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2019年6月 6日 (木)

東京幻景:幡ヶ谷六号通商店街

「幻景」って何だ? まあ、要は「まぼろし」っていうだけのことなんだが、文芸評論家の前田愛が『幻景の街』『幻景の明治』という「街」と「文学」にかかわるテクスト論的というか記号論的っていうような評論を発表してから、何かとっても意味があるような言葉であるというふうにとらえられてしまった。

 しかしまあ、言葉としてさほどの意味のある言葉ではない。要は「現代」の景色を見て、そこにある「昔」の景色を捉えようとする、はかないおこないにすぎないものを、なにか意味のある事柄のように見せる方法論、って言っていいのだろうか。

 まあ、写真と言うものは「現在」そのものを捉えることはできるけれども、「過去」を撮影できるわけではない。でも、そんな現在を撮影しながら、過去に思いを馳せ、何かそこに現在に通底するものを探すっていうことを、私は「幻景」という言い方をしたいと考える。

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 ということで今回行ったのが京王新線幡ヶ谷駅前にある「六号通商店街」であります。

 六号通りっていうのは笹塚から西新宿へ、ちょうど国道20号線(甲州街道)の北側を並行して走っている道で、新宿に近いところではオペラシティが有名なところ。

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 甲州街道とその六号通りを繋ぐ数百メートルの短い商店街が「六号通商店街」である。

 その六号通商店街の特徴は、1階が店舗で2階以上が住まいになっている家が多いんだが、特に多いのが2階から4階くらいまでをアパートとして貸し出している店が多いと言うところだ。

 まあ、新宿駅までは京王線で2駅、新宿西口からは歩いても来れる場所だということで、最悪、新宿で飲んでいて最終電車を逃してしまっても大丈夫、っていうことで若い人たちには住むのに便利な場所ということで、結構、人気の住宅地でもあったわけだ。

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 で、そこに当時私のスタッフをやっていた若い人が住んでいた。酒も飲めない男だったんだけれども、なぜそんな場所に住んでいたのかはわからない。

 その頃、アニメーションや実写などの映像制作から一歩退いてしまっていた、K談社マルチメディア事業局(笑)映像・ソフト製作部は部長が映像制作に不慣れなせいでゲーム製作にのめり込んでいて、ちょっとこの部署がどの方向に行くのかが訳が分からなくなってしまっていた時期ではあった。

 もともとアニメーション製作のためのアシスタント・プロデューサーとして雇っていたはずのそのスタッフも、突然の部署の方向転換に戸惑っていたようだった。毎日、出社はするんだけれども何をしていいのかは分からない状況で、とりあえず毎日パソコンとにらめっこしているだけの毎日だった。毎日、毎日パソコンとにらめっこをしているんだけれども、毎週の企画会議ではなにも発言はなかった、
「パソコンを見ているだけじゃなくて、いろいろと取材に出て、そとの空気を吸って、いろいろと考えてみたら?」という私の助言に関しても、前向きの返事は来るんだけれども、実際にそのように行動した形跡はまったくなかった。

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 で、その内、彼は会社にもあまり来なくなってしまった。

 こりゃあ一大事ですよ。正社員じゃないフリーランスのスタッフだ。別に時給とかのバイト君じゃなくて、仕事をしているっていうことを私が上に申請すればギャラは出るわけだ。と言って、何も仕事をしている形跡はない、で、会社にも出てこない人間を雇ってくれるほど会社は鷹揚じゃないわけで、どこかで、何らかの判断をしなければならない。

 ということで、私は六号通商店街の彼のアパートに何回か行くことになった。
 あまり「心の琴線」に触れることはなかなか言えない……、とは言っても「心の琴線」に触れることを言わないと、事態は改善しない(まあ、この辺は、あまり深くは言えませんね。私もツラい)。

 何度か六号通商店街に通って、私は彼に対して故郷に帰って一度自分を見直して、再挑戦することを諭し、かれもその提案を受け止めてもらった。

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 その後、彼が故郷に戻ったところまでは知っているが、その後、どうなったのかは知らない。知らせてもらえない。

 まあ、今は幸せに生きているんだろう……、と勝手に考えているだけだ。

 幡ヶ谷商店街の思い出っていうのは、そんな、ちょっと苦い思い出がある。

 面白いのは、生涯平社員(副部長というのは私が入った会社では平社員と同格)だった私なんだが、映像製作という仕事をやったおかげでマネージメントクラスの人と同じ経験を持つことができた、っていうことかな。

 彼以外にも結構、使えないスタッフは切ってきました。勿論、当時から使える人で、いまでもK談社からは関係なく活躍している人はいますよ。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Hatagaya ©tsunoken

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