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2017年7月21日 (金)

『東大卒貧困ワーカー』

 新潮社による「著者プロフィール」にはこうある。

『1956(昭和31)年生まれ。ノンフィクションライター。東京大学文学部卒業後、1980年毎日放送入社。アナウンサー、記者として勤務後、身内の介護のため退社。以後、派遣労働者として働きながら執筆活動に入る。著書に『中高年ブラック派遣』など』

 ところが、残念ながら本書のどこを読んでも「東大卒」の話は出てこない。勿論、「貧困ワーカー」のルポだから、貧困にあえいでいる労働者の話はいくらでも出てきているのだが、そうじゃなくて、やはりこの『東大卒貧困ワーカー』というタイトルから読者が期待するのは、「東大出ても正規社員じゃなければこんなもんよ」という、著者自身が経験した実態なんだろう。勿論、書かれているのは中沢氏自身が経験した「貧困ワーカー」の実態なんだろうが、それが「東大卒」じゃないと経験できない仕事のやり方の実態ではなくて、別に東大卒じゃなくても、MARCHじゃなかろうが大卒じゃなかろうが、ごく普通の「中年貧困ワーカーの実態」なんだなあ。だったら、別にそれは何も『東大卒貧困ワーカー』というタイトルをつけなくても別に何の問題もないわけで、「いやいやそれじゃあ誰も読まないよ」という意味でそうしたタイトルをつけるのはわからないではないが、そんなら「東大卒ならではの、貧困ワーカーぶり」というものについて書かなければ、『東大卒貧困ワーカー』というタイトルをつける意味はない。

 う~ん、そんな意味ではこの新潮社の担当編集者の、意識的な読者に対する裏切りっていうものがあるのか、あるいは、企画当初は「東大卒ならではの話」を書いてもらう予定だったのに、全然そうじゃない内容になってしまったときに、「中沢さん、この内容じゃ『東大卒貧困ワーカー』っていうタイトルを付けられないじゃないですか。全面的に書き直しね」というひとことが言えなかったのか、のどちらかではあるのだろう。

 いずれにせよ、ちょっとこれは「詐欺的タイトル」の典型ではありますなあ。「東大卒」の人が書いたのは事実だけど、「東大卒貧困ワーカー」の話は、自分の体験だけでしかない。もうちょっと「一般論としての東大卒貧困ワーカー」について書かないとね。

Photo 『東大卒貧困ワーカー』(中沢彰吾著/新潮新書/2017年6月23日刊)

 勿論、別に書いてあることが間違っているわけではない。現状における日本の労働市場の特異さは言うまでもない。

『世界で日本にしかない特異な習慣で、労働市場の流動性を低下させ、学生を萎縮させて自由意思を阻害し、熟考する時間が足りず企業と労働者のミスマッチを引き起こしやすい。企業側のアンフェアなフライングに青田刈り、学生の意向を無視した囲い込みに内定切り、学生側の大量の内定辞退。全員横並びでスタートさせ不本意な結果に終わった学生に無用な挫折感、敗北感を植えつける等々、新卒正社員のうち3分の1が入社後3年以内にやめてしまうのは、よく考えずに決めたことによるミスマッチが原因と指摘されている。それが当たり前になっている異常さを放置すべきではないだろう』

 というのは当たり前の指摘。

『現代の新卒学生の3分の1は3年以内に離職し、フリーターや派遣になる人もいるから、セミナーや職業訓練、転職先の紹介、人材派遣などで卒業後も何度もビジネスの対象になりうる。また、職業紹介以外での余禄も大きい。不動産、車、金融、結婚、旅行、スポーツ、グルメ、美容、ファッション、メディア等々多様な生活関連ビジネスの各分野の子会社を用意して、ダイレクトメールで営業できる。ビジネスの対象を若者に絞ると、極めて効率良く多角的に利益を上げられるのだ。それも長期に亘って』

 結局、それらの原因は大学卒のサラリーマンの採用方法が「新卒一括採用」に偏っているからに他ならない。結局、新卒学生の3分の1は自分が勤めている企業と自分自身のミスマッチに気が付いて、サラリーマンをやめる。ところが、採用の二次市場がないために、結局彼は非正規労働者として働くしかなく、その結果、ある部分の人たちは「貧困ワーカー」となってしまう。結局、「セミナーや職業訓練、転職先の紹介、人材派遣」は、働く人のためにあるのではなく、企業としていかに収益を上げるかのための「(求職者という名前の)お客さん」のためにあるのだ。

 で、非正規のワーカーになってしまう。ところが、その非正規ワーカーにはもっと大きな問題があるのだ。

『通商白書2016によれば、製造業以外の業種の労働生産性を比較すると、概ね米国51、ドイツ45に対し日本は27。特にサービス業の生産性が低い』

『非正規は元々政財界の目論みでは、労働ヒエラルキーの底辺を構成し、必要に応じて便利に使えることが大事で、能力は期待されていない。その格付けがあるからか、非正規職場では次のような退廃的な三段論法が定着している。
「利益を上げるために低賃金非正規を調達した→非正規は能力が高くない→効率が悪くても、あいつらは非正規だから仕方がない」』

 非正規だからいくらでも換えがきく。いくらでも換えがきくので、給料を上げる必要がない。給料を上げる必要がないから、労働コストは上がらない。んじゃあ、その方式でいこう。労働生産性なんて初めから望んではいないのだ。

『使う側がそう思ってくれているのだから、非正規は結果にこだわらずのんびりできる。生産性は向上せずむしろ低下していく。たまに非正規がやる気を出して「このやり方はおかしい」などと注意すると「めんどくせえこと言うな」と追い出されてしまう。優越的な立場を与えられた人はその立場にこだわりがちで、非正規から意見されることをひどく嫌う』

 まあ、それが現状ではあるし、その傾向がそうやすやすとは変わるとは思えない。まあ、「正規・非正規」っていう分かれ方から、「向上心のある人・向上心のない人」っていう風に分かれるだけなんだけれどもね。

 と言うことなので、日本でも少しづつ状況は変わりつつあるようで、企業側も経験者を正規労働者として採用しようという動きも出てきてはいるようだ。勿論、経験者を正規労働者として雇用するということは、当然そこには人によって選別するということが行われなければならないし、実際そうなっているのだろう。

 つまり、仕事ができる経験者は、より高い収入を得ることができるし、「出世」という道も考えられている。その一方、仕事ができない奴は、いくらでも代替ができる「便利な労働者」として切り捨てられて、結局「貧困ワーカー」にならざるを得ないのだ。まあ、欧米は以前からそのような労働市場が成立していたし、少なくとも日本のような横並びの就職っていうものはなかったはずだ。

 それは少なくとも、これからの日本の労働市場が進んでいく道だろうし、前に戻すことができない道でもある。

 じゃあ、そこで「高学歴貧困ワーカー」がいなくなるかどうか……、これがいなくはならないのだ。ポイントは「仕事ができるか、できないか」だからね。

 それが厳然たる事実。

『東大卒貧困ワーカー』(中沢彰吾著/新潮新書/2017年6月23日刊)

