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2020年4月 1日 (水)

「カメラは耐久消費財」だった時代のおはなし

 四谷三丁目の中古カメラ屋さん「我楽多屋」の二代目のブログで知った本なのだが、結構、面白い。

 問題はあくまでも1974年12月段階での予測だっていうこと。

『将来はキャノン、リコー、松下、富士、小西六だけが生き残り、ニコン、ミノルタ、ペンタックス、オリンパスは下請けになるという衝撃の予測がある』というのがカバーに書かれた惹句なんだけれども、別にこれはエイプリルフールじゃないです。

 う~ん、45年前の大胆な予測ってことなんだけれども……。

Photo_20200317221801 『カメラ戦争残酷物語』(泉豊・著/エール出版社/1974年12月30日刊)©Arrow Camera & Garakutaya

 うーん、面白いなあ。今から45年前の未来予測なんだけれども、カバーに書かれているものの中で、当然、当たっているものもアリ、外れているものもアリ。泉豊という著者がどんな人なのかは調べても分からないのだが、少なくとも写真家ではないことは間違いない。だからこそ「あるメーカーに対する特別な思い入れ」がないので公平な判断が出来るとは思うのだが、それでも、結局、未来予測はできないということの証明でもあり、むしろ、そんな方向から読んでみると面白い。

 じゃあ、上の惹句に挙げられている企業の現状がどうなっているのかを見ると……

☆キヤノンは、カメラ、ビデオをはじめとする映像機器、プリンタ、複写機をはじめとする事務機器、デジタルマルチメディア機器や半導体露光装置(ステッパー)などを製造する大手電気機器メーカー。
☆リコーは、事務機器、光学機器などを製造するメーカーである。2011年10月、HOYAよりPENTAXイメージング・システム事業を買収し、ペンタックスリコーイメージング株式会社を完全子会社として発足させた。ペンタックスのブランドと、デジタル一眼レフ機のKマウント機や645マウント機、ミラーレス一眼カメラのQマウント機などの多マウント展開を活かし、コンシューマー向け製品やサービスの強化に取り組む方針を打ち出した。
☆松下(パナソニック)は、日本の大阪府門真市に拠点を置く電機メーカー。白物家電などのエレクトロニクス分野をはじめ、住宅分野や車載分野などを手がける。ミラーレス一眼などに関してはライカにOEM供給している。
☆小西六(コニカ株式会社)は、かつて存在した日本のカメラ、写真用フィルムメーカー。2003年のミノルタとの合併により、現在はコニカミノルタとなったが、同社は2006年3月をもってカメラ、フィルム関連事業より撤退している。ミノルタ株式会社は、かつて日本に存在したカメラ・複写機を主力とする大手光学機器メーカー。本社は大阪市中央区安土町に存在していた。日本の光学機器メーカーとしてはコニカに次いで2番目に古い歴史を誇るが、現在は、同社との株式交換による経営統合や事業子会社の合併を経て、コニカミノルタとなっている。コニカミノルタ株式会社は、日本の電気機器メーカーである。 かつては子会社のコニカミノルタフォトイメージングを通じて、カメラやデジタルカメラ、フィルムなど写真関連用品も扱っていたが、2006年3月限りで撤退した。コニカミノルタ株式会社は、日本の電気機器メーカーである。 かつては子会社のコニカミノルタフォトイメージングを通じて、カメラやデジタルカメラ、フィルムなど写真関連用品も扱っていたが、2006年3月限りで撤退した。カメラは、旧コニカ、旧ミノルタの歴史を引き継いでいたが、ソニーに引き継がれた。

☆株式会社ニコン(英: Nikon Corporation)は、日本の光学機器メーカー。カメラ、デジタルカメラ、双眼鏡、望遠鏡、顕微鏡、ステッパー、メガネ、測定機、測量機、光学素材、ソフトウェアなど光学関連装置の大手メーカーであり、三菱グループの一員。

☆オリンパス株式会社(英語: Olympus Corporation)は、日本の光学機器・電子機器メーカーである。

 どうだろうか? 「当たっているもの=キャノン、リコー/外れているもの=ニコン、オリンパス」なんだけれども、その中身はどう違うんだろう。

 一番重要なポイントは、泉氏が本書を書いた1974年、今から46年前には予想が出来なかった社会の変化があったっていうことなんですね。それは何か?

