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2020年3月 9日 (月)

『考えるピント』って何?

「ピント」という言葉はオランダ語の「brandpunt」から来ているそうだ。「brand」というのは「燃える・焦げる」というような意味で、「punt」というのは英語の「point」つまり「点」ということ。まあ、要は「焦点」っていうことで、つまり英語の「フォーカス(focus)」なんだけれども、何故、我が国では昔から「フォーカス」という言葉よりも「ピント」っていう言葉が流通したんだろう。

 機械としての「写真機」はイギリスが発祥の地だし、表現技術としてのカメラはフランスが先に発展していた。でも、何故オランダ語の「ブランドプント(発音はいい加減)」がイギリスのフォーカスより先に我が国に入ってきたんだろう、と考えるんだが、まあ、やっぱり写真術が日本に入ってきた幕末期は、オランダからの通商が当時の江戸幕府では正規ルートだったから、ということになるんだろうなあ。

 いろいろネットを見ていたら、田中長徳氏の『考えるピント』の元ネタが、小林秀雄の『考えるヒント』だということを書いていた人がいるんだが、でも、その2点の本の接点が見当たらないんだよなあ。一方は「単なるクラシックカメラ実用入門」だし、かたや「大上段に構えた『考えるヒント』」だぜ。

 もしかしたら、田中長徳氏にとっての「クラシックカメラ実用入門」というのは、小林秀雄が大げさに考えた「人生の生きる知恵」みたいなもんなのかなあ。

(しばし黙考……)ああ、そうか。両方とも「大きなお世話」ってことなのか、なるほどなあ。納得、納得。

Photo_20200301153601『考えるピント クラシックカメラ実用入門』(田中長徳・著/岩波アクティブ新書/2002年9月5日刊)

 いやいや、実際にはまあそれは岩波書店の編集者のセンスなんだろうなあ。しかし、あまりいいセンスではないなあ。

 多分、田中長徳氏は別に小林秀雄の「考えるヒント」なんて本のことは気にしていなかっただろうし、基本的にはサブタイトルの「クラシックカメラ実用入門」というテーマに沿って文章を書いているのであるわけだ。

 要は、現在のところ各社が競ってスペック競争を行っているデジタルカメラの世界は、とにかく3ヵ月か半年過ぎれば、以前のデジカメは「旧型」となってしまい、途端に以前のモデルが旧型となってしまう「陳腐化」の世界に向かってまっしぐらに進んでいる。それに対して、最早、ニューモデルも出てこなくなってしまったフィルムカメラに関しては、最早、そのカメラはすでに「旧型」に属していて、そのジャンルで「進化」はしないということで、まさしく「クラシックカメラ」というジャンルに属しているんだけれども、でも、そのフィルムカメラで未だに撮影している撮影者たちはいっぱいいて、その人たちにとっては、「デジタルよりアナログのほうがいい!」っていう神話があるって言うことなんですね。

 一方、今の若い人たちはデジタルカメラがカメラ体験の最初だという人が多く、そんな人たちにとっては撮影しても現像するまでは何がどう写っているのか分からないフィルムカメラという存在が新鮮で、いつの間にかフィルムカメラの方にやってきたという人たちがいる。こういう人たちは、「デジタル・カラー撮影→フィルム・カラー撮影→フィルム・モノクロ撮影」という、私たちの世代とは全く逆の方向へとカメラ人生が進んでいるっていうのが面白い。

 あっ、そうか。

 だとすると、この本2002年の刊行なんだけれども、実際には今現在2020年に再び刊行すると面白いかもしれないなあ。つまり、2002年の頃はまだまだフィルムカメラもまだデジタルカメラに伍していた状況だったんだけれども、今やフィルムカメラは一部のアーティスティックなカメラマンやハイ・アマチュアの物になってしまっていて、「お仕事カメラ」は完全にデジタルカメラの世界になってしまっている。

 だからこそ、そんな時代だからこそ、フィルムカメラという存在が面白いのである。

 岩波では既に休刊扱いになっているようなんだが、再刊すれば(岩波じゃなくても、どこの出版社でもいいけれど)、それなりに面白いかもしれないなあ。

『考えるピント クラシックカメラ実用入門』(田中長徳・著/岩波アクティブ新書/2002年9月5日刊)もう古本だけでしか手に入れられないようです。

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