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2020年4月 8日 (水)

『死せる街』

 画家エゴン・シーレは妻エディトが大戦前後に流行していたスペイン風邪にかかり、シーレの子供を宿したまま、1918年10月28日に死去。シーレも同じ病に倒れ、彼女を追うように10月31日に亡くなった。まさしく20世紀初頭のパンデミック=スペイン風邪で亡くなったエゴン・シーレにちなんで、21世紀初頭の現在の状況を新型コロナウイルスによるエゴン・シーレの作品『死せる街』で表現することになるとは思わなかった。

Theoldcity『死せる街』©Egon Schiele

 まあ、なんか不気味な絵ではあるけれども、別にこれはスペイン風邪に襲われた街の絵ではない。というか『死せる街』というタイトル自体がエゴン・シーレがつけたものではなくて、多分、後の評論家たちが勝手につけたタイトルらしくて、それはその評者たちがこの絵を見て、更にエゴン・シーレの人生から考えて、勝手につけたタイトルなのだろう。

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 むしろ現代における『死せる街』とはこんな街なのかというのが、今日の東京の街なのではないかというお話。

 ちょっと用事があって池袋の街に出かけたんだけれども、いつもの雑踏がない池袋っていうのも、なんか不思議な気分である。いつもは混雑していてとにかく歩きにくい池袋という街に対して毒づきながら歩いているんだけれども、逆にこれだけ歩行者の少ない街を見ると、逆に何故か、その寂しさに対して怖くなってくるっていうのも、ちょっと不思議な感覚だ。

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 その思いは池袋駅の地下通路に行ってみると更に強まる。

 駅の地下通路って、例えば新宿駅や東京駅みたいに、基本的に行き来する人たちは「東から西へ・西から東へ」という基本的に「一次元」(直線=平行)的な動きになるので、人混みで混雑してもさほど苦労はしないでまっすぐに歩けるんだけれども、こと池袋駅の地下通路って、これに輪をかけて「二次元」(平面=十字交差)的な人の動きにになるので、もう全くカオス状態でまっすぐに歩くどころか、慣れていない人だったら、もう自分がどこを目指して歩いているのかが分からなくなってしまうというレベルの問題になってしまっていた。

 その「カオス」の池袋駅地下通路が、もうまったく誰ともぶつからずに歩けるような「広い通路」になってしまっているんですね。

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 いやあ、普段からは信じられない光景です。

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 しかし、そうなるとこちらも贅沢なもんで、今まではそんなカオス状態の池袋駅地下通路を憎んでいたものが、今やそんな状態を懐かしがっていて、昨日のような「歩きやすい池袋地下通路」を憎んでいるっていう状態になっている……、なんてね。

 それだけ、今や東京もみな外出を控えているんだなあ。なんて、不要不急の外出をしている人間が、偉そうに言えることではないですがね。

 まあ、同じ六義園でも、お隣のこちら六義公園は同じ都営なんだけれども、普通に開園しているし、子どもたちの元気な声がこだましている。明日からはこちらの六義公園はどうなっちゃうんだろう。都営だし……。

 う~ん、こうなると小さい子たちの元気な声が、我々年寄りにとっては一番の「癒し」だけれどもなあ。

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 でも、ちょっと少ない。

LEICA M-E VOIGHTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm f4 @Ikebukuro & Hon Komagome ©tsunoken

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