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2020年9月 6日 (日)

「坂のある街」が好きになった理由

 もともと生まれ育った環境は坂のない町だった。

 足立区に育ち、その後、30代までは練馬区に住んでいた当時は「坂」とは無縁の生活だった。

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 結婚して、妻の実家のそばである本駒込に移り住んでからが、「坂のある街」の生活になった。

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 坂のある街での生活というのは、当然「坂の上の町」と「坂の下の町」で異なった生活上があるわけで、それが昔は「坂の上の武家屋敷に住む侍の生活」と「坂の下の町に住む町人の生活」というのが、江戸の生活だった。

 ただし、これは江戸(東京)の町の元が関東ローム層でできた武蔵野台地に出来た江戸城を中心に開発され、その江戸の武士たちの生活を下支えする町民たちを、江戸では武蔵野台地の先の江戸湾の埋立地を中心とする場所に住まわせたという関係からできた町の分断があったわけである。

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 こうした棲み分けから出来たのが「山の手」と「下町」であり、それを往還する関係というのは、身分制の下にはなかった考え方だった。

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 こうした「山の手=武士の町」と「下町=町人の町」との分断は、しかし、明治維新を越えて次第に薄くなり、現在ではさほど意識されることもなくなっている。

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 意識されることは少なくなったとはいえ、しかし、やはりそこには「坂の上の生活」と「坂の下の生活」という、身分制ではないがなんとなく「生活感の違い」のようなものがあるのではないだろうか。

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 坂の上の町には日当たりのよい場所が多く、なんとなく住みやすさにつながっているような気がする。

 とは言うけれども、別に、現在では「坂の上と下」の分断はなく、「坂の上の生活」と「坂の下の生活」が異なるわけではない。

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 というところまで考えて来て、やはりこれは東京独特の考え方なんだということに気がついた。

 大阪や名古屋にそうした「坂」は存在しないし、京都には「洛中」と「洛外」という区分けはあっても、それが坂で分断されているわけではない。

 つまり「坂の上」と「坂の下」でもって異なる生活があるという考え方が、東京独自の考え方だっていうことなのだ。

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LEICA M-E TTArtisan 21mm f1.5 ASPH @Kagurazaka ©tsunoken

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