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2020年9月 5日 (土)

田園調布も西口と東口では違う

 東京都大田区というのは不思議な区で、北西部には田園調布という典型的なお屋敷町を抱える一方、国道1号線あたりから南東部分は「下町ロケット」に代表される町工場などが林立しており、一番海に近い東の端は羽田空港という、三つの貌を持った区である。

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 一番、北西部にある田園調布というのは、ご存知の通り渋沢栄一が作った田園都市株式会社が開発・分譲した住宅地で、そのパンフレットにはこう書かれている。

『日本の田園都市を建設するにあたり「田園都市という言葉はその起源から考えてみますと、今日わが国で用いられている意味とは少しその趣を異にしているように思われます。本社の如きも田園都市株式会社という商号を用いていて居りますものの、英国では田園都市と銘打って始めた事業の内容に比べますとだいぶ相違した点もありますから、ここに簡略ながら田園都市ということについて一言申し述べようと存じます」』

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『「イギリスの田園都市では工業地域の工場へ通勤する労働者の住宅地を主眼にするのに反して、わが田園都市に於いては東京市という大工場へ通勤される知識階級の住宅地を眼目といたします結果、いきおい生活程度の高い瀟洒な郊外新住宅地の建設を目指しております」また「イギリスの田園都市は工業地域、農業地域も一体に作りますが、日本の田園都市は住宅のみの建設に限定し、田園を冠する限り、その住宅の建設される地域はつぎの要件を満たすことが必要であります」』

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 ということで、初めから「高級住宅地」というイメージで開発された田園調布は、多分、その前年開発分譲された文京区本駒込の大和郷(やまとむら)をひとつのモデルケースとして開発されたのであろう。

 ただし、地形的に面白いのは、田園調布の場合、住宅地として開発分譲されたのは、現在の東横線田園調布駅の西側、国分寺崖線の上にある「坂の上の街」なのである。

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 当然、「坂の上の街」がある以上、「坂の下の町」(なんで「まち」の感じが違うんでしょうね)があるわけで、コチラは高級分譲地ではなく、現在は商業地となっている。東横線田園調布駅の西口側なんですね。

 個人住宅ばかりが並んでいる西口側の田園調布に比べて、東口側の田園調布は商業ビルや雑居ビル、個人商店などが並んでいて、まあ、言ってみれば「山の上の田園調布三丁目(西口)」と「下町の田園調布二丁目(東口)」という、港区の「麻布台」と「麻布十番」の関係が、ここにもあるのだ。

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 ただし、麻布の場合は「麻布台=仙台藩下屋敷」「麻布十番=商人町」という身分的な違いがあったんだが、大正時代に作られた田園調布には(タテマエ上は)そんな身分制の違いはない……、んだけれども、やっぱりちょっとなんかなあ、っていう違いが歴然とある。

 基本的に言っちゃうと、やっぱり田園調布三丁目の住人は、田園調布二丁目を見下している、っていうか何て言うか。

「おお、貴方も田園調布ですか。で、何丁目?」ってな会話がありそうだな。

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 で、その田園調布三丁目なんだけれども、 一般社団法人田園調布会っていう町会があって、まあ、一般社団法人ってところは大和郷会のマネなんだろうけれども、その町会の会則でもって「当初分譲した面積100坪を分筆してはならない」っていうような規定があるらしい。

 問題は、既に第一次分譲から100年近くなって、ってことは三代くらいの時代を経ているわけで、遺産相続の際に以前の土地の面積では他人に売れないために分筆して売りたい遺族の意向が生かせないということになってしまう。当初は「分筆」なんてことは考えていなかった初代分譲地所有者たちはそれでよかったかもしれないが、何代か後の遺産相続者としてはそんな決まりがあったんでは、土地代が高すぎて売るに売れないという問題が起きてしまった。

 まあ、そのために、「住み人不在」のお屋敷がかなり多く出て来ているという問題が、現在の田園調布会の喫緊の課題になっているそうだ。

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 他人事なんでどうでもいいんですけれども、今後、要注目の話題ではあります。

LEICA M-E TTArtisan 21mm f1.5 ASPH @Denenchofu ©tsunoken

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