2017年7月13日 (木)

『不寛容社会』でも、いいじゃないか

 九州では大変な天気が続いているんだが、その一方、東京では好天気が続いている。まあ、ちょっと暑すぎるけれどもね。

 どうもそのせいか、毎日外に出て写真散歩をしているにはいいんだが、その分、本について書く機会が減ってきてしまっていて、いかんなあと思ってはいます。まあ、読んでいることは読んでいるんだが、どうしてもね、こう暑いと本を読むのも多少は億劫にもなってくるのも事実。

 と、言い訳しつつもとりあえず「本について書く」のであります。しかし、いつになったらこの「本について書く」ブログが掲載されるんだろう。

 ということで久々の「本について書くブログ(でも「書評じゃない」)であります。

 別にいいじゃないの、「不寛容社会」だってさ、ってことであります。

Photo 『不寛容社会』(谷本真由美著/ワニブックスPLUS新書/2017年4月25日刊)

 まあ、メイロマ(谷本真由美)さんの日本人叩きも時には面白いんだけれども、時によくある「外国に在住の日本人が陥りがちな、上から目線の日本人叩き(でも、それって自分を叩いてるのと同じなんですけれども)」になってしまっているところは、ちょっと残念だ。

 だって……

『なぜ日本人は見ず知らずの人を叩かずにいられないのでしょうか?
 なぜ日本人はこんなに不寛容になってしまったのでしょうか?
 なぜ海外では芸能人の不倫がトップニュースにならないのでしょうか?
 なぜ日本人は些細な事で正義感を発揮しようとするのでしょうか?
 日本人は集団ヒステリーなのでしょうか?』

 って、今や別に日本だけの状況じゃなくって、世界中がそんな感じになってません? 問題は「ネット社会」ってことでしょう。

 要は「ネットの匿名性」の中にみんな逃げ込んで、そんな匿名性の中、つまり自分だけは安全地帯に身を置いて、他人を誹謗中傷するっていう傾向は、今や決して日本だけの特徴ではなくなってきている。

 勿論、メイロマさんもそんなに西欧礼賛じゃなくて、外国にもある「他人叩き」の例を挙げている。

『私の欧州での生活感からすると、他人を叩く傾向は、南下するほど激しくなり、北上するほど薄くなっていくようです』

『つまり、南下するほど社会における伝統的な役割を重視する人が多くなり、工業化社会というよりも、工業化以前の農村的価値観を色濃く残しているともいえます。男尊女卑もひどくなり、他人に興味がある人が多くなるため、人の行動に対してあれこれ言いたがる人が増えるのでしょう。
 その代表的な国の一つは私がかつて住んでいたイタリアです』

『イタリアからそれほど遠くないスペインも、案外「他人叩き」が好きな傾向があります』

『スペインの強固な同調圧力は日常生活の中にも存在します。
 例えば日本でもお馴染みのサービス残業。欧州では定時上がりが当たり前な国が多い中、スペインには付き合い残業という日本のような「サービス残業」が存在するのです』

『スペイン人の同調圧力の根底には、同じ集団に所属する人とお互いを深く知るような機会がないと寂しい、ダラダラ一緒に過ごしたい……そういった思いもあるわけです。
 さらに面白いのは、スペイン人は日本人の私ですらもこうしたダラダラした「だべり」に誘ってくれて、午前様になってベロベロになるまで一緒に飲んだりすることです』

 これらは南ヨーロッパの特徴なのだろうか。じゃあ、北欧と南欧でどこが違うのか?

『個人主義が徹底していて「他人叩き」にまったく興味がない北米や欧州北部は「階層」と「階級」を強く意識している社会です』

『「階級」(英語では「class」といいます)は歴史的、文化的なもの。「階層」(英語では「social stratum」といいます)は職業や収入などの格差によるものです。昔と違って、現代では「階級」の移動は難しくても「階層」の移動は可能なことがあります』

『より良い教育を受けた人ほど上層階層に移動することが可能なわけです。
 高校教育や大学教育が無償、もしくはアメリカやイギリスに比べたらかなり安いノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ドイツは、たしかに階層移動が容易になってきています』

『アメリカは親が貧乏だと「階層」を移動しにくい社会なのです』

『両親の財力は、より豊かな生活環境や教育環境を整えるだけではなく、子どもが様々なことに挑戦する機会を与え、お金のことを心配しなくても良いという安心感も与えます。お金が保険の役割も果たしていたのです』

『個人主義的な国ほど階層移動には財力がモノをいうようになっています。そして、それがさらに顕著なのが、個人主義社会で他人には構わない傾向の強いアメリカなのです。
 繰り返しますが、アメリカ人は自分は他の「階層」には移動できない=他人と自分は根本的に違う、と最初から思っているので、欧州以上に他人にはことさら無関心。日本人のように「他人叩き」にも時間を使いません』

 そういうことか。

 つまり「階級社会」「階層社会」であるところのアメリカや中北欧は、当然ながら社会における同調圧力が低い、というか階級や階層が違えばそれは「別の種類の人間」なんだから、彼らが何をしようが自分には関係ない、関係ないことには興味はない、なのでそこで「他人叩き」をする意味がまったくなくなってしまうのだ。

 ということは、その逆で、日本ではそんな「階級制度」や「階層意識」というものが薄いので、そこに同調圧力が生じてきて、「自分と違うことをやっている人を叩く(それもネットで匿名で)」っていうことになるんだな。

 っていうことは、まだ日本の社会のほうがそんな平等性の中で生きているんだから、まだマシ? っていう考え方もある。

 まあ、多少、世の中生きにくい部分はあるけれども、そんな平等社会のほうがいいという考え方もあるんだ。

『不寛容社会』(谷本真由美著/ワニブックスPLUS新書/2017年4月25日刊)

2017年7月 1日 (土)

『多動日記』

「多動」というのは『多動性(落ち着きがない、つねに動き回る)という基本的な性格のことであり。
【行動の特徴】
・自分の好きなことは集中して取り組むが、それ以外のことは途中で投げ出し、別のことを始める
・遊びをころころ変える
・外出すると動き回って、親の目の届かないところに行ってしまう
・1か所にじっとしていることが苦手
・イスに座っていても、身体や手足の一部を動かす』

という、これまでは病気の一種だと思われていて、いわゆる「ADHD」『注意欠如・多動性障害(ちゅういけつじょ・たどうせいしょうがい、英: attention deficit hyperactivity disorder、ADHD)は、多動性(過活動)、不注意(注意障害)、衝動性を症状の特徴とする神経発達症もしくは行動障害である』(Wikipedia)という、一種の精神疾患だと思われていた。

Photo 『多動日記(一) 「健康と平和」-欧州編-』(高城剛著/高城未来研究所 電子版未来文庫/2017年6月2日刊)

