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2018年1月18日 (木)

『日本史の内幕』でNHK「歴史秘話ヒストリア」の秘密が少しわかったぞ

 いやあ、「JR SKI SKI」のCMにつられて、思わずAmazonでポチッしちゃいました、『私をスキーに連れてって』。

 懐かしいなあ。フィルムコンパクトカメラ(バカチョンカメラ」と言ってはいけません)でしょ、ダイアル式の電話機(!)でしょ、全員が持っているわけではないブラウン管方式でフロッピーディスクドライブ付きのパソコンにドットインパクトプリンターでしょ。そうかもう30年も前にの映画だったんだよなあ。そういえばユーミンの『SURF & SNOW』を聴きたくなっちゃったなあ、なんてまたまたAmazonでポチッしそうになって、あれっ? 確か『SURF & SNOW』はCD持ってたはずだよなあ、なあんて昔を懐かしんでいる場合ではないのだ。

「晴撮雨読」なんて構えているのだが、正月からここずっと晴れの日が続いていると、思わず外に飛び出してしまい、本はどんどんたまっていくだけだ。ただし、よくないのは形を伴った本じゃなくて、「たまっていく」って言ったって、それはKindleの中にたまっているだけなので、「積読」しているという概念が弱い。う~ん、いけないなあ。

 ということで、取り敢えず、本の形をしている本から片付けていこう。まあ、この本、Kindle版が出ていないようなので……ってのもあるし。

Photo 『日本史の内幕 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで』(磯田道史著/中公新書/2017年10月25日刊)

 磯田道史氏って言えば、NHK『歴史秘話ヒストリア』でもって、その日本史に関する博識・碩学ぶりには常々感心していたし、明治維新に関する公平な考え方、つまり維新政府=薩長=官軍側にだけ一方的に立ったものの見方ではないことから、会津松平藩・日新館の教師の末裔の私としては、かなり信頼をおいていた人なんだ。で、なおかつ書店で立ち読みしていた際にみつけた一文が気になって買ってしまったんだ。

『会津で戦死、若き親戚を弔う

 会津に行った。仕事である。徳川宗家一八代当主の徳川恒孝氏、会津松平家一四代当主の松平保久氏と「徳川家に息づく会津の魂」という鼎談をすることになって、まだ寒さの残る会津に入った。
 それが終わった翌日、私には行くところがあった。実は幕末期、私の家の親戚が会津戦争で戦死している。私の高祖父は磯田弘道といい、これが当時の当主。その義弟。緒方益太郎というのが会津戦争で死んだ。享年二十二。会津でこの親戚の墓をみつけだし、誰かが行って合掌するのが、我が家の長年の懸案になっている。』

 という一文を読んで、「すわ、この磯田何某は会津の出であったか。なるほど、私の腑に落ちる歴史解説が多いはずだ」なんて早とちりをしてしまったんですね。それだけ読んで、この本を買ってしまった。もうちょっと先まで読んでからにすれば、そんな早とちりをする必要はなかったんだけれどもね。

『緒方家は岡山藩の上士であった。足軽(銃卒)を統率する司令になる家だった。』

『会津では新政府軍を官軍とは呼ばない。官軍墓地は西軍墓地という。『幕末維新全殉難者名鑑』によると、緒方は会津の融通寺口で明治元(1868)年八月二十九日に戦死している。まず融通寺脇の西軍墓地を探した。
 すると、あった。「官軍備州藩」とある墓に六名の岡山藩将兵が合葬されている。風化した墓碑を読むと二人目に「令官 緒方益太郎邦昌」。参る人もなく草に覆われていた。「やっと来ました」と言いながら草をむしった。
 八月二十九日、岡山藩兵は会津若松城の外郭・融通寺口に胸壁を築いていたが、抜刀の斬り込みで有名な会津藩兵・佐川官兵衛の兵団が突撃してきた。先鋒の辰野源左衛門率いる歩兵隊に、岡山藩兵は蹴散らされ緒方はあえなく戦死した。
 その状況はだいたい想像がつく。岡山藩の戦死者は六名中四名が司令以上。他藩にくらべて指揮官の戦死率が以上に高い。岡山隊トップ「監軍」の雀部八郎まで戦死している。岡山藩は軍装が古い。黒づくめの服装の薩摩藩などと違い。上士が陣羽織など、きらびやかな服装で見分けがついた可能性がある。なまじ上士は真っ先に逃げるわけにいかない。逃げ遅れて狙撃されやすかったのではないか。
 とにかく緒方たち岡山藩兵が、心底、会津藩を攻めたかったはずはない。会津藩兵も自国に攻め込まれたので必死で抗戦したにすぎない。二十二歳の若者が、こんなふうに死んで埋められ親戚が合掌しにくるまで一四八年。こんな馬鹿な話はない。昔は日本のなかでもこんな愚かなことをやっていた。』

