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2019年5月11日 (土)

「国立に住む」という選択?

 国立駅及び国立市について書くんだが、だいたい「国立」っていう呼称からして自然ではないんですね。
 なぜ「国立」なのか、要は「国分寺」と「立川」の間だから「国立」というのであって、駅名なんかで新しくできた駅が両隣の駅名をとってつけるっていう例はあるんだけれども、行政単位の呼び名までそんな感じでつけてしまうのはちょっと珍しい。
 もともとのこの地域の名前は「谷保村」と呼ばれていたんだが、今や「国立市谷保」という地名は、JR南武線の谷保駅あたりから国道20号線、さらに南の谷保天満宮あたりだけの呼び名となってしまい、国立はハイソな住宅地、谷保は昔からの田舎町という区分けになってしまっている。

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 国立と言えば一橋大学の街として有名なんだが、元々、箱根土地の堤康次郎が、谷保村に当時の東京商科大学を誘致しようとして、大学のために区画整理をして、大学を誘致し、その周辺に「学園都市」というイメージの住宅地を総合開発したのが、元々の国立の始まり。

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 あれっ? 箱根土地の堤康次郎っていえば、練馬の大泉学園でも同じようなことしてたでしょ。って思う貴方は記憶が正しい。いつかのブログでも書いたけど、実は一橋大学の誘致っていうことで言えば、大泉学園もそのつもりで宅地開発をした場所なのである。

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 で、結果から見れば堤は谷保と大泉で似たようなコンセプトの街づくりをして、結局、それを自ら両天秤をかけて、結局、谷保は国立となって大学の誘致に成功して、宅地開発も成功。うまくいかなかったけれども、大泉学園は駅名と町名だけ残して「何となく学園イメージ」でもって勝負というビジネスモデルを作ったわけだ。

 まあ、そこに住まう人たちも結局は「街イメージ」だけで住む場所を決めてしまうんですね。結構、「浅はか」です。
 三菱の岩崎久弥が作った駒込の大和郷といい、東急の五島慶太が作った田園調布といい、結局、必要なのは「街のイメージ」なんです。

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 一番上の写真の国立駅の写真は北口の写真なんだけれども、実はそちらは国分寺市。なので、国立市の宅地開発からは大分遅れて最近になってやっと市街地化された場所なんですね。
 国立って、意外と底が浅いんですね……、なんて言っちゃっていいんでしょうか。

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 国立駅南口からは道の両側に一橋大学を配して、その先に住宅地を配置し、それらをすべてまっすぐな道でつないでいるっていう、典型的な計画都市の様相を呈しています。

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 まあ、それはそれでハイソサィティなイメージの街並みではあるんだけれども、じゃあ、そこに住むか? って聞かれちゃうとなあ。

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 私はもうちょっと下町の「計画されていない」下卑た町の方が好きです。
 いわゆる「作られた町」よりはね。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Kunitachi ©tsunoken

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