったり、日本の治下になったり、そして現代ではアメリカの治下になり、1972年に日本治下に戻った歴史を持っている。1960年代には、あのベトナム戦争の米軍の最前線基地になり、戦争とは無縁になった本土日本とは異なり、まさしく日常生活と戦争が背中合わせになっていた場所である。

 当然、写真家たちの眼も、こうした「戦争」と「平和」そして「日常生活」との間の相克というものが存在する中での写真眼といったものになってきて、世の中を見る眼が、今の我々のような「平和ボケ」した「眼」とは違うものになっているはずだ。

 ということで、上の写真の左側、「琉球弧の写真」のポスターなんだが、どこかで見たことのある写真だなあと思って調べたら、比嘉康雄の「本土集団就職 那覇港 1970・12」という作品なんだけど、何故か「裏焼き」なんですね、何でだろう?

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 本写真展のガイドによれば……

『本展では、「琉球弧の写真」と題し、35,000点を越える当館コレクションから、新規収蔵作品を中心に、沖縄を代表する7名の写真家(山田實、比嘉康雄、平良孝七、伊志嶺隆、平敷兼七、比嘉豊光、石川真生)の多種多様な写真表現を紹介します。沖縄は、その温暖な気候や風土、古来からの歴史を背景に、独自の文化を育んできました。本展出品作品の多くは、1960年代から70年代の沖縄を撮影したものです。市井の人々の暮らしや、大きなうねりとなった復帰運動、古くから各地に伝わる祭祀などを写した写した作品は、それぞれの写真家にとって、キャリア初期の代表作となっています。沖縄に暮らし、沖縄にレンズを向けた7人名の写真家の作品には、沖縄のみならず、琉球弧(奄美群島から八重山列島にかけて弧状に連なる島々)全体を見据えたまなざしがあり、様々な角度から、この土地固有の豊かさと同時に、沖縄が直面する困難を写し出しています。本展はこれまで沖縄県外の公立美術館で紹介されることが少なかった、沖縄を代表する写真家の作品を網羅的に紹介する初の展覧会です。』

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 まあ、確かに米軍とベトナム戦争に関係した写真の展示とか、雑誌への掲載などは数多くあったし、ベトナム戦争時代の全軍労の運動や、学生の反戦運動はよく知られているし、今でも残っている駐留米軍とその基地移転問題などもあって、いまだに沖縄問題は日米の政治問題の根本問題を抱えている。

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 勿論、写真はそんな「問題写真」ばっかりじゃない。

 普通に、沖縄の人たちの普通の生活があるわけで、それをもまた正確に写し撮るのも写真家の役割だろう。

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 そんなことを考えながら、この「琉球弧の写真」を見るのもいいだろう。

東京都写真美術館(TOP MUESUM)のサイトはコチラ

LEICA M-E LEITZ ELMARIT-M 28mm f2.8 @Yebisu ©tsunoken

 取り敢えず、私が持っている今回の出品者関係の写真家の本はこの『生まれ島・沖縄』なので、それを紹介。

 一番上の裏焼き写真も収録されています。

Photo_20201009210501©Yasuo Higa

 と思ったんだけれども、テープを持つ手とか、洋服の前合わせを見ると、コチラの方が裏焼きみたいだなあ。

Photo_20201007163001

 『生まれ島・沖縄 アメリカ世から日本世』(比嘉康雄写真集/ニライ社/1992年5月15日刊) 

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