 と、ここまで読んでいれば早とちりをする必要はなくて、この本を買わなかったかもしれない。しかし、早とちりもたまにはいいもんで、おかげで磯田道史氏の碩学ぶりの謦咳に接することができたわけだ。

 本書は、磯田氏の『武士の家計簿』なんかと違って、この本自体でまとまった内容はない。その代わり、数多くの「モノゴト」についてのいろいろな参考になる文書や事項などが紹介されている。

 内容を目次からひろってみると……

第1章 古文書発掘、遺跡も発掘
第2章 家康の出世街道
第3章 戦国女性の素顔
第4章 この国を支える文化の話
第5章 幕末維新の裏側
第6章 ルーツをたどる
第7章 災害から立ち上がる日本人

 私が早とちりをした「会津で戦死、若き親戚を弔う」は第5章の一部。おお、もしかしたら会津側から見た「薩長同盟・官軍の正体・明治維新の国民に対する裏切り」なんてのが語られると思ったら、必ずしもそうではなかった。

 ただし、「明治維新政府の国民に対する裏切り」については、他の章でも触れられており、まあ、少しは留飲を下げたってところでしょうかね。

 岡山藩ってのも所詮外様大名だったわけで、かといって積極的に薩長に与したわけでもないし、言ってみれば否が応でも官軍に巻き込まれてしまった小藩に過ぎない。そんな小藩のなおかつさほど上級の武士ではなかった人(でも「上士」ではあった)の末裔に過ぎない磯田氏の、結構、公平な見方をする歴史観には、ますます好感を持ったというようなわけである。

 まあ、そんな意味では「早とちり」もたまにはいいのかもしれない。

『日本史の内幕 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで』(磯田道史著/中公新書/2017年10月25日刊)

2018年1月 2日 (火)

『東京スリバチ地形入門』

「スリバチ地形」っていうから、てっきり「四方を坂道に囲まれた」まさしく「スリバチ状」の土地かと思って読んだんだが、さすがにそういう地形は少なくて、そうではない丘と谷で挟まれた地形を「スリバチ地形」と呼ぶそうだ。

『都内を歩きまわるうちに、三方向のみならず四方向を丘で囲まれた、正真正銘のスリバチ地形、クレーターのような窪地がいくつみ存在していることが分かってきたのだ。東京スリバチ学会では、このような四方向を囲まれた窪地を「一級スリバチ」と呼ぶこととし、以後、観察と記録を続けている。これは、自然の河川が作る谷地形(河谷)ではありえない特殊な形状だ。対して、私たちが最初に注目したような三方向を囲まれた窪地を「二級スリバチ」、両端を高い崖に囲まれた谷を「三級スリバチ」と名付け、分類することとした』

 うーむ、なるほどねえ。しかし、残念ながらこうした一級スリバチはそれほどあるわけじゃなくて、新宿区荒木町あたり、港区白金台4丁目、渋谷区初台・幡ヶ谷・笹塚、更に武蔵野台地に点在する「ダイダラ坊の足跡」という不思議な窪地があるらしいが、本書で触れているのはこれらの場所だけで、あとは全て二級・三級スリバチばかりだ。

 まあ、それなら私もよく知っている「スリバチ」なんだなあ。

Photo 『東京スリバチ地形入門』(皆川典久+東京スリバチ学会著/イースト新書Q/2016年3月20日刊)

