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2020年2月13日 (木)

写真の原点? カメラの原点?

 私が写真を撮り始めた頃、一番ロケーション場所として多く使ったのが西新井大師である。

 まあ、初詣とかお祭りの時期以外は、ごく普通のお寺であって、浅草や巣鴨とげ抜き地蔵みたいに外国人の姿はあまり見られないのがいいところだ。コロナウィルスの心配もないしね。

 何故、西新井大師なのか? という問いに対する答えも単純。

「家から近かったから」

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 そもそも私が写真やカメラに興味を持ったのが、下の写真の足立区立関原小学校の5年生の頃。当時、その学校では5年生になると自由参加のクラブ活動があって、たまたま写真の好きな先生がいて、その先生が写真クラブというのを始めたから。

L10002952

 先生の名前は既に忘れているが、西新井大師あたりで撮影会を行って、それを現像して焼き付けまでを指導してくれたことまでは覚えている。

 私が使っていたカメラは、もう名前は憶えていないが、裏紙付きの35mmフィルムでボルタフィルム(勿論、モノクロ)というのがあって、ライトパンSSというISO100の12枚撮りというのを使っていたカメラ。基本的には現代で言うトイ・カメラみたいなものだけれども、見てくれはライカM3に似せている。基本的に固定焦点で絞りは「大・小」の二つだけ、シャッタースピードはバルブとどのくらいのスピードなんだか分からないけれども、まあ、普通にシャッターを押せば「開いて閉じる」シャッター。まあ、やっぱりトイカメラだよなあ。モノクロなのでラチチュードが広かったんでなんとかみられる紙焼きは出来たんだけれども、カラーだったら多分見られたもんじゃなかったでしょうね。

 とっくの昔にネガは紛失してしまっています。

 まあ、西新井大師の撮影会も面白かったけれども、私が夢中になったのは、素通しの窓ガラスに空飛ぶ円盤とか宇宙船などを紙で作って貼り付け、それを撮影する「疑似特撮映像」が多かった。

 今考えると、なんでそんなものを面白がったのか、良く分からない。

L10003262

 当時、小学生が撮影会に持ってくるカメラなんて、殆どがトイカメラか、あるいは親父がカメラ好きで持っていたカメラを借りてきたなんていう代物ばっかりで、まあ、そんな時代だったんであります。

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 ひとり八百屋の娘でペトリV6を持っている子がいて、まあ、それも多分親父の趣味カメラを借りてきたんだろうが、それを羨ましがっていたことを思い出した。

 それで写真が上手かったのかと言えば……、まったく覚えていません。で、昨日、その八百屋を訪ねたら、いやあ、まだお店はやっていましたね。ただし、その娘も多分嫁に行っているだろうし、いまやお婆ちゃんですよね。会わなくてよかった。

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 その後、長じてスチールカメラへの興味はムービーに移って、キャノンのダブルエイトやエルモのスーパーエイトなどに移って、都内や札幌なんてところまで行って何を撮ったのかは覚えていないが、最終的にはボレックスのH16という16mmカメラを手に入れ、いろいろなドキュメンタリー・フィルムを作ったりしたんだけれども、結局、そのモノクロ・リバーサルで撮影したフィルムは、お金が続かなくなってしまい、未だに未完というテイタラク。

 サラリーマンを退職したらゆっくり・じっくり編集でもしようなんて考えて、未だにその撮影済みフィルムは持っているんだけれども、何もしていない、というこれまたテイタラクであります。

 う~ん、どうしようかな、このラッシュフィルム。

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LEICA M-E KONICA M-HEXISANON 50mm f2 @Nishiarai ©tsunoken

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