 確かに「多動」ではあるなあ。目次から拾ってみるとこうだ。

AUGUST
8月18日 イスタンブール/8月20日 ザグレブからパグ島/8月22日 チューリッヒからサルディニア/8月24日 コルシカ島からトゥーロン/8月26日 ポロクロール/8月27日 マルセイユ/8月28日 マルセイユからアテネ/8月29日 アテネ/8月30日 ケファロニアからザキントス

SEPTEMBER
9月1日 ザキントスからアテネ/9月3日 アテネからコルフ/9月4日 コルフからアテネ/9月6日 ナクソスからミロス/9月8日 ミロスからアテネ/9月10日 アスティパレアからアテネ アテネからローマ/9月12日 ローマからナポリ/9月13日 ナポリ/9月14日 ナポリからロンドン/9月15日 ロンドン/9月16日 バルセロナ/9月17日 イビサ/9月18日 イビサからアムステルダム/9月22日 キプロス/9月24日 ロンドン/9月26日 ベルリン/9月28日 パリ/9月30日 バルセロナ

OCTOBER
10月1日 ロンドン/10月2日 プラハ/10月6日 タリン/10月10日 ブリュッセル/10月15日 バルセロナから東京へ

 高城氏は自身のブログに2016年を振り返ってこう書く。

『今年は、例年にも増して忙しい一年だった。
珍しく渡航した国を数えてみると、一年間に訪れたのは71カ国。
その内、米国や中国など、別都市に複数回訪れている国も多く、延べで数えたら年間渡航100カ国は超えているだろう』

 たしかに旅行した先はむちゃくちゃ多いわけであるのだ、というか旅が常態化してしまった場合は、それを「旅行」というのが正しいのかどうなのかはよくわからない。旅をするのが日常であるならば、それは旅をするのが普通の生活であり、普通の人のように「旅という非日常を楽しむ」ということはないのだから、その旅自体が普通の生活であり、だとするとその旅自体に普通にストレスなんかが生じてきたりするのかなあ。

 また、確かにいろいろなところへ数「多く」、移「動」しているということでは「多動」ではあるけれども、それは堀江貴文氏がいうような、基本的な性格である、ADHD的な「多動」とはどうも違うようだ。

 ところで「高城剛」とはそもそも何者であるのか?

 私たちが高城剛という名前を知ったのは、CGやらアニメーションを使っていろいろな映像や空間表現をして「ハイパーメディアクリエイター」なんて訳のわからん「肩書」を名乗り、いつの間にか(それこそ「ザッツ・オールド」な)東映アニメーションの社外重役なんかをやったり、いつの間にか沢尻エリカと結婚し、そしていつの間にか離婚をした訳の分からん男、というイメージである。

 高城氏のブログから拾うとこんな感じである。

『LIFE PCKING2.1、黒猫は空飛ぶロボットの夢をみるか?、素敵な星の旅行ガイド-Nextraveler-、人生を変える南の島々、2035年の世界、白本、黒本、青本、魂の再起動、身体の再起動、サヴァイブ南国日本、世界はすでに破綻しているのか? スーパーフード、モノを捨てよ、世界へ出よう、人口18万人の街が、なぜ美食世界一になれたのか? オーガニック革命、サバイバル時代の健康術、時代を生きる力、私の名前は高城剛、住所不定、職業不明』

 高城氏の言葉……

『アイデア(の質、量)は移動距離に比例する』

 というのは少しはわかる。常に移動し続けることによって人間は外界からの刺激を受け続ける。そうした刺激が「アイデアの質や量」になるってことなんだろう。ただそれは、決して具体的に「A地点からB地点に移動する」っていうことだけではなく、そうした地理的な移動だけでない、精神的な移動だったり、日常生活の移動だったりというのもあるはずである。

本書のように移動する街から街へ、次々に現れる事象を書き綴っていると、それはどうしても「旅の途上で考えたもの」以上のものにはなってこない。たぶん、そうした「旅の途上で考えたもの」を修正し、まとめ上げたものが実は後々別の書籍となって表れるのかもしれないが……、たぶん、その時には私も先に行っているので、そんな書籍が出版されているのに気づかずに通り過ぎてしまうかもしれない。

 私は、別に「高城剛ウォッチャー」じゃないのだ。

 いつか、再び高城氏の本と出合った時に、別の「高城論」というか、本書『多動日記』のまとめが書けるのかもしれない。

『多動日記(一) 「健康と平和」-欧州編-』(高城剛著/高城未来研究所 電子版未来文庫/2017年6月2日刊)

2017年6月27日 (火)

『未来の年表』

 う~ん、まあ多分にショッキングなデータではありますねえ。

Photo 『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』(河合雅司著/講談社現代新書/2017年7月1日刊)

 まずこの「人口減少カレンダー」ってのがすごい。

 取り敢えず今から約100年後までの日本の人口の推移と、それに伴う社会の変化を書いてあるんだけれども、いやあ、なかなかのもんです。

Photo_2

 とは言うものの、そんなにリニアには進まないのが人間の歴史だ。日本のここ150年の歴史を見ても、「鎖国」(と言っても完全な鎖国ではなかったですがね)から明治維新が起こったのが1868年、以降、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争(第二次世界大戦)ときて1945年の終戦。その終戦から既に70年が過ぎて、今の状態がある。

 それこそ戦争ですべてが焼け野原になってしまったところからの復興で、それこそ戦前の「産めよ増やせよ」思想さながらに人口を増やしてきて、その圧力で経済をここまで伸ばしてきた日本である。

 その日本が今や逆に人口減少に悩んでいる、っていうかこんな日本経済の状況では子どもを生み増やすような状態ではないってのが普通の人の考え方だ。じゃあ、そんな縮みゆく日本の中でどうやって日本民族は生き延びるのかってことなんだけれども、まあ、考えてみればなにも日本民族の永続性やら永劫性なんてことを、なんで我々が考えなければならないのか?