 この40~50年間の変化、特にメディア関連で行ってしまえばデジタル革命のおかげで大きな変化があったわけであります。映像関連分野が多分一番大きな変化があったジャンルではないかと思えるのではないか。デジタルカメラの出現と、それのメディア化である。「携帯電話が持つカメラ機能」は、そのままその撮影した映像がメディアとして他のメディアに「普通に」流通してしまう時代になったのだ。

「携帯電話→スマートフォン」へと移行する段階で、それは「単に携帯電話で撮影した静止画を他人に見せる」ためのメディアから、「他人に見せると同時に、自分でも自らの静止画として保存するもの」になったのだ。

 つまり、それまで「カメラ(スチールもムービーも)」というものが持っていた「現実を写実的に留めるもの」「現実を動画でもって再生するもの」という特権的な立場を、すべてのスマホユーザーに解放してしまったということなのである。

 で、今やカメラ(これまでの単機能的スチールカメラ)がどういう立ち位置にいるのかを考えるんだが、私たちのような戦後教育を受けてきた人間にとっては、もうそれは「耐久消費財=実用品」ではないということを、まず最初に自覚することだろう。

 耐久消費財としてのカメラという考えであれば、ひとつにはそのカメラを持っていること自体に意味がある、という考え方がある。まあ、現在ではライカM3がどれほどの市場価値(値段)があるのかは、ある種のライカユーザーにとっては一番の興味の的なんだろうけれども、カメラが耐久消費財ではなくなってしまった以上、それが市場でいくらの値段が付くのかを期待してはいけない。だって、「ライカって何?」という人が今のカメラ人種っていうか写真人種なのである。っていうか「えっ? ライカ? あのピントを合わせなきゃいけない面倒なカメラ」ってなものであります。

 ということなので、実は本書が書かれた45年前とは違って、今や「カメラは耐久消費財」としての特別なメカではなくて、単なる「趣味の存在」であり、結局は「ブランド商品」なのであります。

 まあ、それが上手く行ったのがライカですね。一時はニコンの一眼レフ攻勢に対応しようとしてミノルタと組んだライカはそれに負けた。負けたライカは、最早一眼レフ競争に巻き込まれないために、自らを「ライカというブランド品を作る企業」と定めて、技術開発競争には巻き込まれない姿勢に転じたわけで、そうしたら、やっぱりライカの「ブランド性」は大したもんで、再度「さすがはライカ」という具合に世界は(? あるいは日本は?)動いたわけですね。その一方、ミラーレス一眼はパナソニックからOEM供給を受けているんだから、まあ、ちゃっかりしたもんだ。

 後は、日本の(それはやっぱり)ニコン辺りが「ブランド・ニコン」を出すとしたらどうなんだろうなあ、ってことなんですね。ニコンも、これまでにニコンS3とかSPとかの復刻版を出してみたりして、「昔のニコン」にファンがいることが分かったんだから、今度は『新製品としての「昔のニコンS3/SP/F」』『デジタル・ニコンSP』なんてのが出てくれば、ライカどころか、ロレックス(クォーツウォッチには決して手を出さなかった)に比肩するほどの「ブランド商品」になると思うんだけれどもね。ただし、お値段が百万円超えすることは必至だなあ。

 まあ、「ブランド商品」を作り続けるというのは、「新商品を開発」し続けるというのとは、まったく逆の「ブランドを守る」という、また違った難しい問題があることは分かるんだけれどもね。

 

  『カメラ戦争残酷物語』(泉豊・著/エール出版社/1974年12月30日刊)古本でのみ手に入ります。

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