無料ブログはココログ

chotoku.note

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

フォト

« 21mm f1.5 開放絞り | トップページ | 〽東雲のストライキ »

2020年7月 1日 (水)

上中里を往く

 今日から7月。最早、完全な夏なんだけれども、相変わらず「マスク自粛令」がある以上、出歩くときはマスクが必要になっていて、「暑い!」。

 一体、いつになったらマスクがいらなくなるのだろう。都知事選までかなあ?

L10003452

 ということで、今日のテーマは「北区上中里」なのであります。

 京浜東北線の田端駅から上中里を目指して歩き始めます。

L10003472

 少し歩くとJR東日本の田端操車場と尾久車両センターを分ける踏切に出ます。

L10003532

 現在は田端操車場っていうと、JR東日本の新幹線基地「東京新幹線車両基地」があるのだが、昔、ここは国鉄の貨物専用の操車場だった。東北線に沿って出来ている操車場なので、どちらかというと東北地方や上越・信越線、常磐線など北へ向かう貨物列車が蒸気機関車で入れ替えを行っている操車場だったのであります。

 なので、冬になると屋根に雪を載せた貨車なんかが沢山見られて、眺めていると「あの貨車はどんなところから来たんだろう」という旅情を感じさせる風景がいくらでも観られた場所だったんですね。

 現在は貨物輸送は列車よりはトラックが主体になっているので、貨物列車の姿はほとんど見られなくなってしまって、この田端操車場から常磐線の三河島駅を通って南千住の貨物駅まで走っている路線も、殆ど使われていないようだ。昔、「国鉄戦後五大事故」の一つと言われた「三河島事故」も、ここ田端操車場から出た貨物列車と常磐線の電車が衝突した事故ではあった。

 

L10003502

 実は、私は父親を亡くす3歳半ころまでは、父親が文部省の教育研究所に勤務する技官だったので、この田端操車場の真ん前にある上中里の公務員住宅というところに住んでいた。

 まあ、3歳半位までの記憶なので、建物の様子や周辺の状況なんかはまったく覚えていないのだが、何故か、家の窓から眺めていた田端操車場を出入りする貨物列車やD51なんかの蒸気機関車などの記憶だけははっきり覚えている。

 それだけ毎日毎日、機関車の出入りを眺めていたんだなあ。

 その後も、公務員住宅は名を変えて、いずれにせよ国家公務員が住んでいるアパートであったことは確かだったと思う。

 で、先日その「上中里の公務員住宅」の跡地に行ってみたら、なにやら工事中で、埋蔵文化財の発掘調査を行っていた。まあ、住宅が耐用年数を迎えてしまったので、そのついでに発掘調査をやっちゃおうってことなんでしょうね。

L10003652

 実は、この元公務員住宅のそばには、昔は知らなかったんだけれども「中里貝塚」というのがある。

 目の前は飛鳥山という武蔵野台地の東の端があって、ここ飛鳥山から急な坂道で、荒川の流域に属する低地、つまりもっと以前の縄文時代などの古代には、もしかすると東京湾に面する海岸がそばにあったっていうことになるのである。なるほど、で貝塚なのかということを知ったのは、現在住んでいる駒込に来てからのことで、これまた3歳半の頃までは知らなかったことではある。

L10003562_20200628165901

 なんか昔から駒込に住んでいるような顔をしているが、それもここ10数年前からのことで、それまではそんなに気にはしていなかった上中里ではあります。

 う~ん、これも何かの導きなのかなあ。

L10003852

LEICA M-E TTArtisan 21mm f1.5 ASPH @Kami Nakazato ©tsunoken

« 21mm f1.5 開放絞り | トップページ | 〽東雲のストライキ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 21mm f1.5 開放絞り | トップページ | 〽東雲のストライキ »