 まあ、一部の民族主義者の方々なんかが深刻に考えているのは理解できないではないが、じゃあだからといって彼らが日本の人口を増やすのに何かの手立てを考えているのかといえば、決してそんなことはなく、有効的な手段もなく、ただただ「日本民族が滅びてはならない」というお題目を唱えているだけではないのか。

 だとすると本書で河合氏が話している、「戦略的に縮む」ってのが、当面は有効な手段なのだろうか。

『私は、「戦略的に縮む」「豊かさを維持する」「脱・東京一極集中」「少子化対策」の4つをキーワードとして、現段階で着手すべき「日本を救う10の処方箋」を示したい。

日本を救う10の処方箋
1・「高齢者」を削減
2・24時間社会からの脱却
3・非居住エリアを明確化
4・都道府県を飛び地合併
5・国際分業の徹底
6・「匠の技」を活用
7・国費学生制度で人材育成
8・中高年の地方移住推進
9・セカンド市民制度を創設
10・第3子以降に1000万円給付』

 う~ん、まあ多少は効き目はあるのかもしれないが、それをしも日本人が民族としてやせ細っていくことへの対抗措置にはならないのでしょう。

 まあ、いずれは滅びて歴史から消え去る民族として日本人をとらえるってのもあっていいかもしれない。

『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』(河合雅司著/講談社現代新書/2017年7月1日刊)

2017年6月21日 (水)

『峠』を再び読んでみる

 先々週から先週まで、ほぼ一週間入院したので、その間に読んだちょっと長い小説のお話などをしてみる。

 読んだ小説とは、『峠』であります。

『峠』と言えば、故司馬遼太郎氏の長編時代小説で、毎日新聞夕刊に1966年から1968年まで連載されていた作品である。

 1966年から1968年ということは、私が15歳から17歳ということで、まあ、大体この辺から少年は「時代小説」に憧れ、その後、吉川英治の『宮本武蔵』やら山岡宗八『織田信長』あたりの読み進み、NHKの大河ドラマあたりにはまるというのが、オヤジの時代小説ファンの王道だったりするわけで、まあ、私もその通りで、未だにNHK大河『おんな城主 直虎』あたりを「本当はそうじゃないんだよなあ」なんて思いながら、毎週見ているという具合。

 で、5月の越後牛の角突きニ連荘のついでに再度訪れた郷土の英雄河井継之助資料館なんかに行ったりしたわけなのであるが、今回、再度故司馬遼太郎氏の『峠』を読んでみたら、なんか昔読んだときとの印象の違いに驚いているような状況なんだなあ。

Photo_2 『峠(上中下)合本版』(司馬遼太郎著/新潮社/2015年6月15日刊)

 まあ司馬遼太郎版『峠』と言えば、「小千谷談判」が一番の読ませどころで、小説のメインになるところのはずなんだが、「記憶にあるイメージ」とは大違いで、実は上中下全三巻の三巻目、 5章目目になってやっと「小千谷談判」が出てくるのである。なんか、「記憶にあるイメージ」ではもっと小説の中心になって出てきたように思うのであるが、小説全23章中の19番目に出てきていたとは、なんともはや記憶というものは如何にいい加減なものなのかという思いでありました。

 まあ、小説というものは史実と異なるわけで、それは当然なのであることは、それは読む前から分かっていることであるのだ。が、まあ考えてみれば「小千谷談判」は河井継之助としてみれば、最早晩年に属する年代にあった事象であり、それなら小説の最後の方に位置するところであるのは当然なんだが、その事実の大きさからするともっと小説の前の方に出てきた印象が残っているんですね。

 それ以外にも、小説『峠』には事実と反するところはいろいろあるようで、Wikipediaによれば……

『冒頭で河井の人物像が語られる冬の峠越え
創作:三国峠越え。
史実:碓氷峠越え。

河井と福澤諭吉との関係
創作:思想面で共鳴する親密な関係があった。
史実:実際に2人が会った記録はない。

河井が持っていた越後長岡藩の将来像
創作:一藩で武装中立国にする構想を持っていた。
史実:その言動から、尊王でも佐幕でもない中立の一藩にしようとしていたであろうことは想像に難くないが、それを裏付ける史料はない』

 などなどがあるようで、それらは小説として面白い表現になるようにした結果であり、まあ創作とはそういうもんだと言ってしまえばその通り。

 まあ、三国峠越えなのか碓氷峠越えなのかはあまり本題とは関係ないが、福澤諭吉との関係論でいえば、ふたりが実際に会った記録はないというのは正しいようで、福澤諭吉の開民論と河井継之助の言う徳川幕府改正論とは大いに異なるものの筈なのである。福澤諭吉にしてみれば、別に徳川幕府を守ろうなどという考えかたはなくて、むしろ、大政奉還をした以上は徳川方は政治の表舞台からは退くべきであり、一方、天皇を抱いた薩長軍も別に革命のための部隊ではなくて、やはり旧体制の遺物でしかないと考えていたはずである。むしろ、福澤の考え方は「共和制国家」を作ることが一番の目標であり、そのためには天皇の存在もあくまでも共和政政体を作るための臨時措置的なものでしかなくて、いずれは天皇制自体も否定せられるべきものとして考えられていた。一方、河井継之助の考え方はそこまで将来を見こしていたわけではなくて、国の代表としての天皇の存在と、政治の代表としての徳川幕府という二元論が未だ存在しており、大政奉還とは徳川幕府が政治の代表の立場をおりるだけで、その後は「誰か」が政治の代表になればいいという考え方で、その中で「長岡藩が如何にして長岡藩として独立を保てるだろうか」という道を追求していたにすぎない。

 つまり河井継之助としては「国の政体がどうか」ということは眼中になくて、「長岡藩が(それが「藩」なのか「(連邦制のなかの)国」なのかは別として、自分が生まれ育った「長岡」を如何にして生き延びさせるのか」ということだけが目標だったのだろう。それが会津を中心とする「旧守派=奥羽列藩同盟」に長岡が当初は参加しなかった理由なのではないだろうか。勿論「一藩で武装中立国にする」というのは、ある種、ファンタジーをともなったとはいえ「非武装中立」という考え方のなかった時代における「現実論」ではあったのだろう(まあ、現代でも「非武装中立はファンタジー」という考え方もある)。しかし、だからといって、それが永遠の戦略ではなかったに違いない。

 つまり、河井継之助とは、あくまでも時代に即した有能な官僚であり、如何にして目前の問題を解決するのかが、彼にとっての一番のテーマであり、その後にどんな国・藩・小国家を作るのかということはテーマではなかったのではないだろうか。

 今、故司馬遼太郎氏の『峠』を読み返してみると、そこに見える河井継之助像は、世の中の先を見こした政治家というよりは、目前の問題をいかにして解決し、短期的に問題解決を図る有能な官僚の姿なのである。

 つまり、そんな河井継之助にしてみれば、小千谷談判なんてものは、数多くある政治取引のひとつでしかないわけで、その結果も、実は見えていたってことなのかもしれない。

『峠(上中下)合本版』(司馬遼太郎著/新潮社/2015年6月15日刊)

(新潮文庫版)(電子版『峠』上中下別売り版もあります)

2017年6月15日 (木)

小説『シンギュラリティ』は『シンギュラリティとは何か』に答える小説じゃなかった、そこが残念!

「シンギュラリティとは何なのか?」について真摯に答えたSF小説……、ではないのだ。

 その辺がちょっと残念!

