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2020年3月 5日 (木)

元祖「ムサコ」はどうなのよ…って、話

 2月27日のブログで『同じ「ムサコ」というけれど……』で書いた通り、別に「ムサシコヤマ」は以前は「ムサコ」なんて自分たちの町を呼ばないで、普通に「ムサシコヤマ」って呼んでいたんだが、「ムサシコスギ」が自分たちの町を「ムサコ」なんて呼ぶようになったんで、「ムサシコヤマ」も自分たちの町を「ムサコ」って呼ぶようになった。そこで「私がムサコに住んでいると言うと、『あの下水があふれた街でしょ?』と勘違いされることが多いです。テレビで『ムサコ』という名前を聞くたびに、わが街のことを言われているようで……。これまでイメージのいい街だったのに一気に地に落とされました。完全なとばっちりです。」なんて文句を言っている人のことを「田舎者」呼ばわりをしてスミマセン。

 でも、やっぱり以前は「武蔵小山」は「ムサシコヤマ」だし、「ムサコ」なんて呼んでいるていう話は聞いたことがなかった。

 じゃあ、本家本元の「武蔵小杉=ムサコ」は、今、どうなっているんだっていうのを見に行った。

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 まあ、はっきり言って私が持っている「武蔵小杉」のイメージっていうのは、基本的にNECなんかの工場があった場所で、タワーマンションの街っていうイメージはない。

 なので、東横線武蔵小杉駅で降りると、私は基本的には綱島街道側には出ないで、聖マリアンナ医大病院やイトーヨーカドーがある方に出るんですね。昔はこちらが駅の表側だったんだが、今や「駅裏」扱いだもんなあ。

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 しかし、武蔵小杉って言えば、やっぱりこちら側だよね。

 法政二高や法政アメフト部の町なんですね。以前、法政アメフト部トマホークス(今は「オレンジ」)の名前を勝手に使っていた、選手たちにちくわを買わせていた青木監督の整体の店なんかもあったりして、基本的には法政大学や法政二高がブイブイ言わせていた町だったんですね。

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 綱島街道を元住吉の方へ少し歩くと、左側に「川崎平和館」というのがあるんだけれども、それこそ武蔵小杉が工場の街だったっていう証拠で、そのために米軍の空襲に遭い、街が徹底的に壊されたからこそ、戦後、それを繰り返さないことを目的にできた建物なんですよ。

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 いかにも、私鉄沿線とJR南武線っていうローカル電車の駅の街、っていうイメージの武蔵小杉はよかったなあ、なんて気に浸っていても意味はない。

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『あの下水があふれた街でしょ?』っていうイメージもすっかり克服して、普通の街になっている武蔵小杉ではありました。

 でも、タワーマンションのリセールバリューってどうなっちゃうんだろう。

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 しかし、超広角レンズに目が慣れっちゃっているせいか、35mmだとやっぱり「引き」が乏しいなあ。やっぱり28mmか21mmの方がスッキリする。

LEICA M-E LEITZ CANADA SUMMICRON 35mm f2 @Musashi Kosugi ©tsunoken

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