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2020年1月 2日 (木)

「現実」と「幻想」の狭間で

『坊ちゃん』『こころ』などで知られる夏目漱石は、どちらかというと「私小説」の人なのかと思ったら、こんな幻想的な作品も書いていたとは知らなかった。

 どういった心境の変化なのだろう。

Photo_20191228220801『夢十夜』(夏目漱石・著/岩波文庫ほか/コミック版・青空文庫版もあります)

『こんな夢を見た』で始まる短編小説なのだが、要は10の夢はすべてひとつながりである。

『 第一夜
 こんな夢を見た。
 腕組をして枕元に 坐っていると、 仰向 に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、 輪郭 の 柔らかな 瓜実顔 をその中に横たえている。真白な頰の底に温かい血の色がほどよく差して、 唇 の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと 判然 云った。自分も 確 にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から 覗き込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を 開けた。大きな 潤 のある眼で、長い 睫 に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な 眸 の奥に、自分の姿が 鮮 に浮かんでいる。』
『女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の 傍 に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」』

『第二夜
 こんな夢を見た。
  和尚 の室を 退 がって、 廊下 伝いに自分の部屋へ帰ると 行灯 がぼんやり 点っている。 片膝 を 座蒲団 の上に突いて、灯心を 搔 き立てたとき、花のような 丁子 がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。』

『第三夜
 こんな夢を見た。
 六つになる子供を 負ってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼が 潰れて、 青坊主 になっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで 大人 である。しかも 対等だ。』

『第四夜
 広い土間の真中に涼み台のようなものを 据えて、その 周囲 に小さい 床几 が並べてある。台は黒光りに光っている。 片隅 には四角な 膳 を前に置いて 爺さんが一人で酒を飲んでいる。 肴 は煮しめらしい。』

『第五夜
 こんな夢を見た。
 何でもよほど古い事で、 神代 に近い昔と思われるが、自分が 軍 をして運悪く 敗北 たために、 生擒 になって、敵の大将の前に引き 据えられた。』

『第六夜
  運慶 が 護国寺 の山門で 仁王 を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに 下馬評 をやっていた。』

『第七夜
 何でも大きな船に乗っている。
 この船が毎日毎夜すこしの 絶間 なく黒い 煙 を吐いて 浪 を切って進んで行く。 凄 じい音である。けれどもどこへ行くんだか分らない。』

『第八夜
 床屋の敷居を 跨いだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、一度にいらっしゃいと云った。』

『第九夜
 世の中が何となくざわつき始めた。今にも 戦争 が起りそうに見える。焼け出された 裸馬 が、夜昼となく、屋敷の 周囲 を 暴れ 廻ると、それを夜昼となく 足軽共 が 犇 きながら 追 かけているような心持がする。それでいて家のうちは 森 として静かである。』

『<第九夜
 世の中が何となくざわつき始めた。今にも 戦争 が起りそうに見える。焼け出された 裸馬 が、夜昼となく、屋敷の 周囲 を 暴れ 廻ると、それを夜昼となく 足軽共 が 犇 きながら 追 かけているような心持がする。それでいて家のうちは 森 として静かである。』
『こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。』

『第十夜
 庄太郎が女に 攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床に 就いていると云って 健 さんが知らせに来た。』

 結局、この物語の主人公の名前が「庄太郎」であることが読者に知らせられるのだ。

『庄太郎は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。パナマの帽子を被って、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて、往来の女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれと云うほどの特色もない。』
『庄太郎は必至の勇をふるって、豚の鼻頭を七日六晩叩いた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻のように弱って、しまいに豚に舐められてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。』

 この「豚」はいくら庄太郎が鼻頭を叩いても、次々に現れ正太郎に襲いかかってくるのだ。

 つまり、この「庄太郎」とは夏目漱石そのものであり、「豚」とは仕事そのものなのだろう。つまり、「幻想小説」の形をとった、やはり「私小説」だったっていうことなんですね。

 なんだ、そうだったのか。

  『夢十夜』(夏目漱石・著/岩波文庫ほか/コミック版・近藤ようこ/青空文庫版もあります)コミック版で読んだ方が幻想性は増すかもしれません。原作に忠実なコミック化なので、結構おススメです。

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