Photo 『シンギュラリティ』(チーム2045:西村世太郎・里見裕二・鎌田隆寛・山内靖子・堀江悟史・森井友美/幻冬舎/2017年3月21日刊)

 著者の「チーム2045」とは、『2016年、Ster(情報システムの企画、構築、運用などの業務を請け負う企業)である新日鉄住金ソリューションズ株式会社の若手有志で結成。メンバーの本務は営業、システムエンジニア、総務と、部署や職種をまたいだ後世になっており、業務外活動の一環として日本初のプロジェクト型小説制作に挑戦した』というもの。チーム名は勿論人工知能が人間の能力を上回る「シンギュラリティ」が2045年に来ると予測されていることにちなんで命名、というのもよくわかる。

 しかし、残念なのが同時にそうした「素人さんが書いた小説であるからこそ、もしかして真摯に『シンギュラリティってなんなのか。シンギュラリティを迎えた私たちの世界はどうなるのか』に答えてくれるのかもしれない」という期待を、読む方としては勝手に抱いてしまうのだが、残念ながらそれには応えてくれないんだなあ。

 う~ん、プロの作家が勝手にシンギュラリティ以降の世界を書くのは自由だけれども、それはあくまでも作家的感性で書いているだけであり、真摯にシンギュラリティと向き合って書かれたものではないだろう。なので、逆に「小説の素人さん」であり、なおかつ「AIについてのプロ」である「チーム2045」に勝手に期待したんだが、それは意味はないってことなんだなあ。

 そこはちょっと残念。

 シンギュラリティとは何なのか?

『シンギュラリティ(技術的特異点)とは?
 シンギュラリティ(テクノロジカル・シンギュラリティ=技術的特異点)とは、人工知能が人類よりも賢くなり、技術進歩を担い、人工知能がより賢い人工知能を生み出すサイクルを生み出す点のことだ』

 つまり、現在蓄積されているコンピュータ(AI)への知識の量が、今後、ディープラーニングなどにより急激に加速して蓄積され、その知識の量が2045年に人間全体の知識の量を凌駕するというもの。それは多分、現在進められているAI化、IoT化とクラウドコンピューティングの技術が、コンピュータ自身のディープラーニングによって幾何級数的に知識を伸ばし、いずれは人間の持つ知識や考え方の総量以上になり、その時に「人間vs.コンピュータ」の関係論はどうなっていくんだろうかということへの考え方なんだが、それが人によって大いに違うっていうところが面白いところで、「コンピュータが支配する人間社会」を想定する悲観論から、「いやいや人間とコンピュータは相変わらず良い関係論を保って進んでいくんだ」という楽観論まで議論百出で、我々シロートには「これはどうなっちゃうの?」的な興味は尽きないってところなんだなあ。

 おまけにそれが2045年には実現しちゃうって言うんだから、1951年生まれの私だって94歳で、まだ生きている可能性がある(まあ、その前に心筋梗塞で死んじゃうかもしれないけれども)っていうところが、興味の的なんだ。その時、世界はどうなっているのか?

 ところが、小説のラストは……

『「松阪君、君ならわかるだろう。シンギュラリティは人類を滅ぼすんだよ」
 安藤奈津子の口調がいきなり変わった。
「もしかして、僕が連絡を取っていたのは……」
「男だと思い込んでいたでしょう。あなたは単純だから騙しやすかったわ。まあ、それはいい。理屈はもうわかっているでしょう。理屈はもうわかっているでしょう、私たちがシンギュラリティを阻止しようとする理由は」
「そのことについては、ずっと考え続けている。今はあんたたちが間違っているとはっきり言える」
「ほう? せっかくだから、その考えとやらを聞いてあげましょうか」
「確かに人類の歴史は争いの歴史だ。でも、本当に少しづつだけど、そして行きつ戻りつするけど、平和に向かっているじゃないか。それは人類全体が精神的に成長しているからだ。近いうちに人工知能が人間を超えるとして、僕たちより高次な存在が、戦いを仕掛けてくるだろうか。そんなコストの高い選択をするだろうか」
「人類全滅を選ぶ可能性は?」
「ないとは言えないだろう。でも、たとえば自分たちより知能が劣るからといって、僕たちは猿を殺戮しようと考えるだろうか。むしろ、絶滅しそうだったら救おうとするんじゃないか。あんたたちは暗い未来を描きすぎる」』

 で、結局、松阪は安藤の持つ武器のボールペンを体当たりで無効化させて、最後は犬のケンシロウが安藤奈津子の右腕に咬みついて、体勢を崩した安藤の右腕を松阪が絞り上げ、床に落ちたボールペンを奪って、最後のアクションはおしまい。

 って何? これじゃあ「シンギュラリティ小説」じゃなくて、単なる「アクション小説」じゃないか!

「おわりに」で

『「シンギュラリティ」は〝プロジェクト型小説″としての第一弾です。シンギュラリティを人類発展の前向きなステップとして迎えられるように、結衣たちは少しずつ大きな流れに巻き込まれていくことでしょう。結衣たちの活躍によって、多くの方に「シンギュラリティ=技術的特異点」について興味を持っていただき、私たちが携わっているITという技術が幸せな未来のためにはどうあるべきなのか、そんなことを考えていくきっかけになってくれることを願っています』

 というのだが、肝心の「シンギュラリティがどういうものであるか」という、素人読者の素朴な疑問にも答えてくれないと、なかなかシンギュラリティについて興味をもっていただくのは難しいのじゃないだろうか。

 というのは、やっぱり「素人の発想」なのかなあ。

『シンギュラリティ』(チーム2045:西村世太郎・里見裕二・鎌田隆寛・山内靖子・堀江悟史・森井友美/幻冬舎/2017年3月21日刊)

2017年6月 7日 (水)

『プロ野球・二軍の謎』

『メジャーでは毎年、1球団あたり60~70人の新人が入団してきます。仮に30球団で60人ずつ採用したとすると1800人に上ります。大ざっぱに言えば、この大量採用の選手たちにとにかく試合をさせて、結果を残したものをメジャーに引き上げるという選別方式です。
 これに対して日本は育成選手を含めても1球団10人入ってくるかどうか。今季(2016年シーズン)、我がオリックスは大量12人の入団となりましたが、12球団トータルでは、せいぜい毎年100人前後といったところでしょう』

 まあ、このスケールの違いが日米でのマイナーリーグ(二軍・三軍)のあり方の違いになるし、育成方法の大きな違いになるんだろう。

Photo『プロ野球・二軍の謎』(田口壮著/幻冬舎新書/2017年3月30日刊)

 ポイントは日本の二軍制度とアメリカのマイナーリーグ制度との大きな違いなんである。。

『日本ではたとえ二軍でも、球団と契約を結んでいれば「プロ」として認識されています。また、シーズン中に誰かが突然やってきて、クビを宣告されるというようなことはありません。シーズンも終了間際になったあたりで、「来年の契約は結ばない方向だ」という告知をされることはあっても、シーズン真っ只中のある日突然「ハイ、きみはクビね」と言われ、その日のうちに荷物を持って出ていかなければならない、などという事態にはならないのです』

『とにかく1年は「プロ野球選手」を名乗ることを許され、支配下選手なら最低でも年俸440万円(育成選手は240万円)が保障され、じっくり育ててもらえる日本の二軍選手は恵まれている、と思わずにはいられないのです』