『東京は大きく「山の手」と「下町」に分けられる。「山の手」とは皇居よりも西側の武蔵野台地に広がるエリアを指し、「下町」とは皇居東側の平野部(低地部)を言う。地形の成り立ちでいえば、関東ローム層が積もってできた洪積台地が「山の手」で、隅田川や荒川の氾濫原であるデルタ地帯の巨大な沖積地が「下町」なのだ』

 というのはよく知っている。特に「文京区本駒込」という、武蔵野台地の東端に住んでみると、どこに出かけるにも坂道を往かなければらなないために、いやでもそうした丘の上と下の町の往還というものに付き合わされるし、武蔵野台地方面を歩いていても、途中で台地の丘を切り裂く川や川の足跡(大半は暗渠になっている)に付き合わされて、いやでもそうした「山の手」と「下町」の存在を意識させられる。

 面白いのは「スリバチの第一法則」「第二法則」というのがあるっていうことなんだ。

『ここで注目してほしいのは、地形の高低差を強調するように建物が建ち並んでいる様子である。すなわち、谷底の先端部では主に木造の低層建物が軒を並べ、斜面地には中層の建物が階段状に連なり、丘の上では高層の建築物が高さを競い合うという都市景観を呈していることだ。土地の起伏を強調するかのように建物が立ち上がり、都市のスカイラインが土地の起伏を増幅している。このような現象は港区や新宿区など、都心部の様々な場所で観察でき、東京スリバチ学会ではこれを「スリバチの第一法則」と呼んでいる。

 また住宅地でも、丘の上に中高層の「集合住宅」が建ち並び、低地では、低層の「住宅が集合」している場面をしばしば見かける。
 この現象も、「スリバチの第一法則」の延長線上にあり、地形に呼応した都市の成り立ちを想わせる光景と言えるだろう』

 もうひとつは

『道は比高10mほどの断崖で行き止まりとなり、丘の上の大規模公共建築が、麓の低層高密度の住宅を見下ろしているかのようである。
 この事例から分かることは、台地と低地は断崖で隔てられ、丘の上の町と谷の町は連続していないということだ。関東ローム層が作り出した断崖という地形的特色は、2つの世界が無関係に隣り合うような、独特な町の構成を生む要因になっているのだ。地形の断崖がそのまま町の境界となり、町が不連続となる様相を、我々は「スリバチの第二法則」と呼んでいる。谷から丘へ登る道はごく限られているので、スリバチ探索中に谷間の迷宮に嵌り込み、出られなくなることを「スリバチに嵌る」とも言う』

 では、そんな丘の上の町と谷の町の関係性って、もともと何だったんだろう? つまり、それは江戸の町づくりの延長戦にあるというのだ。

『身分・階級による棲み分けが行われていた封建制度の江戸時代、山の手台地(洪積台地」は武士の生活空間(武家地)で、下町(沖積平野)は商人や職人の住む生活空間(町人地)であった。
 山の手台地に割り当てられたのは、主に大名屋敷や武家屋敷。大名屋敷の中には、谷地を取り込んで庭園の一部に活用したものもあった。幕藩体制が崩壊し明治の世になると、その跡地は近代国家の首都・東京に必要な都市機能を盛り込むための、格好の器となった。政府関係の機関や各国の大使館、そして学校や病院など大規模な施設が、広大な敷地に、再開発ではなく「置換」という形で次々と建設され、新時代への対応が円滑に成し遂げられた』

『山の手の台地に刻まれた谷地や窪地は、その多くが沼沢地あるいは湿地であったため、江戸初期では主に水田に利用されていた。その後、都市の発展、特に「明暦の大火(1657年)」以降の江戸の拡大に伴い、谷地や窪地は組屋敷(下級武士の屋敷)などに利用されていった。河川に沿った農耕地がスプロール化(無秩序な拡大)して町人地になった場所もあった』

『台地上では大きな面積の区画割に応じて、時を経るにしたがい建物が高層化されていき、一方、谷地では、小区画のまま小規模建物が建て替えられていくという対照的な現象(スリバチの第一法則)は、都市の発展の「方向性」を示しているとも言える』

 という東京の地形を頭に入れて東京探索をするのもよい、あるいはまた、本書に収められた34以上の地点を、改めて確認するための旅に出るのもよい。

 更にいってしまえば、こうした「スリバチ学会」の活動はタモリと山野勝氏が作っている日本坂道学会とリニアにつながるわけで、その二つの学会の報告を見比べながら現地探索に赴くという、楽しみ方もあるわけだ。

