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2019年5月17日 (金)

『京大的アホがなぜ必要か』

 そもそも酒井氏が発明したという「フラクタル日除け」って何なんだろう。

『これは「日除け」なのに穴だらけで、こともあろうに空が見えます。当然、雨は防げません。じつに間抜けな感じのする日除けです。でも、夏のお昼時には、ほぼ完全に太陽光を遮り、日陰をつくってくれる。穴だらけなので太陽が動けば光が漏れますが、それも木漏れ日のようできれいです。完全なる人工物ですが、自然の木漏れ日のような環境をつくって、暑さを和らげてくれるのです。
 フラクタル日除けを見た人からは、よく「京大らしいですね」と言われます。どこが京大らしいのかよくわかりませんが、私も何となくそう思います。「どうやってこんなこと思いついたんですか?」とも聞かれますが、「私が素人だったからです」と答えています。』

 って、分かりましたか?

Photo_10『京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略』(酒井敏著/集英社新書/2019年4月30日電子版刊・2019年3月20日紙版刊)

 フラクタル理論っていうのは良く分からないんだけれども、以下の部分は良く分かる。

『京大では「役に立つ」ではなく「おもろい」が評価基準だといわれてきました。この「おもろい」という感覚は、一つひとつでは意味をなさないガラクタ知識がつながって意味を持ち始めるときに感じる興奮のことだと思います。関係なさそうだった知識がつながったとき、脳細胞のどこかが興奮し、ある種の快楽物質が放出されているのではないでしょうか?』

さらに言ってしまえば、この部分

『「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」というスティーブ・ジョブズの有名なスピーチも、この「アホのエネルギー」の大切さを言っていたのではないでしょうか。
 彼がつくったマッキントッシュ・コンピューターは、文字がとてもきれいなことが大ヒットの要因でした。その美しい文字の原点は、彼が大学を中退したあとに受けたカリグラフィ(書体)の授業です。コンピューターの基礎を教える授業ではありません。彼が大学を中退しなければ。そんな素養を身につけることはなかったはずです。
 また、同じく大学を辞めたスティーブ・ウォズニアックをはじめ、ジョブズの周りに大勢のアホがいなければ、いまのアップルに向かう大きな流れは起こらなかったでしょう。ジョブス自身もそんな展開は予想だにしていなかったはずです。』

 なんか少しわかってきたような気が……。

『世界が予測不能のカオスであり、無節操で非論理的なスケールフリー構造である以上、樹形図構造に整理された近代科学だけであらゆる問題の答えを導くことはできません。それこそ、突然シアノバクテリアのようなテロリストが出現して大気を毒ガスまみれにする事態など、どんなに論理を突き詰めても予測できないでしょう。だとすると、対応策も講じられず、黙って滅びるのを待つだけのように思えます。
 ところが生物は、この絶体絶命とも思える「酸素テロ」にも対抗策を繰り出してきました。生物界のネットワークのなかには、シアノバクテリアが吐き出した毒ガスを吸って生きるという、驚くべき「裏道」が存在していたわけです。
 その裏道はたぶん、簡単に見つかったわけでもなければ、一生懸命考えて見つけ出したわけでもありません。生きるためにいろいろもがいているうちに、たまたま見つけたのです。そんな突拍子もない「裏道」が都合よくたまたま見つかるなんて信じられない――と思うあなたは、樹形図構造の論理的思考に毒されているかもしれません。』

 う~ん、要は東大的樹形図構造のアタマでは、論理的思考による必然的な結論は導きだされるけれども、その論理の延長線上にない、ある意味「突拍子もない」発明・発見はできないっていうことなんだな。

『「アホなことせい」――京大の先生にそう言われて面食らったのは、もう四〇年以上も前のことです。いまではその大学で教壇に立ち、「京大変人講座」も主宰する私ですが、当時は静岡の高校を卒業して、京大の理学部に入学したばかりでした
 頑張って受験勉強をして合格したと思ったら、そこの先生に「アホ」なことをしろと言われたのですから、ポカンとするのも無理はありません。それもひとりではなく、何人もの先生から同じような言葉を聞きました。
 大阪の吉本興業にでも入ったならともかく、そこは大学です。一八歳の私は、それなりに向学心を持って京大の門をくぐりました。
「しっかりと勉強して、世の中の役に立つ人間にならなければ」
 ……と、そこまで優等生のように考えていたとは申しません。しかし建て前としては、マジメに勉強するのが大学生の本分だと思っていたわけです。自分なりに「こういう研究をしてみたい」というテーマもありました。
 ところがその大学で、先生に「しっかりと勉強しなさい」と言われた記憶がない。いや、もしかしたら、そんな建て前を口にした先生もいたのかもしれません。しかし仮にそうだとしても、「アホなことせい」の衝撃が強すぎて、「勉強しなさい」という当たり前のお説教はどこかに吹っ飛んでしまったのでしょう。
 それぐらい、京大入学時には何度も「アホ」の大切さを強調されました。ほかの大学の先生が新入生に何を言うのかは知りませんが、いきなり「アホ」を勧めるのはたぶん京大だけだろうと思います。
「おれはこれから、アホなことせなあかんのか……」
 覚えたての関西弁で、そんなふうにボヤきたくなる気分でした。』

 まあ、「直線的思考」じゃなくて、世の中にはいろいろなモノの見方があって、そのいろいろの見え方からは全く別の結論が出たりする、っていう思考法を「アホ」という言葉で表しているのである。

「真面目にお勉強をして、国家公務員上級試験を通ってキャリア官僚になり、いずれは自民党の代議士になる」なんていう典型的な東大型コースにない人材を京都大学では生み出しています、っていうプロパガンダなんだけれども、実は東大にも「アホ」はいる。

 ホリエモンやリクルートの江副浩正氏なんかは「東大型アホ」の代表選手なんではないだろうか。まあ、その「東大型アホ」は、往々にして大学をヨコに出ちゃったり、塀の中に落っこっちゃったりしたひとたちなんだけれども、それぞれ魅力ある人たちだ。

 まあ、「京大的アホ」であっても「東大型アホ」であっても、世の中には「アホ」の存在というものが、必ず必要だってことなんですね。

 ってなことを、中途半端なアホでしかないtsunokenが書いているわけだ。

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