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2019年5月13日 (月)

四谷・麹町・番町を歩く

 たまには近いところで……、ということで四ツ谷駅で降りて新宿通りを半蔵門に向かって歩く。

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 四ツ谷駅前は左に雙葉学園と、右に上智大学っていう、ふたつのカトリック系の学校風景からスタートします。
 日曜日の聖イグナチオ教会の前は東南アジア系のカトリックの人たちが、いろいろな出店を出していたりして、ちょっとしたカオス状態になって面白かったんだけれども、いやあ、今やそんな雰囲気の街は東京中に溢れていて、物珍しくなくなってしまった。

 私自身の経験から言えば、3人の子供たちが四ツ谷駅前の幼稚園に通ったということがあって、毎朝、彼女ら彼らを送って四谷経由で会社まで通ったということもあって、そうか6年も通っていたんだなあ、という感慨もあるんだが、その前に、私自身の学生時代に日本テレビ報道部(当時は番町にありました)のアルバイトで、何度も通った麹町・四ツ谷界隈なのでもありました。

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 半蔵門へ向かう新宿通りは、いまや凄い広い通りになっているが、昔からかなり広い通りだったようで、そうか、甲州街道の一の宿場、内藤新宿や、尾張徳川家の下屋敷(現在の箱根山)からまっすぐに半蔵門へ行く道だもんなあ。
 まさしく、江戸時代の徳川家のメインストリートなわけです。なんとなく東京駅に近い和田倉門あたりの方が正門だという感覚がなくもないんだが、もしかすると電車が走っていなかった江戸時代は半蔵門が江戸城正門だったのかもしれない。

 そのメインストリートの外堀の脇が、右が上智大学、左が雙葉学園っていうカトリック系の学校っていうのが、いかにも日本が世の中のどんな宗教に対してもオープンな国だったっていうことがわかって面白い。

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 勿論、古くからの街なので昔からある神社なんかもキチンと残っていて……、っていうよりは、その場所にビルをたてちゃったオーナーが、やっぱり祟りは怖いってなもんで、神社をビルのどこかに作るんですな。

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 で、地下鉄の半蔵門駅あたりから新宿通りを左折した先が番町、っていうか昔の一番町です。
 この先、ちょっと下り坂になったあたりから、実は昔は番町商店街っていうのがあって、まさしく下町の商店街みたいなオヤジさん・オッカさんの店がいっぱいあったんですね。私が日本テレビでアルバイトしていた頃(40ン年前)には。

 つまり、山の手の街の一部に下町が混じっていた、っていうのが昔の江戸からの東京の街だったってこと。
 今みたいな「大東京」じゃなかったので、結構「小東京」のなかに、いろいろ山の手とか下町とかが混じっていたんですね。

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 で、半蔵門まで行けば、そこで終わり。
 天皇陛下が赤坂御所から通勤する半蔵門です。

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 しかし、この半蔵門前にある「淀橋台断面図」って、その大胆さに結構クラクラしますぜ。

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EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Kojimachi & Bancho ©tsunoken

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