 私は坂道は「下り」は好きだが「上り」は、自転車、歩行ともに嫌いである。がしかし、住んでいるところが住んでいるところなので、坂道とは嫌でも付き合わなければならない以上は、坂道とお付き合いしながら、そろりそろりと参ろうじゃないかってなもんで、毎日歩いている。

 結構、楽しいです。これが……。

 いやあ、坂道も……、なかなか粋なもんですねえ。

『東京スリバチ地形入門』(皆川典久+東京スリバチ学会著/イースト新書Q/2016年3月20日刊)

2017年12月28日 (木)

『首都圏格差』って…、もうちょっと食傷気味

 多分、『東京は世界1バブル化する!』(浅井隆+DKTリアルエステート著/第二海援隊/2014年8月12日刊)という本に、私が今住んでいるマンションの写真が掲載されているというので、買って読んだのがきっかけなのかもしれない。その後、自分の家がある文京区ってどんな感じなんだろうかという興味から、東京のいろいろな場所の地価動向・地価格差についての本はかなり読んだんだが、もうすでに食傷気味になっている。

 で、そのついでに『首都圏格差』なんだが、もうちょっとこのテの本には飽きた、多分、この本がその最後になるだろう。しばらくは、地価などに関する本については触れないでいこう。

Photo 『首都圏格差 1都3県・主要都市の本当の実力』(首都圏生活研究会著/メディアソフト/2017年8月15日刊)

 まあ、首都圏全体を総記している第1章については特別なことはない。「人口格差」「教育格差」「治安格差」所得格差」「健康・医療格差」などについて、首都圏の各都県及び自治体について書いてあるんだが、まあ、予想通りっていうか、「まあ、そうだよな」ってなことが書いてあるので、ここでは第2章以下の地区ごとに分かれた部分を紹介してみよう。

第2章:東京(山手線圏外)
 「住みたい街」として評判な街の本当の姿 吉祥寺
 タワーマンションが林立する再開発地 豊洲
 プチセレブが闊歩する新興高級住宅地 二子玉川
 人口爆発に悩む「オタクの聖地」 中野
 どっしり落ち着いた住宅地 荻窪
 米軍から勝ち取った土地を利用して発展! 立川
 大型施設の出店ラッシュで絶好調だけど…… 八王子
 ちょっとコワいイメージは払拭できない!? 町田
 抜群の都心アクセスと超充実の商店街 赤羽
 東西駅前の大開発が見せた底力 北千住
 変貌を遂げ注目度上昇中の下町 蒲田

第3章:神奈川
 巨大都市の間で時代とともに変化する街 川崎
 タワーマンション乱立の憧れの街 武蔵小杉
 丘陵を境界線とした「超」が付くほどの格差地域 横浜・山手
 終の棲家の青葉区と一過性の都筑区
 横浜・北部 たまプラーザ・あざみ野・青葉台
 一大ベッドタウンを有する港南区と昔ながらの南区
 横浜・南部 上大岡・港南台
 何もなかった田園地帯が平成になって大変貌! 海老名
 都心へのアクセス抜群の巨大ベッドタウン都市 相模原
 住みたい街にも支持される超人気観光地 鎌倉
 積極的に街づくりを進める湘南の拠点 藤沢

第4章:千葉
 暮らしやすさの面で完成度が高い街 船橋
 「デイズニーリゾートの城下町」の異名を持つ 浦安
 緑地を保全する新しい21世紀型のベッドタウン 流山
 東京に隣接している隣町感覚の下町が発展 松戸
 人口が安定して増え続けるニューファミリー向け都市 柏
 市川駅・本八幡駅の再開発で元気に! 市川
 文教都市として評価されファミリー層の人口増加 習志野
 千葉ニュータウン中央駅に集約される町 印西
 国際空港を擁し、経済・産業構造が大発展 成田
 昔ながらの街並みから最先端のベイシティまで 千葉
 バブル崩壊で低迷もアクアライン効果で復活 木更津

