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2020年10月19日 (月)

『読んでいない本について堂々と語る方法』なんてあるんだなあ

 えっ? そんな方法があるのだろうか? 本当にあるのならば、たまに本について書くことがある私のブログにも応用できる、いやあブロガーのためのHow to本ですよね。

 どうせ、フックだろうと思いながら本を開いた。

Photo_20201010150701 『読んでいない本について堂々と語る方法』(ピエール・バイヤール・著/大浦康介・訳/ちくま学芸文庫/2016年10月10日刊)

 各章・説の書き出しから引用。まあ、これだけ読めば本書を読んだことになるのかな。

Ⅰ 未読の諸段階(「読んでいない」にも色々あって……)

Ⅰ-1 ぜんぜん読んだことのない本
 大事なのは、しかじかの本を読むことではなく(それは時間の浪費である)、すべての書物について、ムージルの作中人物がいう「全体の見晴し」をつかんでいることであるという話。

Ⅰ-2 ざっと読んだ(流し読みをした)ことがある本
 ヴァレリーの例が示すように、ある本について文章を書くには、その本をざっと読んでいれば十分であり、ちゃんと読むことは場合によってはむしろよろしくないという話。

Ⅰ-3 人から聞いたことがある本
 ウンベルト・エーコが示しているように、たとえ本を入手したことがなくても、他の読者が述べていることを聞いたり読んだりしていれば、本について詳しく語ることができるという話。

Ⅰー4 読んだことはあるが忘れてしまった本
 読んだけれど忘れてしまった本や、読んだことすら忘れてしまった本は、それでもやはり読んだ本のうちに入るのかを、モンテーニュとともに考える。』

Ⅱ どんな状況でコメントするのか

Ⅱ-1 大勢の人の前で
 グレアム・グリーンの小説では、主人公の作家が、満場のファンの前で、自分が読んだこともない本について熱心に意見を求められるという悪夢のような状況に直面する。

Ⅱ-2 教師の面前で
 ティヴ族の例が示すように、ある本を全く読んでいなくても、それについてまっとうな意見を述べることはできるという話(専門家はこうした意見に不満かもしれないが)

Ⅱ-3 作家を前にして
 ピエール・シニアックが示すように、ある本について、それを書いた作家の前で話さなければならないときには——とくに作家自身がその本を読んでいないときは——言葉に気をつけた方がいい場合があるという話。

Ⅱ-4 愛する人の前で
 ある人を、その人の愛読書だが自分は読んだことがない本の話をして誘惑するにはどうしたらいいか。ビル・マーレイと彼のウッド・チャックの話は、その場合の理想的な方法は時間を止めることだと教えてくれる。』

Ⅲ 心がまえ

Ⅲ―1 気後れしない
 ディヴィッド・ロッジの小説にもあるように、読んでいない本について語るための第一の条件は気後れしないことだという話。

Ⅲ-2 自分の考えを押しつける
 バルザックが示しているように、書物というものは不断に変化する対象であり、インクに浸した紐をかけてもその変化を止めることはできない。それだけに書物について自分の観点を押しつけるのは簡単だという話。

Ⅲ-3 本をでっち上げる
 漱石の小説を読みながら、一匹の猫と一人の金縁眼鏡の美学者が、活動分野はちがうもののいずれも大ぼらを吹くさまを観察する。

Ⅲ-4 自分自身について語る
 オスカー・ワイルドとともに、一冊の本を読むのに適した時間は10分であると結論する。これを守らなければ、本との出会いはなによりも自伝を書くための口実であるということを忘れかねないからである。』

 わかりますか? わっかんねぇなぁ、っていうアナタ。その態度は正しい。

 翻訳者による文庫版への「あとがき」にうまいことが書いてある。

『この本には、誰もがものを書くインターネット時代の読者の関心にフィットする何かがある。この時代は、テレビ・ニュースの街頭インタヴューで主婦や子供が臆することなく意見を述べる「一億総評論家」時代でもある。いや、カフェでも、スポーツクラブでも、病院の待合室でも、バス停でも、老若男女が時事ネタや芸能ネタについてコメントする。もちろんツイッターもある。それを使えば発信したことは瞬時に「拡散」される。本についての情報を得るのも簡単だ。パソコンやスマートフォンのキーを叩くだけで広大な「共有図書館」が目の前に展開する。電源が確保されているという条件で、人は一時代前には考えられなかったほど「物識り」になれるのである。こんな時代に、多くの人間は本をていねいに読む暇などないし、またその必要も感じない。立ち読み、盗み読み、斜め読みはむしろ常態である。しかもコメントする機会は無数にある(たとえそれがしばしば「つぶやき」でしかないとしても)。つまり彼らはピエール・バイヤールの教えをすでにある程度実践している人々なのだ。』

 ううむ、見事に大浦氏に当てられてしまった。

 困ったなあ……。

 って、別に、私が困ることはないのであった。

『読んでいない本について堂々と語る方法』(ピエール・バイヤール・著/大浦康介・訳/ちくま学芸文庫/2016年10月10日刊)

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