無料ブログはココログ

chotoku.note

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

フォト

« 「定年後の生き方モデルは大府にある」のか? | トップページ | 山手線で一番影が薄い駅 »

2020年1月15日 (水)

名古屋中村遊郭……って言っても

 名古屋ネタまだまだ続きます。勿論、昨日の「ついで」です。

 このブログを飛んでいる名古屋の皆さん(って、一体何人位いるんだろう)、『おっさんずルネッサンス』を見に行こう! ね。

 定年後にも楽しい世界が待っています。 って、そのついでのレポートです。

 大須とか中村とか、なんか名古屋の古き昔の下町を巡っています。大須は一昨日に書いたので、今日は中村遊郭なのです。

 名古屋地下鉄東山線の中村日赤駅で降りて、日赤病院の裏側が中村遊郭が昔あったところ。昔、名古屋にいた頃一度だけ来たことがある中村(遊郭跡)が現在どうなっているのかということが気になっていたので、見に来たってことなんだけれども。

Dsc_00462_20200113203001

 中村日赤病院の裏側の道は今でも「大門通り」という名前の道があって、「おおっ! 今でも大門通りが生きてるんだっ!」って結構テンションは上がるし、あの「松岡健遊館」もまだあるじゃないですか。。

 ところがこの松岡健遊館といえば、昔は高級妓楼として有名だった店だったんだが、今や老人たちのデイサービスの施設になっていて、建物は昔の通りなんだが、中身の営業方針は昔とは一切かかわりのない仕事になってしまっている。

 元々、この松岡健遊館遊っていう旅館は、大昔は大須にあったそうだ。それが中村辺りを遊興街として整備するという名古屋市の方針に従って大正12年(1923年)に中村の地へ移って来たらしい。

 それがねえ、いまや「デイサービス」ですよ。

 まあ、昔、松岡健遊館で遊んだことがあるお年寄りの爺さんにとっては、懐かしい思い出なんでしょうかね。まあ、一緒にいる婆さんには言えないでしょうがね。

Dsc_00442_20200113203001

 私としては、東京の浅草の吉原大門通りをイメージして、この中村大門通りを歩いたんだが……。

 吉原大門通りは今や東京いやいや日本最大級の「ソープ通り」として、昔の吉原遊郭とは少し形は違えども、今でもまあ「春を売る街」ではある訳ですね。一方、名古屋の中村遊郭は、中村大門通りはあるんだけれども、ソープランドとか「ちょんの間」とか、そんな「春をひさぐ店」ってのはほとんどなくて、見られたところではこの、アラモードとハーベスト・ムーンっていう2軒のソープランドだけ。

 まあ、他にもあるのかもしれないけれども、取り敢えず大門通りを歩いてみて発見できたのはその2軒だけだったんですね。

Dsc_00492_20200113203101

 まあ、あとはこんなソフト風俗の店くらいですかね。結構、おとなしい街になってしまったんですね。

Dsc_00622_20200113203101

 あとはこんな中村天神とか……

Dsc_00602_20200113203101

 豊国神社なんて、いかにも豊臣秀吉らしい夜郎自大なものが残っているだけなんですね。

Dsc_00692_20200113203101

 まあ、名古屋の人たちってのは、名古屋にいる限りはおとなしい、内向きの性格らしいというのは、昔聴いたことがあるんだけれども、今でもそうなんですかね。まあ、その分、外に行っちゃうとハッチャケちゃうらしいんだけれども。

 あ、そうか。だから河村たかしみたいなバカ者を市長に選んじゃうのか。

 えっ? 関係ないって? う~ん、そうかなあ。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm F2.8 D @Nakamura Nagoya ©tsunoken

« 「定年後の生き方モデルは大府にある」のか? | トップページ | 山手線で一番影が薄い駅 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「定年後の生き方モデルは大府にある」のか? | トップページ | 山手線で一番影が薄い駅 »