第5章:埼玉
 浦和の街はブランド小学校と高級住宅地でもつ!? 浦和
 関東圏で最上級に路線充実する大宮駅のお膝元 大宮
 浦和と大宮の真ん中という意味では「中央」だけど!? さいたま 中央区周辺
 一級の観光地ながら生活の利便性も備えた街 川越
 東京の大ベッドタウンにして西武の拠点 所沢
 何でも揃う巨大モールから激安店まで! 越谷
 ブルーカラーの街から小綺麗なファミリーの街に 川口
 利便性が広く浸透していない東武の穴場 草加
 ファミリーが注目するエリア 上尾
 ベッドタウンというより地方都市然とした人気アニメの聖地 春日部
 車があれば日常生活は快適! 熊谷

 うーん、なんかなあ、このサブタイトルを見ただけで、ほとんどどんなことが書いてあるのかが分かってしまうっていう、っていうのがスゴいでしょ。

 まあ、それだけこれまで出版されたいろいろな街を取り上げた「地域本」「地域格差本」「沿線格差本」などがあるっていうことなんだよな。そのかなりの数を読んできてしまうと、なんか既に何が書いてあるかが事前に分かってしまって、新たに「よーし、この本を読み倒してしまおう」っていう気分にならないんだよなあ。

 なので、今回は本書を紹介しただけで、特に内容には触れない。というか、これまで私が紹介してきた「地域本」を読んでれば、この目次を見ただけで既に何が書いてあるかが分かってしまうのである。

 なんか、面白くないなあ。

 まあ、それだけのこと。

『首都圏格差 1都3県・主要都市の本当の実力』(首都圏生活研究会著/メディアソフト/2017年8月15日刊)

2017年12月20日 (水)

『江戸前 通の歳時記』う~ん、イキなもんですねえ。

 意外なところに池波正太郎氏の秘密を解くカギがあったのだった。

 まあ、結局は食べ物にまつわる話なんですけれどもね。

Photo 『江戸前 通の歳時記』(池波正太郎著/集英社e文庫/2017年5月31日電子版刊・3月25日底本刊)

『私は、ためておいた小遣いで〔東京市区分地図〕というのを本屋から買って来た。たぶん、五十銭ほどだったろう。一円はしなかったとおぼえている。
 余談になるが、この地図を買ってから、私の大きなたのしみが増えた。東京という都会が、これほどに大きく、変化に富んでいるものとは知らなかったので、小遣いをためては市電に乗って、たとえば麴町のあたりから皇居周辺を歩きまわるとか、九段の靖国神社へ行くとか、神田の本屋街へ出かけるとか……それが映画見物と共に、何よりのたのしみになった。

いまだにおぼえているのは、この地図を買ってから先ず第一に出かけたのは、芝・高輪の泉岳寺だった。
 いうまでもなく、この寺には赤穂浪士四十七名の墓がある。それを見たいとおもったのは、芝居や映画などで観た〔忠臣蔵〕が頭にしみこんでいたからだろう。当時の市電は東京市中のどこへでも乗り換えて七銭で行けたわけだが、それにしても泉岳寺へ行ったときは、私にとって大旅行だった。
 それから、また、堀部安兵衛が十八番斬りをやったという〔高田の馬場〕へ出かけたが、そこの陸軍の射撃場にびっくりしただけで、むかしの高田の馬場が何処にあったのか、さっぱりわからぬままに帰って来た。江戸時代の馬場跡をたしかめたのは、つい、十五年ほど前に、堀部安兵衛の一生を小説に書いたときである。

 さて……』

 という書き出しで、深川から永代橋の手前を北へ曲がり、ってことは赤穂浪士休息の地である「ちくま味噌」の前を通り、仙台掘りをこえ、小名木川へかかる高橋をわたって本所へ出るわけだが……、そこからなんともなく……

『その高橋をわたった右側に、何やら芝居の舞台に出て来るような瓦屋根の、表構えの店があるのに気づいた。
 見ると、これが〔どぜう屋〕である。
 店の名は〔伊せ喜〕で、夏などは入れ込みに押しつめた人びとが汗をかきかき、泥鰌鍋をつついている。
(ははあ、ここにもどぜう屋があるな……)
 と、おもった』

