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2020年9月13日 (日)

『東大全共闘 1968-1969』

 渡辺眸氏の同名の親本が出ていたのは知っていたし、実際に手にしたこともあるのだが、実は買っていなかった。

 渡辺眸氏の本で持っていたのは唯一『1968新宿』(街から舎/2014年8月26日刊)、1968年に東京写真専門学校を卒業した渡辺氏が、新宿の街を撮り始め、最終的には新宿駅西口で活動していたフォークゲリラなどの運動に収斂していく様を同時間で捉え、最後は1968年10月21日の国際反戦デーへと収斂していく一冊ではあった。

Photo_20200911150401 『フォトドキュメント 東大全共闘 1968-1969』(渡辺眸・著/角川ソフィア文庫/2018年4月25日)

『初めて本郷のキャンパスに入ったのは、そんな頃。
飲み友達のデザイナー、山本美智代さんのアパートを何度か訪れていた。彼女の夫である義隆さんと顔を会わせることは、めったにない。たまに話し込んで遅くなるとドアが開き、ヌッと長身の義隆さんが姿を現すのだった。』

 と書くのが、新宿の街頭闘争の取材から東大全共闘という拠点での闘争に取材対象が変わってきている。

『連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして仆れることを辞さないが、力を尽くさずして挫けることを拒否する』という有名な、安田講堂内に残された落書きにある通り、東大闘争というのは元々は医学部の研修協約闘争から始まった、あくまでも「学生運動」でしかなかったし、日大闘争もまた古田重二良会頭による不正経理を糾弾する学生たちの「学生運動」であった。

 本来ならば、そうした学内運動でしかない全共闘の運動に対して、国家権力が介入し、両運動の代表者が逮捕されるということは有り得ない筈なのだ。60年安保闘争とは異なったフェーズの出来事ではあるのだが、そこに敢えて介入した国家権力というものの存在が、何かを予想させるものがあった。

 大学の学生自治組織としては、全国の大学自治会があって、その全国組織が全国学生自治会連合、いわゆる全学連なんだが、新左翼党派が領導する自治会もあるんだが、大半の大学の自治会は日本共産党系(民主青年同盟)の傘下に収まっていて、実はこの民青系全学連が、肝心の時には反学生・反革命の立場になって、国家権力と一緒になって学生運動を抑圧する側に立ってしまうんだということを証明したのが、この1960年代後半の学生運動の特徴でもあった。

Photo_20200912191901©渡辺眸

 2007年10月に本書の親本が出版された時のことが「あとがきにかえて」に記されている。

『出版が実現したのは、ある写真展で久しぶりにKokoこと山岸享子さんに会えたから。新潮社の瀧本さんを紹介していただいた。』

 それがきっかけだったらしい。ちなみに山岸享子さんという人は、写真のキューレーターとして有名な人だった。

『十年前、こうして新潮社から出版された『東大全共闘 1968-1969』を読んで、「今の学生にも見てもらいたいので、東大の五月祭で写真展をやりませんか?」と連絡をくれたのが、当時東大生だった藏本くん。角川書店に就職した彼が、五十周年だからと文庫化の提案をしてくれて、再編集版の今回の本が生まれました。』

 というのが、今回の文庫版のあとがき。

 どのくらいの部数を刷ったのかは分からないが、新潮社もなかなか懐の深いところを見せるもんだなあ。

L10026242_20200912191601権力の象徴ってことではないですが……。LEICA M-E ELMARIT 28mm f2.8 @Kandabashi ©tsunoken

 『フォトドキュメント 東大全共闘 1968-1969』(渡辺眸・著/角川ソフィア文庫/2018年4月25日)

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