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2020年5月11日 (月)

『百鬼園写真帖』の楽しみ方

 内田百閒氏と言えば『阿房列車』シリーズでお馴染み「元祖・乗り鉄」として有名だし、法政大学の元祖航空研究会会長だったこともあり、基本的に「乗り物」に関する「ヲタク」的感性の持ち主として知られているわけであるが、こんな本があることは知らなかった。

 そうか百閒先生は日本における「元祖・撮り鉄」というか、「元祖・カメラオタク」っていうか……、要は「ヲタク」だってことは分かったいたんですけれどもねえ。

 で、早速、買って読んでみたんだが、嗚呼! 残念! 元祖カメラオタクの本なのではなかった。

Photo_20200508163801『百鬼園写真帖 内田百閒集成24』(内田百閒・著/ちくま文庫/2004年9月10日刊)

 内田百閒氏は1889年(明治22年)生まれである。ドイツでウル・ライカが作られたのが1913年なので、百閒氏24歳。

 巨大飛行船グラーフ・ツェッペリン号が来日したのが1929年8月。この時、ツェッペリン号の船長の胸に輝いていたのが初期のバルナック・ライカであったのは有名な話であり、多分、一般の日本人がライカ・カメラを目にした初めての経験ではないかと言われている。だとすると、百閒先生40歳にしてライカと出会うなんて言って、それはそれ、百閒先生、年齢的にはカメラオタクになってもよかった年齢ではあるのだが、どうもそんなエッセイはないようだ。

 文庫本の表紙に描かれているカメラの写真があるんだけれども、それは乾板式のボックスカメラで、まだまだ個人的なマニアが持つカメラではない。とすると、それは百閒先生が使ったカメラではなくて、まさしく百閒先生が「写真と云う物は横暴である。」という怒りを発した新聞社などのカメラマンが使っていたと思われるカメラなのかも知れない。

 やっぱり、カメラオタクが登場するのはライカやコダックなどの135カメラ(35mmフィルム使用のカメラ)が登場する時期まで待たなければならなかったのであります。

 まあ、「元祖乗り鉄」だからといって、何も他にもカメラオタクである必要はない。まあ、私の勝手な思い込みでしかなかったっていう訳。

 しかし、「この位の時期にしては」あるいは「この位の時期なので」、なのかは知らないが、いかにも「元祖乗り鉄・阿房列車の内田百閒先生」らしい写真や、普段着の先生の姿やら、宴会に挑む先生、などなど、まあ、さすがに1867年(慶應3年)生まれの内田百閒先生の先生、夏目漱石氏などの世代に比べると、残された写真は多くなっている。

 更に、面白いのはその内の何割かは百閒先生自身が撮影直後に気が付いてカメラの方を向いている写真があるってことなんだなあ。まあ、その辺が「写真と云う物は横暴である。」という本の腰巻にある百閒先生の言葉に現れているのかもしれない。

 まあ、いずれにせよ、まだまだスチール写真が「ニュー・メディア」であった時代のお話なのでありました。

『百鬼園写真帖 内田百閒集成24』(内田百閒・著/ちくま文庫/2004年9月10日刊)残念ながら、今は古本じゃないと買えない。是非とも重版を……。

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