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2020年6月17日 (水)

"ASAKUSA" After the Corona

 東京都のコロナウィルス対策がステップ3になったので、安心してそれまで人が「密」になっていた浅草が言ってもよくなったようなので出かけた。

 以前から出かけようという気にはなっていたんだが、随分、我慢をしていたんですね。

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 勿論、テレビニュースなどで浅草がガラガラになっていることは知っていた。

 雷門の前も、人力車屋さんの方が観光客よりも多い位だ。

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 まあ、コロナウィルス禍でもって海外からの日本入国が制限されちゃったんで、その結果、とにかくインバウンドの人たちばっかりで一杯になっていた浅草浅草寺も、来る人たちは日本人ばっかりになってしまっていて、そうなるとこれだけ人がスカスカになるって言うことなのですよね。

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 でも、考えてみると外国人があれだけ沢山、浅草に来るようになったのは、ここ数年位のものではなかったのではないだろうか。

 木村伊兵衛氏が撮影した「永井荷風 東京・浅草寺 一九五四年」に写る浅草寺仲見世の写真だって、上の写真よりは多少多いだけの人出でしかない。

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 昔、私が小学生位のころには東武線西新井駅から浅草までは子供料金で多分10円位だった。

 10円でもって浅草に来たって何も出来るわけはないのだけれども、何か、浅草に来れば「何か面白いものが見られる」っていう気持ちで来たという記憶がある。まあ、もうちょっとお金を持っていれば、花屋敷とかに行った記憶はあります。

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 10円玉を握りしめて浅草まで遊びに行った私たちが見た仲見世の風景っていうのは、現在のコロナウィルス禍状況下ほどではないが、まあ、永井荷風の写真位の混み方で、まあ、それが普通の「浅草」っていうものだった。

 それでも、それは結構な人波で、仲見世を歩いていても、結構、興奮したものだった。

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 要するに、日本人だけ……、というか東京の下町や場末に住む人たちが通っていたのが、浅草観音様だったんで、元々、山の手の人たちは来なかったし、ましてや「外国人」なんてのは……、っていう存在だったんですね。浅草観音様浅草寺ってのはね。

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 まあ、元々、江戸の人たちの遊び場だった浅草なのである。

 つまり、今みたいな「日本人だけ」(もうちょっと言っちゃうと、隅田川近辺の下町・場末エリアの人間が)が来るというのが当たり前なのである。

 なんか、そんな昔を思い起こされる、最近の浅草ではある。

LEICA M-E EIMARIT-M 28mm f2.8 @Asakusa ©tsunoken

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