 育成選手の240万円という最低年俸でも、日本ではそれ以下の年収で暮らしている若者は多いわけだし、二軍選手の最低年俸440万円だったら普通のサラリーマンの年収とそれほど変わりはない。まあ、勿論「体が資本」のスポーツ選手なんだから基本的な年間支出(特に食費)は、サラリーマンと同じってわけにはいかないのだろうが、それでも「生活できない」って金額じゃない。それがアメリカのマイナーリーグでは様子が違うようだ。

『日本のプロ野球における二軍は、選手を育てる場所であると同時に、一軍が勝つための人材を派遣する場所、もしくは一軍選手の調整のための場所といった役割があります。日本の二軍は、すべては一軍の勝利のために存在しているのです』

『日本では12球団すべてが一・二軍ともに同じ親会社の経営下に置かれていますが、アメリカの場合、メジャー、3A、2A、と系列が一緒でも、チームはそれぞれが別経営で成り立っています。つまり、たとえばセントルイス・カージナルスとメンフィス・レッドバーズはカージナルスのメジャーとマイナー(3A)ではありますが、企業としては別なのです』

 つまり、メジャー、3A、2Aなどはそれぞれ別のリーグに属していて、それぞれで各独立して経営されているってことは、当然、それぞれのレベルでもってビジネスをしているってわけ。ということは、それぞれのチーム事情がそれぞれの経営に影を落としているわけで、それはそれぞれのチームごとに選手に支払われる給料なんかも違うわけだ。

『メジャーが一軍だとすれば、二軍にあたる「3A」、三軍にあたる「2A」、さらにその下に「アドバンスドA」「クラスA」「ショートシーズンA」(この3つを合わせて「1A」)、「ルーキー・アドバンスド」「ルーキーリーグ」(この2つを合わせて「ルーキーリーグ」)と7つもの下部クラスが存在するのです。
 一応、マイナーが7つのクラスに分けられているとはいえ、メジャーから見れば、やや年齢層が高い3Aも含め、いずれも似たような下積み生活です』

『マイナーの選手たちの多くは、野球をすることで得られる賃金だけではとうてい食べていけず、アルバイトをしたり、なんらかのスポンサーを見つけて援助をもらい、メジャーリーガーになる日を夢見てプレーしているのです。中には奥さんや彼女が働くことで、食べさせてもらっている選手もいます』

 勿論、メジャーにいても結構厳しい条件がある。

『メジャーリーガーが下部リーグに落とされる要因のひとつに、日本にはない仕組みがあり、それが先に紹介した「option」というものです。
「option」を直訳すると「選択権」という広い意味になりますが、野球用語としては、「球団側が選手をマイナーに落とす権利」という意味で使っています。「球団がオプションを行使し、誰々を3Aに送った」というように使うわけです』

『ただし、球団側がこのオプションを制限なく使えるわけではありません。この権利を行使できるのは3回までということになっています。確か、累積20日間で「マイナー落ち1回」とカウントされるのですが、1シーズンの間であれば、球団は何度でも選手をマイナーに送ることができます』

『もし3シーズン、メジャーとマイナーを行ったり来たりして3回のオプションを使い切っているにもかかわらず、それ以降もマイナー待遇となる場合、球団はその選手をウエーバーにかけなくてはならない、つまりいったん保有権を手放して、ほかの球団に獲得意思があるかどうか確認しなくてはなりません』

『ひとりの選手に対してのオプションの行使は、どのチームの所属かにかかわらず、1シーズンは1回とカウントされていきます』

 ということで、メジャーリーガーはチーム移籍は当たり前であり、田口氏も1992年に日本のオリックス・ブルーウェーブに入団したが、2002年にFA宣言をし、セントルイス・カージナルス、2007年フィラデルフィア・フィリーズ、2009年シカゴ・カブスと転籍をし2010年に再びオリックス、2012年にオリックスを退団しプロ生活から引退。しかし、2015年に再びオリックスで二軍監督になって現在に至る。

 という経歴を見ると面白いなあ。アメリカ時代は他のメジャー選手たちと同様、短い期間でいろいろなチームを渡り歩いているのは、上記のメジャー&マイナー選手たちと同じなんだが、何故か日本では生涯同じチームっていう、如何にも日本的就業慣行の中で所属チームを決めている。

 ってことは、まあ、やっぱり日本人は日本では日本の慣行の中で、アメリカ人はアメリカ的慣行の中で仕事をするってことなんでしょうかな。ってことは、日本の二軍選手がメジャーとか3Aのトライアウトを受けて、アメリカで野球をやるってことはありそうもないことなのかなあ。

 だとすると、そこがちょっと残念!

 って、反応するところが違いますね!

『プロ野球・二軍の謎』(田口壮著/幻冬舎新書/2017年3月30日刊)

2017年5月28日 (日)

『アマゾンジャパン「日販バックオーダー発注」停止の真意』

 出版界唯一の専門紙『新文化』5月25日版のトップ記事が『アマゾンジャパン「日販バックオーダー発注」停止の真意』というもの。

 リードにはこう書く。

『さきごろ、アマゾンジャパンが6月末日で、日販バックオーダー発注(日販非在庫商品を出版社から取り寄せる発注のこと)を取りやめると発表した。カートが落ち(在庫が切れ)て売り上げが減少することが懸念される出版社は、アマゾンジャパンとの直接取引を迫られており困惑気味である。日販はすぐに、大変遺憾であるとの見解を発表した』