 という具合に、なんとなく自然に小説世界の方へ入っていく。なにやら、読んでいる自分がその小説世界の中にいるような気分にさせるのが、池波正太郎マジックとでもいうようなものだ。

 最後に、池波氏らしい「鮨」に関する記述を二つばかり引用。

『鮨屋へ行ったときは シャリだなんて言わないで、 普通に 「ゴハン」と言えば いいんですよ。

 飯のことをシャリとか、箸のことをオテモトとか、醬油のことをムラサキとか、あるいはお茶のことをアガリとか、そういうことを言われたら、昔の本当の鮨屋だったらいやな顔をしたものです。それは鮨屋仲間の隠語なんだからね。お客が使うことはない。

一度、好物の鮨をつまむことだけでも、人間というものは苦しみを乗り切って行けるものなのだ。
 つきつめて行くと、人間の〔幸福〕とは、このようなものでしかないのである』

 う~ん、いちいち言う言葉が身にしみるんだよなあ。

 それ以外の食べものに関する言葉としてはこんなのもある。

『そばを食べるときに、 食べにくかったら、まず 真ん中から取っていけば いい。そうすればうまく どんどん取れるんだよ。

 てんぷら屋に行くときは 腹をすかして行って、親の 敵にでも会ったように 揚げるそばからかぶりつく ようにして食べていかなきゃ。

 肉とねぎ以外は、ぼくは入れない。というのは、しらたきなんか入れると水が出ちゃうから狂っちゃうんだよ、割下の加減が。豆腐だって相当水が出るし、それはねぎだって水分があるわけだが、まあ、ねぎだったら合うから。ねぎは斜めに切らないでブツ切りにする、いいねぎだったら。そして鍋の中に縦に並べるわけよ。そうすると、ねぎというのは巻いてるから、その隙間から熱が上がってきて、やわらかくなるしね。だから、ねぎはあんまり長く切らないわけだ。立てて並べやすいようにね。横に寝かせたらなかなか火が通らないよ、ねぎというのは。

うすい肉を薄切りにして、こういうふうにやるのがまあ、一番ぜいたくなすきやきじゃないかな。』

 最後はビールの飲み方です。

『コップに三分の一くらい注いで、 それを飲みほしては入れ、 飲みほしては入れして飲むのが ビールの本当のうまい 飲み方なんですよ。』

 まあ、粋なもんですねえ(©木村伊兵衛)。

Dsc_00752 NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Senzoku Taito ©tsunoken

『江戸前 通の歳時記』(池波正太郎著/集英社e文庫/2017年5月31日電子版刊・3月25日底本刊)

2017年12月 9日 (土)

『マンションは学区で選びなさい』という提言はまったくその通りなんだけれども

 まあ、このテの「マンションはこの地域を買いなさい」「(首都圏の)こんな場所のマンションは買ってはいけない」的な本はこれまでもいくらでも出版されていた。

 で、その種の本の新手が『マンションは学区で選びなさい』ってわけ。つまり、マンションを買うときは、『公立小学校、中学校の中でも「優良」と思われている学校の学区から選びなさい』っていうこと。まあ、私立の小中学校や私立高校なら別に住んでる場所は関係ないわけで、まあ、せいぜい「学校に通いやすいかどうか」っていうレベルなんだけれども、公立小中学校だと「学区」っていう問題があるんだなあ。

 ただし、じゃあそれで選ばれた場所っていうのが、実は私立高校にも通うのが便利なところだったっていうのが、まあ、皮肉なんだけれどもね。

Photo_2『マンションは学区で選びなさい』(沖有人著/小学館eBooks/2017年10月6日電子版刊・2017年10月3日紙版刊)

『短大・大学卒業者が住民の35%を超えるのは、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・京都府・兵庫県・奈良県・広島県の8都府県のみ』

『札幌市・仙台市・名古屋市・広島市・福岡市はその中心地ほど学歴が高い。東京から福岡を結ぶ線の近隣は高くなっており、都内でも都心寄りのほうが高くなりがちである』

『千代田・中央・港の都心3区に加えて、東京大学がある文京区、都下(東京都のうち、23区を除いた市町村のこと)で最も教育熱心な武蔵野市がトップ5を形成する。
 都内の受験進学率上位3区(千代田区・中央区・文京区)においては44%台であることから、この2倍に当たるおよそ9割が受験していてもおかしくないことになる。そのくらい現代における中学受験の割合は増えている』

