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2019年6月 4日 (火)

下妻物語

「下妻物語」といえば、誕生年は1745年(ロココ朝全盛期)であると自称する変な作家、嶽本野ばらが原作で、深田恭子と土屋アンナが主演して大ヒットした映画で有名なんだけれども、じゃあ、その下妻市って最近どうなのよっていうことで行ってきました。なんせ昔よく行っていた町ではあるものの、もう既に数十年前のことだもんなあ。

 JR常磐線の松戸から守谷を過ぎてJR水戸線の下館をつなぐ「超ローカル線」関東鉄道常総線が唯一の鉄道路線であり、松戸から守谷を過ぎて水海道まではまだ複線なんだけれども、そこから下館までは単線っていう、まさしくローカル線の典型みたいな路線である。勿論、全線非電化である。

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 まあ、そんな「ド田舎」でありながら「ロリータ・ファッション」が好きな女の子というのが深田恭子の役なんだが、まあ、田舎でも情報だけは東京と同じだけ入ってくるという、現代のメディア状況をまさしく映し出したキャラクターであるし、一方、土屋アンナ扮する「ゼロハン・ヤンキー」が服を購入するのがジャスコ(現イオン)であるってのも、さすがに「今」の地方都市ではありますなあ。

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 で、その下妻市に何があるかっていえば、まず「多賀谷城址公園」なのであります。

『多賀谷氏は、初代氏家が現在の多賀谷城跡公園の一部に本丸を構え、隣国豪族を攻めて、その勢力下に置くほか、小田原北条氏政勢の再来を撃退するなど、七代にわたり百四十七年間下妻城主として常総地方に栄えていた。
 慶長五年(1600)、関ヶ原の戦いが起き、七代重経は佐竹氏とともに西軍に心を寄せ、徳川家康の再三の誘いにも出陣しなかった。この戦いで家康に憎まれ、石田三成にくみした理由で、慶長六年二月、城主追放城破却となり、当地を去った。
 城主追放のとき奥方はじめ奥女中達は行く末を案じて、ある者は懐剣でのどを突き、ある者は館沼に身を投げた。』

 とある。

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 下妻市の中心地からすぐそばに砂沼(「ヘラ鮒供養塔」がある)という溜池があるんだが、こちらが「館沼」だったという記録はない。館沼というのは多賀谷城のそばにあった池らしい。

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 まあ、それ以外に何か下妻の町に見るべきものがあるのかと言えば、残念ながら、そんなものは何もないのであります。
 とにかく、上と下の二枚の写真が下妻のメインストリートなんだから、まあ、街の雰囲気は推して知るべしってところでしょうね。

 しかし、嶽本野ばら氏も面白い町に目を付けたもんだなあ。東京からは決して遠い町ではないんだけれども、実に「田舎」な町なんですねえ。

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 昔、新入社員時代にお世話になった大塚屋書店を探したんだが、街中にはなくなってしまって、郊外の国道沿いに移転してしまったようだ。

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 しかし、2004年に公開され話題になった映画『下妻物語』なんだけれども、この映画がヒットした関係で、周辺の石下町や水海道市との市町村合併協議会(大常総市構想)から下妻市は抜けてしまって、未だに「下妻市」のままなのである。

 結構、地方都市の合併論議っていい加減なものなのですね。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Shimotsuma ©tsunoken

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