 日経新聞5月2日付のこの記事に対応した内容なんだが。

201705272252392

 一体、どういうことなのか、解説しよう。

Photo_2

 記事はアマゾンジャパンの村井良二バイスプレジデントと、同社メディア事業本部・事業企画本部の種茂正彦本部長への聞き書きによって構成されている。

種茂 日販には毎週、この銘柄であれば安定した売上げがありますという数十万タイトルのリストを提供し、それに合わせた品揃えを要望してきました。しかし、日販と定めた引当率の目標からは10ポイント以上の開きがあります。売上上位数社の出版社を中心に、スタンダード発注(日販在庫商品を仕入れる発注のこと)の引当率改善とバックオーダー発注のリードタイム短縮にご尽力いただき、一定の効果がありました。いまも感謝しています。売上上位出版社の引当率は高水準です。
 しかし、一方で、中小規模の出版社のスタンダード発注の引当率は改善されず、当社の注文がどんどんバックオーダー発注にまわってしまう。結果、中小規模出版社の売上げの4割が、現在バックオーダー発注からの仕入れに依存してしまっています。つまり、スタンダード発注しても、中小規模出版社の商品はバックオーダー発注でしか仕入れることができない状態です。売上上位出版社であってもロングテール商品は、スタンダード発注をしても、VANステータス11番台(「在庫あり」、その他、22番「重版中」、33番「品切・重版未定」など)であっても、バックオーダー発注にまわされてしまう。
 売上上位出版社の取組みによって全体の引当率は改善されていますが、個別銘柄単位ではスタンダード発注で入荷されない状況です。
     ~
 3月下旬に日販が棚卸をされましたが、そこですぐに引当てられる在庫を一時的に絞ったのではないかと思います。結果、4月2日の週から引当率が急激に下がり、バックオーダー発注の注文が増えました。当然入荷が遅れ、欠品率が上がりました。
     ~
 長い連休や棚卸時にも一定水準の在庫を持ってほしい。売上が毀損したのは当社だけではなく出版社も同じです。スタンダード発注で引当てられないからバックーダー発注に力を入れて「納期を早くしましょう」という態勢になっていますが、当社は日販に在庫をきちんと持ってもらうことを希望してきました。
     ~
 取次各社が在庫情報を機動的に交わしながら在庫をかかえていくのは、難しいことかもしれません。それは当社にとっても困難なことですが、e託販売サービス(直接取引サービスの名称)は2008年から継続しており、ネットやパソコンが苦手な方にも使いやすい受発注業務や、在庫情報更新の環境を提供しております。
     ~
 売上上位50社のうち30社がなんらかの直接取引を開始しています。全国4000社あるといわれる出版社のうち、2000社以上はe託販売サービスの口座をもっています。
     ~
 方法は①取次会社の在庫を増やす、②直接取引の2択だと思います。日頃、出版社はどれくらいの注文がバックオーダー発注に回ってしまっているのかご存じないと思います。そこは客観的な数字を説明会で示していきます。皆さん驚かれています。
     ~
 今回の件が報道された後、SNSで『よくぞ言ってくれた』という書店員さんの書込みも見つけました。取寄せ注文については、書店現場もフラストレーションを抱えているようです。業界全体にバックオーダー問題があるのではないでしょうか。出版流通の新しいあり方を考えるタイミングだと思います』

 種茂氏の発言はおおむねこんなところ。

 要は、現在書店店頭で書籍を注文すると、書店員から「いつ頃入ってくるかは分からないので、入ったところで電話でお伝えします」という返事が返ってくる。実はこれは書店だけで通用するルールで、本来は小売店の店頭で受けた注文に対して、いつ頃その注文品が入荷するのかがはっきりしない商品に関しては受注しないというのが、書店業界以外のデフォルトだ。

 今回のアマゾンジャパンの考え方は、そんな他の業界ではありえない「出版業界の常識」に正面から挑戦する考え方であり、まあ、それだけ強気の発言ができるという、アマゾンジャパンの力の強さの現れであるとも言えるのだろう。

 5月25日のブログでも書いたように、日本の書籍・雑誌の取次という存在は、実は最早撃滅寸前のところまで追い込まれてきており、とにかく早いところ体質改善を行わない限り、崩壊するのも時間の問題となっているのだ。

 日販がアマゾンジャパンに対して「大変遺憾である」という返答をかえしたそうだが、最早そんなことを言っている場合じゃないことを、実は日販自身が感じているはずである。

 どんな形で、日本の出版流通制度が変わっていくのか、かなり要注意ではあります。

2017年5月27日 (土)

『アップル帝国の正体』は見えた。しかし……

 本書が発刊されたのは2013年のことである。

 アップルのカリスマ的指導者にして経営者であったスティーブ・ジョブズが亡くなって既に2年が過ぎて、それでもいまだにアップルは勝ち続けているのだろうか?

『アップルは、もうあのジョブズがいたころのアップルではないのではないか──。  それは、その取材で会う人会う人から痛感させられた普遍的な「共通項」だった』

『ジョブズのいなくなったアップルは、断トツ抜きん出た存在から徐々に、しかし確実に、「普通に良い」企業へと変貌しつつある。
 少しでもコストの安い商品が勝つことが常識だったIT・家電産業において、アップル製品が、高価でも若者が飛びつくような魅力を生みだせた理由は、流行に左右されることのない圧倒的に美しいデザインと、ガラスや金属などが醸す上質な素材感だった。
 そのデザインを実現させるために、アップルはアジアの国々に散らばるメーカーを丹念に調べ上げることを厭わなかった。時にはベンチャー企業や、地方の零細企業まで探し出し、妥協なきハードウェアを作り上げることへの執念を見せつけた。手を組んだメーカーの技術や生産能力、コスト構造も完全に調べ尽くして、コスト管理を徹底した』

 つまりそれは「いまやアップルは普通の企業になった」ということなのだろう。

「今、アップルには、自分のキャリアに箔をつけるために履歴書に『アップル』と書きたいような人がたくさん集まってきているんです」

 というような証言が現地アメリカでも言われているのである。

Photo 『アップル帝国の正体』(後藤直義・森川潤著/文藝春秋社/2013年7月20日刊)

 本書の構成は以下の通り。

プロローグ アップル帝国と日本の交叉点
第1章 アップルの「ものづくり」支配
第2章 家電量販店がひざまずくアップル
第3章 iPodは日本の音楽を殺したのか?
第4章 iPhone「依存症」携帯キャリアの桎梏
第5章 アップルが生んだ家電の共食い
第6章 アップル神話は永遠なのか
エピローグ アップルは日本を映し出す鏡

 アップルが特別な存在だったのはいつ頃のことだったのだろう?

 1976年にスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックのふたりのスティーブによって生まれたアップル・コンピュータ。1985年にジョブズが追放されて1997年に復帰するまでは、マイクロソフトとは異なるOSを提供する、まさしくコンピュータ・メーカーだった。それも、自社工場でそれを製造することを第一義とした。

 それが変わったのが2001年のiPodであり、2007年のiPhoneであり、そしてまさしく正しい意味でのハンドヘルド・コンピュータであるiPadの登場だろう。

 つまりそれ以降のアップルは

『そして、巨大な自社工場を自前で抱えてこそ一流のメーカーなのだ、という固定概念を大胆にも捨てた。本社(だけ)は米国にありながら、世界中から部品を取り寄せて、それをコストの安い中国の巨大な工場群で組み立てた』

 というビジネスモデルを持った企業に変貌したのである。当然、日本の企業だって世界を相手にしなければ戦えない。戦えない以上は、そこにアップルという巨大なエコシステムを持った企業があれば、それとは付き合わざるを得ない。付き合う以上は、そんなグローバル・システムの中での戦いを余儀なくさせられる。そんな戦いを余儀なくされれば、当然そこには優勝劣敗のカンニバリズムが待ち構えているのであって、そこで自らが生き延びる方法を否でも模索し続けなければならなくなるのだ。そこで自ら新しい結論を見出せなければ、その企業は歴史から消えざるを得ないという資本主義の論理が待っているだけだ。