 で、その中学受験に関していうと……

『難関中学校でも、少子化によって同学年のライバル数が減少し、入学しやすくなってきている。これは受験中学校の受け入れ人数が過去30年の間、約1・5万人と変わらなかったことから、小学校の卒業者数が減るほど受験進学率が上がっているという逆相関関係が成り立つためだ。受験中学校の学校数や受け入れ人数は大きく変わっていないので、入学できる門は開かれてきており、それならば中学受験をして進学をさせようと考えるのも無理はない』

 ということは、中学受験のためには小学校だということになるわけで……

『不動産のセールストークで「○○小学校学区内」と謳うのは実際に効果的なのである。捨て看板に限らず、チラシでもインターネット上の広告でもこの学区情報は真っ先に使われることが多い』

『小学校受験が狭き門でその後の進学がままならない状況と、前述した通り、高校受験組は最終学歴である大学受験にとって厳しい状況がある。これらを勘案すると、中学受験に適した公立小学校を選び、中高一貫教育を受けて大学受験するという選択肢が最もバランスの取れた選択肢と考えることもできる』

 という流れになるんだなあ。

『人気公立小学校には2つの典型的なパターンが存在する。  1つは昔からの由緒正しい高級住宅街に所在するケースである。

 もう1つは、先に述べたつくば市のような事例である。

 以前から住んでいる旧住民がほとんどいないところに、新しい街が都市計画されて出現するケースである。例として、東京都の豊洲・光が丘、千葉県の海浜幕張・新浦安、神奈川県横浜のみなとみらいや港北ニュータウンなどが挙げられる』

 で、一つの例の『昔からの由緒正しい高級住宅街に所在するケース』で言うと。

『街が高齢化して定年世代が増えてくると、学区別世帯年収も子育て世代の教育水準を正確に表さなくなることがある。
 文京区の例がわかりやすい。文京区では必ずしも学区年収の高い小学校が人気校とは限らない。実際に学区年収だけで見ると、人気公立小学校とされている「3S1K(誠之小、千駄木小、昭和小、窪町小)」はランクインしていない。これは、高級住宅地の居住者が定年を迎え、収入が減っていることが要因として考えられる。
 文京区では学区を優先しながらも、学校選択制を導入し、抽選での受け入れをしている』

『中学校別に見ると、前頁図版22のA列(人気度)の1位は第六中で、この学区と誠之小の学区がほぼ同じことから、その人気のほどがうかがえる』

『1位は第六中、2位文林中、3位音羽中になる。2位の文林中は1学年1クラスで人気度が最下位なことから参考にならないが、3位の音羽中は人気度が2位で受験進学割合も3位なので、人気の公立中と考えていいだろう』

 なるほどなあ、文京区で小学校って言えば「3S1K」だとばっかり思っていたんだが、どうも最近はその傾向も少しづつ変わっては来ているんだなあ。

『文京区は「3S1K(誠之小、千駄木小、昭和小、窪町小)」が名門校だが、そのエリアは、敷地面積が大きく、世帯数が少ないのと、リタイアしている世帯が多いために年収では上位に顔を出していない』

 ということのようですね。

 自宅購入で含み益を出すには7つの法則があるそうだ。

『【法則1】買うのに適したタイミングがある
【法則2】単価の高いエリアは底堅い
【法則3】駅からのアクセスはいいに限る
【法則4】大規模マンションは得をする
【法則5】タワーはランドマーク性に価値がある
【法則6】面積は小さいほど損をする
【法則7】適正価格以下で買う』

 って言うんだが……う~ん、まあ当たり前と言えば、当たり前のことなんだが、なかなかその辺の見極めがね……。

 まあ、でも取り敢えず「公立小学校の学区で選ぶ」っていうのは正解だとは思います。

『マンションは学区で選びなさい』(沖有人著/小学館eBooks/2017年10月6日電子版刊・2017年10月3日紙版刊)

2017年11月 1日 (水)

