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2019年12月12日 (木)

井の頭公園から三鷹へ向かう玉川上水脇の道が好きだ

 吉祥寺まで行ったので、井の頭公園から三鷹へ抜ける玉川上水沿いの道を歩いた。

 玉川上水沿いの道には二つあって、北側が「御殿山通り」という対面交通の道で武蔵野市にあり、反対側が「風の散歩道」というちょっと「?」な名前の井の頭公園から三鷹駅に向かう一方通行の道である。こちらは三鷹市にある。つまり玉川上水が三鷹市と武蔵野市の分かれ目になっているわけだ。

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 御殿山通りの方は三鷹と吉祥寺を結ぶ井の頭通りの裏道になっていて、それなりに交通量は多いのだが、風の散歩道(このネーミングってこそばゆいだけで、なんとかならないものだろうか)の方はあまり車も通っていなくて、静かで歩きやすい道だ。

 周辺の家々も三鷹市の規制もあるのだろうか、二階建てから三階建ての民家が多く、それも加わって静かな散歩道になっていて、散歩には適した道なのである。

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 途中に作家の山本有三が1936(昭和11)年から1946(昭和21)年の間家族とともに住んだ家をそのまま残した、三鷹市山本有三記念館というものがあって、その雰囲気もいいのだが、同時に周辺の家もそんな山本有三の家の雰囲気を壊さない配慮をしているようだ。

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 途中、三鷹駅に近づくと、井の頭通りと結ぶむらさき橋通りというのがあって、そこから三鷹寄りはマンションなどの中層建築も出現してくる。そのむらさき橋通りに面して5階建てのビルがあるのだが、それが株式会社ぴえろ(元・スタジオぴえろ)の本社社屋である。

 私がスタジオぴえろ(当時)と社長の布川ゆうじ(郁司)氏と仕事をしたのは、「バリバリ伝説」「あいつとララバイ」などのオリジナル・アニメ・ビデオを製作した頃なので、1986年から87年の頃だった。スタジオぴえろが武蔵小金井の貸しビルから三鷹駅前のマンション2フロアに移転してきた頃で、多分、スタジオぴえろの経営も一番厳しい頃だったのだろう。布川氏からは三鷹の駅前の飲み屋などでいろいろ苦労話を聞かされたものだった。

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 山形県出身の布川氏は、東京に出て来てグラフィックデザインの勉強をし、いつかは原宿セントラルアパートにデザイン事務所を開くという夢を持っている青年だったのだが、いつの間にかタツノコプロの仕事をはじめ、アニメーションの世界に入ってしまった人だ。原宿セントラルアパートの夢は、セントラルアパート自体がなくなってしまったので潰えてしまったが、でも、三鷹市に自社ビルを持ったんだから、まあ、アニメの世界では成功者のひとりなんだから、よしとするかってところですかね。

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 風の散歩道には適当な感覚でこんな感じのベンチもあって、散歩中に一休みなんてこともできる。まあ、道自体は1km足らずなんですけれどもね。

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 三鷹駅のそばに来ると「三鷹橋」という橋があって、その先は三鷹駅の地下に潜って北口の脇でまた表に出てくる。

 勿論、太宰治の玉川上水入水自殺の解説なんかが三鷹橋脇にはあります。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Mitaka ©tsunoken

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