 問題は結構単純なんだ。グローバリズムっていうのは、ごく単純な資本の論理であるにすぎない。

 アップルもiPad、iPhone、iPodを生み出す前は「ちょっとイカしたコンピュータを作る会社」として、一部のマニア受けするメーカーでしかなかった。当時、OSはマイクロソフトがWindowsを提供し始めて、Mac OSも優勝劣敗の中でもがき苦しんでいたのである。現在の(いや「ちょっと前の」か)独り勝ち状態では決してなかった。つまりそんなグローバル経済戦争の中でアップルももがいていたのである。そのアップルがその後、一人勝ち状態になり、それまでお手本としていたソニーなどの日本メーカーを逆に飲み込んでしまってきたのもご存知の通りである。

『アップルの真の強みは、本来は、数字やデータなどの計算式では測ることのできない、市場が想定できないイノベーションの力にあったはずだ。しかし現実には、13年夏にも発表される新製品の投入を待たずして、こうした策が発表されたことが何よりも神通力の喪失を裏付けているのではないだろうか。 「アップルはもはや普通の会社になってしまった」  業界ではこうした声が当たり前のように語られるようになった』

 そのアップルにしてもジョブズ亡き後はこんな様子である。じゃあ、それに対抗して日本のメーカーが再興するのだろうか。

『この帝国(アップル:引用者注)を取材しながら、その支配力の根源にあると感じたものがある。
 それは次々と登場する新しい製造技術からソフトウェアの新潮流まで、貪欲に吸収しつづけることで、世界中をカバーする素晴らしい情報ネットワークを築いていることだ。  これは一つの「インテリジェンス(知性)」と言ってもいいかもしれない。
 その欠落こそが、日本の家電メーカーがめまぐるしく移りゆく家電・IT産業やビジネスのルールチェンジについていけず、凋落の道を辿っている理由ではないか』

 まあ、結局は日本のメーカーはいち早くアップル化現象を経験してきて、その結果を自らの再興に生かすことができないでいる。である以上は、いまや中国や韓国のメーカーに勝つ方法は既にない、ってことになるんだろうか?

『アップル帝国の正体』(後藤直義・森川潤著/文藝春秋社/2013年7月20日刊)

2017年5月26日 (金)

東京いい道、しぶい道

 ああそうか、泉麻人氏って「街歩きブームの先駆者」だったのか、知らなかった。といっても、もともと下落合っていう微妙な場所で生まれ育った泉氏ならではの視点がいろいろ見つけられて面白い。

Photo_2 『東京いい道、しぶい道』(泉麻人著/中公新書ラクレ/2017年4月10日刊)

 取り敢えず、どんな「いい道、しぶい道」があるのか、更にその中で私が辿ったことがある道はどれだけあるのか、目次から拾ってみよう(赤・太字で書いてあるのが、私が辿ったことがある道)。

Ⅰ 城北エリア
1 怪人オブジェの古道…尾久本町通り(前編) 2 尾久三業の仄かな面影…尾久本町通り(後編) 3 鬼子母神裏のクネクネ川道…雑司ヶ谷 弦巻通り 4 お化け煙突が見えた商店街…千住 いろは通り 5 ライオン看板の見える参詣道…西新井 関原通り 6 二又交番脇の裏街道…トキワ荘通り・千川通り 7 23区最北の銀ぶら…志茂銀座 8 キデンキの迷宮へ…柳原千草通り 9 巣鴨に江戸橋あり…江戸橋通り 10 昔のブクロ、ここにあり…池袋トキワ通り

Ⅱ 城東エリア
11 神鹿としめ飾りの里…鹿骨街道 12 影向の松と相撲寺…篠崎街道 13 水神前から浅間前…亀戸中央通り・水神通り 14 四ツ木の灸とハチミツ…渋江商店街 15 スカイツリーの裏町へ…十間橋通り・橘橋通り 16 谷根千境角蛇行散歩…へび道・よみせ通り

Ⅲ 城南エリア
17 シナノキ並ぶ銀座の間道…並木通り 18 高野聖と火の見やぐら…三田聖坂・二本榎通り 19 新幹線から見えるコアな道…西大井 のんき通り 20 黒い温泉街道…蒲田本町通り 21 文士も歩いた馬込の尾根道…仲通り・馬込三本松通り 22 龍子の屋敷から池上梅園へ…池上道(旧池上街道) 23 大森の海苔ノリ街道…三原通り・するがや通り 24 水止舞見物記…するがや通り・羽田道 25 目黒銀座の奥の細道…蛇崩・伊勢脇通り

Ⅳ 城西エリア
26 幻のオリンピックの面影…野沢通り 27 渋谷区の鳥頭地帯…幡ヶ谷 六号通り・不動通り 28 南中野のクネクネ街道…川島通り・玉石垣の道 29 阿佐ヶ谷からバスに乗って…旧早稲田通り(前編) 30 豊島氏の山と練馬アメダス…旧早稲田通り(後編) 31 ウルトラの道を往く(1)…旧東宝ビルド通り・祖師谷通り 32 ウルトラの道を往く(2)…祖師谷通り・千歳通り 33 世田谷線ゆるカフェ参道…松陰神社通り 34 西部のお屋敷町歩き…荻窪 荻外荘通り

Ⅴ 多摩エリア
35 新緑の三鷹ケヤキ道…人見街道(前編) 36 野川べりの水車小屋…人見街道(後編) 37 多摩の隠れ里・小野路へ…鎌倉街道・小野路宿通り(前編) 38 多摩の隠れ里・小野路へ…鎌倉街道・小野路宿通り(後編) 39 ヘー、こんな街道があるのだ…鈴木街道

 全部で39の道が紹介されているわけであるが、その内私が歩いたことのある道が21ある。これが多いのか少ないのかは分からない。が、こうしてみるとさすがに城北エリアや城東エリアは多いのに比べて、城南エリアが少なく、城西エリアはまあまあ、多摩エリアは広すぎて……、というところだろうか。

 城北・城東なんかは元々の「私のエリア」だったのに、まだ歩いたことのない道があるってことはちょっとショックだった。「雑司ヶ谷 弦巻通り」「志茂銀座」「柳原千草通り」「池袋トキワ通り」に「渋江商店街」か。今からでも遅くはない、すぐに歩いてみよう……、ったって、今日からは学生時代の悪友との福島行きだし、帰ってきてすぐはツアー・オブ・ジャパンの最終、東京ステージがある日なんで(人によっては日本ダービーなんでしょうが)行きたくても行けない。となると余計に行きたくなるってもんなんだが、まあこれは仕方がない。順次歩いてみようと思います。

 まあ、でも結構いろいろ歩いているでしょ。まだ未踏の道では、「新幹線から見えるコアな道…西大井 のんき通り」とか、「多摩の隠れ里・小野路へ…鎌倉街道・小野路宿通り」なんかも今すぐにでも歩いてみたい道ではあるなあ。

 まだまだ、東京にもいろいろ歩いてみたい道があるってことを教えてもらった。

 うん、いい本だ。

『東京いい道、しぶい道』(泉麻人著/中公新書ラクレ/2017年4月10日刊)

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