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2019年3月24日 (日)

東京周縁部を往く:赤羽台師団坂・防空壕跡

 赤羽駅を降りて、埼京線や新幹線の脇のかなりきつい上り坂を上がっていくと、「師団坂」という説明板がある。

 この坂自体は赤羽崖線の一部で、武蔵野丘陵が荒川(新河岸川)と出会って河岸段丘となっている部分の急な坂道なんだが、まあ、要はそんな「師団本部」なんていうものを山の上に作りたがった理由が、単に薩長の田舎侍が徳川から政権を奪っただけっていう、明治政権の発想なんですね。つまり、東京北部の田圃あたりを眺めて自分の天下を確認したかった田舎侍の発想という気がする。

 もう、そんな時代ではなかったんだけれどもねえ。当時、目を向けるべきは海外でしょう。

Epsn00202

『この坂は、旧陸軍の近衛師団と第一師団に所属した二つの工兵大隊に向かう坂道でした。明治20年(1887)8月から9月にかけてこれらの大隊が現在の丸ノ内2丁目から赤羽台4丁目内に移ってきたので、坂はつくられました。
 現在、兵営の間にあった練兵場は住宅地となり、第一師団工兵大隊兵営跡は学校法人星美学園の敷地となっています。』というのが北区教育委員会の説明。

Epsn00162_1

 坂のてっぺんに上がると右側には星美学園があります。

Epsn00232

 で、星美学園を背にして道を歩いていくと、旧国立王子病院、現在の東京北医療センターがあります。

 この東京北医療センターの脇とか裏が「赤羽台さくら並木公園」になっていて、公園から下に降りたところが桜並木道になっている。

Epsn00322

 ところが、その公園の中にあるんですねえ、「防空壕跡」が。

Epsn00352

 防空壕跡ということで、今でもその穴を埋めずに残してあります。でも、この防空壕って一般市民が逃げ込むための壕じゃなくて、少なくともその場所からして、旧陸軍の人たちが逃げ込んだ防空壕だったはずだ。

Epsn00382

 軍人がそんなところに逃げ込んじゃ意味ないでしょう。

 っていうか、やっぱり完全に米軍に制空権を握られてしまった日本軍としては、結局、防空壕に逃げ込むしかなかったのかなあ。

 まあ、哀しい戦争の残滓がここにもあったっていうことなんでしょうけれども。なんか、なんで軍人が防空壕に逃げ込むんだろうっていう部分がね、何というか。敗けるのも当然っていうか。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm f4 @Akabanedai ©tsunoken


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