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2019年6月 7日 (金)

東京アメリカンクラブって何だ?

 麻布の飯倉片町から飯倉交差点に向かって外苑東通りの右側にあるのが駐日ロシア連邦大使館である、ことは皆さんよくご存知の通りだ。
 日本とは国境を接している国なので日本とロシアの関係は深く、その後、日露戦争やロシアの10月革命直後などの国交断絶期を除き、戦後は駐日ソビエト連邦大使館、1991年からは駐日ロシア連邦大使館として機能している。

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 ところが、その駐日ロシア大使館の真裏にある「東京アメリカンクラブ」については知らない人が多いと思う。実は私もそんな存在を知らなかった。

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 東京アメリカンクラブって何だ?

『東京アメリカンクラブ(とうきょうアメリカンクラブ、Tokyo American Club )は、東京都港区麻布台にある日本の会員制社交クラブ。1928年に設立された。略称はTAC 。当初は社団法人であったが、2012年に一般社団法人へ刷新された。 』

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『1924年にアメリカで排日移民法が制定されたことを受け、東京クラブにいた51人のアメリカ人会員が同クラブを脱会し、独自にクラブを設立することにし、1928年(昭和3年)5月23日、在日アメリカ人が妻や恋人と楽しむための会員制社交クラブとして、帝国ホテルの向かいにあった麹町区の岩本ビルの上層階3フロアを使って設立された。
  会員数の増加にともない、1935年に丸の内・三菱不動産のビルへ移転したが、1941年太平洋戦争が始まると閉鎖されて南方開発金庫が設立準備された。日本の敗戦後、1949年7月4日に会員数350人で再開したが、家族ぐるみで滞日するビジネスマンが増えるなど、構成会員に変化が出てきたため、規約等を大幅に変更し、1954年に社団法人化して麻布台に移転した。当地は尾張藩主徳川慶勝の大名屋敷跡で、明治時代にはジョサイア・コンドル設計による川村純義の邸宅が建っていた。
 1972年(昭和47年)には麻布狸穴町(現在の麻布台)に新しいクラブハウスの建設が始まり、1975年にオープンした。同地はかつての南満州鉄道(満鉄)東京支社の跡地である。日本人会員やアメリカ人以外の外国人会員も増え、文化交流の社交場となっていった。』(以上、引用はすべてWikipedia)

 まあ、要はアメリカの上流階級(ってのがアメリカにもあるんですね)のための社交クラブだったっていうわけ。それが今でも残っているってのも凄いが……。

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 いやまあ、別に東京アメリカンクラブがどうこうということには別に興味はない。

 そうではなくて、ロシア(旧ソ連)大使館の真裏がアメリカンクラブっていう場所的な面白さが気になるっていうだけのことなんだけれど。ロシア(旧ソ連)っていえばアメリカの仇敵でしょ。それが外苑東通りのすぐお隣にあるってのがね……。

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 意外と、ロシア大使館の地下と東京アメリカンクラブの地下が繋がっていて、結構、行き来が多かったりする、なんてことがあると面白いんだけれどもなあ。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Azabudai ©tsunoken

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