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2020年6月 8日 (月)

ふたつの『遠野物語』

「ふたつの『遠野物語』」とは言うまでもない、ひとつは柳田国男が著した名著『遠野物語 山の人生』であり、民俗学者としての柳田国男が遠野の人である佐々木喜善氏より聞き書きした遠野に古くからある数多くの民族伝承・民話を集大成したものである。もうひとつは写真家・森山大道が著した『遠野物語』であり、当然、そこには先行する柳田国男の『遠野物語』が存在するが故の「遠野行」なのであるが、実はそれが実際にある岩手県の遠野である必要があるのかどうかは関係ない。

『しかし、その遠野というのは、現実に固有の地名としてある遠野というよりは、僕にとって、もっとシンボリックな場所としての遠野なんです。だから、必ずしも岩手県の遠野でなくっても、たとえば中国山脈の脊梁に埋もれた村であっても、また数年先にはダムの底に沈んでしまうはずの九州の五木村でも、写真を撮るイメージのうえではさしつかえないということもいえるのですが、にもかかわらず、やっぱり遠野だったってことは、心情としてそのときの僕のこだわりが、どうしても遠野へ遠野へと向かっていってしまったということだと思います。』(「なぜ遠野なのか」より)

Photo_20200520194101『遠野物語』(森山大道・著/光文社文庫/2007年4月20日刊)『遠野物語・山の人生』(柳田国男・著/岩波文庫/1976年4月16日刊)

 私も一時期、遠野に何度か通っていた時期がある。

 勿論、それは柳田国男の『遠野物語』に魅かれて、彼が描いた「遠野」っていったいどんなところなのだろうか、という興味から花巻に宿泊して何度か遠野との間を往復しながら、河童淵とか、住家と馬小屋が一緒になった農家の建物とか、あるいは遠野の昔話を聞かせてくれる場所などに通ったのである。

 秋には「遠野祭り」という、遠野近辺の集落などでその集団が作られていて、彼らが昔から持続して持っている「鹿踊り(ししおどり)」の大集合なんかも何度か見に行ったりしていた。

 そこにあったのは……、要は「日本の田舎の集大成」みたいな「田舎の姿」であり、同時に、でしかなかった。

 森山大道氏は別に寒村の出身ではないし、大阪の郊外の生まれであり、そういう意味では(私も似たようなものなのだが)こんな「田舎の風景」とは縁もゆかりもない人物ではある。基本的に森山大道氏の写真は、都市に根差した写真なのだが……。

 それでもなお、私たちを引き込むその田舎町の誘引力って何なんだろう。

 もしかすると、私たちが原初的に持っている「田舎の風景への憧憬」なんだろうか?

 それを考えると、また遠野に行ってみたくなった。勿論、「ふたつの『遠野物語』」を持っていくのである。

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LEICA M3 SUMMILUX 50mm f1.4 TX-400 @Tohno ©tsunoken 9/20/2009

『遠野物語』(森山大道・著/光文社文庫/2007年4月20日刊)

『遠野物語・山の人生』(柳田国男・著/岩波文庫/1976年4月16日刊)

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