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2020年7月29日 (水)

自由が丘は丘じゃないという話

 自由が丘は丘じゃないという話は以前にも書いたことがあるんだけれども、いつ書いたんだか思い出せないので、もう一度書きます。

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 昨日のつづきということで言えば、上大「岡」や緑が「丘」は、たしかに山や丘の上の方にあるんだが、「自由が丘駅」がある目黒区自由が丘一丁目は『駅周辺は戦前に「衾沼(ふすまぬま)」と言う沼地を埋め立てて造成された土地であるため、丘と云う地名ながら、周辺と比較して低地となっている。二・三丁目には丘が多いが、自由が丘の南に九品仏川があり、そこへ流れていた雨水が削っていったためである。』(Wikipedia)となっている。駅名も最初は「九品仏」という名前の駅だったんだが、1929年(昭和4年)現在の東急大井町線に九品仏の門前に九品仏駅が出来ることになり、東急東横線の九品仏駅は最初当時の地名からとって「衾駅」という名前にしようという計画だったんだけれども、1927年(昭和2年)に自由ヶ丘学園という学校が設立されたところから、「自由ヶ丘駅」になったそうだ。

 1932年(昭和7年)10月1日の東京市域拡張による目黒区成立時(目黒町と碑衾町が合併)に東京市目黒区自由ヶ丘となった。また、1965年(昭和40年)の住居表示施行時には「自由が丘」となった。翌年1966年(昭和41年)には、駅名も「自由が丘駅」に改称されている。というのが地名成立の由来。

「学校設立」→「駅名変更」→「町名変更」という、なんか本来の駅名変更とは逆の順番で自由が丘駅になったっていうのが面白い。

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 自由が丘といえば、まず、モンブランで有名な「モンブラン」ですね。ここでは、必ずモンブランを買わなければいけません。

 もう一つ重要なのは「王貞治『自由ヶ丘亀谷万年堂のナボナはお菓子のホームラン王です』/國松彰『森の詩もよろしく』」でお馴染みの、亀谷万年堂ですね。

「森の詩」はもう作っていないそうですが、ナボナは相変わらずお菓子のホームラン王です。ということで、自由が丘土産といえば、モンブランとナボナです。

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 自由が丘で思い出すのは下の写真の建物にあった自由書房という本屋さんで、普通の本屋さんというレベルの存在じゃなくて、いろいろな出版社の営業マン・編集者なんかの取り次ぎ・取り纏めなんかもやっていて、結構、文化人的な働きをしていた書店主だった。

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 自由が丘駅を降りると駅前から東急東横線沿線に鰻の寝床のように伸びているのが「自由が丘デパート」と「ひかり街」であります。

 なんとなく、このテの共同店舗によくある戦後の焼け跡闇市からスタートした店舗なのかと思ったんだが、さすがに米軍も自由が丘なんかを空襲するわけもなく、そんな焼け跡闇市ではないそうで、もともとこの近辺で店を開いていた人たちが共同で建てた店舗だそうだ。

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 一軒、自由が丘で面白そうな店を発見。

「ポパイカメラ」という店なんだけれども、普通のカメラ店の場合、店の外側にショウウインドウなんかがあって、そこにカメラが並んでいるんだけれども、この店にはそんなものはなく、外から見るとどう見てもカメラ屋さんとは思えない。

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 でも、店に入ってみると中古カメラや、奥の方には新品のカメラ(ただし、一眼レフなんかの「高いカメラ」はありません)なんかが展示されている。う~ん、面白そうなので、少し通ってみようかな。

LEICA M-E LEITZ ELMARIT-M 28mm f2.8 @Jiyugaoka ©tsunoken

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