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2020年1月 9日 (木)

平沼、戸部って今じゃマイナーなんだけれども

 横浜駅西口を出て帷子川方面へ出ていくと、新横浜通りという、横浜の浅間町とみなとみらいを繋ぐ道路に出ます。

 それをそのままみなとみらい方面へ歩いて行くと、帷子川とJR東海道線を跨ぐ平沼橋を渡ります。その橋を渡ってすぐ左にあるのが「平沼商店街」という、今やほとんど商店なんかない「寂れた」商店街なのです。

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 その商店街の入口のすぐ手前のJRの線路わきに「横浜道」の説明板があります。

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 そう、この説明板こそは、現在、新横浜通りと呼ばれている道が、元々は旧東海道と横浜港を結ぶ「横浜道」だったっていうことを示している説明板だったんですね。

 平沼橋は元々はもっと小さな橋で、その名残が平沼橋脇に「元平沼橋」という名前の小さな橋として残されています。

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 横浜駅が現在の場所に決められるまではいろいろ紆余曲折があり、元々、「〽汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり~」でお馴染みの東海道線横浜駅は現在の桜木町駅や横浜地下鉄ブルーラインの高島町駅辺りにあったんですね。

 で、その辺りと旧東海道の神奈川宿のちょっと先を繋いだのが、横浜道だったわけです。つまり、現在の横浜駅とはちょっとズレた場所に、昔の横浜の中心地があったってことです。もちろん「みなとみらい」なんて腑抜けた名前の場所なんて横浜にはなかった。

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 上の写真は、京浜急行が横浜駅を出て最初の駅だった「平沼駅」跡です。

 第二次世界大戦の横浜空襲で被災し、駅そのものは無くなってしまっており、横浜駅からも近すぎるという理由からか、現在は、駅はないんだけれども、ホーム関連施設だけは残されており、現在は一種のモニュメントとなっています。まあ、だからといって、それに因む慰霊祭とかそんなものはないようなんですけれどもね。

 でもまあ、第二次世界大戦前の昔には、結構、この平沼橋辺りがなかなかの繁華街だったんだろうなあ。

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 で、そこからちょっと歩くと京浜急行戸部駅です。

 横浜駅の次の各駅停車しか止まらないマイナーな駅なんだけれども、すぐそばには戸部警察とか、ちょっと行けば横浜市西区役所があったりと、実はみなとみらいなんかがある横浜市西区の中心部分が、実はこの平沼、戸部あたりだったんですね。

 西区役所のそばには狛ネズミでお馴染みの戸部杉山神社もあります。

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 う~ん、その割には地味だな。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Hiranuma & Tobe Yokohama ©tsunoken

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