無料ブログはココログ

chotoku.note

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

フォト

« 船橋・金杉台団地 | トップページ | 『考えるピント』って何? »

2020年3月 8日 (日)

ムサコ噺最終章・武蔵小金井・はけの道

「ムサコ三題噺」の最後は武蔵小金井なんだけれども、別に武蔵小金井の人たちは「ムサシコガネイ」を「ムサコ」なんて呼んではいなかった。そりゃそうだよね。別に武蔵小金井の人たちはわが町を「ムサコ」なんて呼んでブランド化することなんかは初めから考えていないし、そんなものはつい最近ブランド化しようとして武蔵小杉の人たちが言い出したことなんだからね。で、同じ多摩川といっても国分寺崖線の上にある武蔵小金井が、武蔵小杉みたいに大雨で下水道が溢れちゃうなんてことはないですもんね。

 でも、その武蔵小金井にも今年の春にはタワーマンションが竣工するようで、そうなるとそのタワーマンションの住民辺りから「ムサシコガネイ」を「ムサコ」って呼びましょう的な動きが出て来そうで、なんか怖いですね。「ムサシコガネイ」は「ムサシコスギ」でもないし、「ムサシコヤマ」でもないんですけれどもねえ。

 で、今出た「国分寺崖線」というものが武蔵小金井あたりにあって、ちょうどその「崖線」の下の道が武蔵小金井駅からすぐ南にいってところにあるので、行ってきた。

L10008572

 武蔵小金井駅を南に出て、小金井街道を南下すると前原坂上の交差点を過ぎるとすぐに多摩信金があるので、そこを左に曲がると急な坂を降りて金蔵院というお寺があるので、そこを左に曲がると、国分寺崖線の下の道「はけの道」がある。

L10008612

「ハケ」というのは縄文時代に起源をもつ古い言葉であるという説があり、また、アイヌ語のパケ(端を意味する)を語源とする柳田国男説があるらしい。 ハケによって雨水や地下水が隔てられるため、水の多いハケ下では稲作が、水の少ないハケ上では畑作が多く営まれるなど、ハケは生活に大きな影響を与えてきた。 つまり、武蔵小金井の「はけ道」は「ハケ下」の道ということなんだろう。

L10008642

 勿論、「はけ道」と言っても、別に特別の道ではなくて、普通に住民が行き交う生活道路なんですけれどもね。

 で、武蔵小金井のはけの道を往くと、「はけの森美術館」というのがあって、そこの前には「はけの小路」という狭い狭い緑道があるんだが……

L10008682

 それを抜けると、多摩川の支流である野川に出る。野川というのは多摩川がこの上流の方で南に流れを変えたために、新たに国分寺あたりの湧水を集めて出来た川で、勿論、多摩川の支流のなかでもかなり重要な川ではある。

L10008732

 野川沿線に出るとかなり開けた場所に出て、昔はこの辺が田圃だったらしいのだが、現在は武蔵野公園として整備されていて、子どもたちが賑やかな声を響かせている。

 武蔵野公園に出たところに説明板が。

『西之台遺跡B地点
 この遺跡は、国分寺崖線(はけ)の湧水を取り囲む武蔵野段丘上にあり、遊水池の西側をA地点、東側をB地点と呼んでいます。昭和三十年に初めてB地点発掘調査が行われ、旧石器時代(約三万五千年前から一万五千年前)の遺跡であることが分かりました。昭和四十八・四十九年に大規模な調査が行われ、関東ローム層の中から十三層にも及ぶ年代を異にする旧石器時代の生活の跡が発見され、多数の石器や礫群と呼ばれる調理場の跡が見つかりました。
 特に最も深い第X層から出土した石器は、三万年前をさかのぼり、現在のところ武蔵野台地で最も古い時期のものとして注目されています。

 平成十八年三月
    小金井市教育委員会』

 う~ん、この位置から見るとまさしく国分寺崖線のありさまが良く見えるなあ。手前が低地で、突然崖が上がって台地になる、という。

L10008702

 野川沿線の公園にはこんなレリーフがあった。

L10008772

 説明板がなくなってしまっているので、レリーフの意味は分からないのだが、多分、旧石器時代の狩りのありさまみたいだ。

LEICA M-E VOIGHTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm f4 @Koganei ©tsunoken

« 船橋・金杉台団地 | トップページ | 『考えるピント』って何? »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 船橋・金杉台団地 | トップページ | 『考えるピント』って何? »