『通りすがりのあなた』の古くて新しさって

 昨日、無事手術は終わり、現在はICUで回復へ向けてリハビリ中。なのでこのブログは小人さんたちが、エッサカ・ヤッサカ上げてます。

 まあ、2~3日くらいで一般病棟に帰って、再びブログも再開できそうです……、ってなればいいな。

Photo_2 『通りすがりのあなた』(はあちゅう著/講談社/2017年10月1日刊)

 目次から本書の構成を見る。

「世界が終わる前に」
「妖精がいた夜」
「あなたの国のわたし」
「六本木のネバーランド」
「友達なんかじゃない」
「サンディエゴの38度線」
「世界一周鬼ごっこ」

 という、すべては男と女の関係に話は発するのだが、別に結婚話ではなくて恋愛話でもなくて、まあそれは「男と女」じゃなくても、あってもよさそうな話なんだが、でもやぱり「男と女」じゃないと成立しそうもない微妙な線の話ばっかりだ。まあ、女性作家っていうと、そのほとんどが「男と女の恋愛感情」にかかわる話ばっかりが求められるところから、そんな話を拒絶したいっていう、はあちゅうさんの思いのようなものが感じられる。

 はあちゅうさんは、慶応大学の学生時代に友人と書いていたブログが書籍化されて、まあそれはそれで「文壇デビュー」なんだけれども、まあ、ブログ本くらいじゃあ認められない文壇なので、はあちゅうさんとしてはなんとしてでも「文学誌」に書いて、その結果として書籍を出版し自分も「作家」として認めてほしいという願望が強かったんだろうか。

『この本では「名前の付けられない人間関係」を扱っています。日本は曖昧なものの美しさを愛でる国でありながら、人間関係だけは明確な名前が付いていて、その人間関係における一般的なルールからはみ出した人や「らしくない」振る舞いをした人を社会全体で叩く風潮があるように感じています。でも、人間ははみ出すものだし「らしくない」ことをするものだと思うのです。人の数だけ人間関係があっていいし、その関係性の数だけ、それぞれのルールがあっていい。誰かのルールにあてはまらない人間関係があっていいし、それをお互いに許容する社会であればいい。そんなことを最近思っています。友達でないけれど恋人とは言い難い人、、普段生きている場所は違っても心の支えになっている人、一度しか会っていなくても人生に大きなインパクトを残してくれた人……。呼び方のわからない人間関係を多く持てば持つほど、人生は彩り豊かなものになっていくように思います。この本は、曖昧なものを、曖昧なまま残しておくのもいいんじゃないかという私なりの提案です』

 っていうのが本書の最後「エンドロールのようなもの」における作者はあちゅうさん自身による『通りすがりのあなた』改題なんだが、ああ、そうかそれを引用しちゃうと、本書をまだ読んでいない人にはネタバレになってしまうなあ。いかん、いかん。

 つまりそういう小説なんだ。別に恋愛関係があるわけでもないし、男と女としての肉体的接触があるわけでもないし、人間関係においてストーリーの始めと終わりで特に大きな変化がないというストーリーなのだ。う~ん、それで小説として成り立つのか……、っていえば、別に成り立つわけなのですね。

「そういう関係も人間関係なんだ」って言っちゃえば、それはそれ。まあ、実を言うとそういう「何の変化もない普通の人間関係」が人と人との関係論の中で一番多い関係なんだ。でも、普通それを小説に書いちゃうと「ストーリーがない」と言って批判をされるんで、それを皆避けているというのが実際ではある。

 じゃあ、この小説が今までなかった全く新しい小説ジャンルなのかといえば……、実はそうでもないんだよなあ。つまり、日本には「随筆文学」という考え方があって、それはまああまりストーリーに起伏がないことが良いとされているジャンルの文学なんですね。

 そういう意味でいえば、このはあちゅうさんの「小説」は、新しくて古い文学なんだってことは言えるのであります。

 じゃあ、そこで描かれた世界についてお前はどう考えるんだ? って言われちゃうと、「まあ、そんなこともあるんじゃないの?」っていう、これまたいい加減な返事しか返せないのが、ちょっと情けない。

『通りすがりのあなた』(はあちゅう著/講談社/2017年10月1日刊)

2017_10_30_2

 いい天気なのはわかるんだけれども、建物の中にしかいないので、寒いのか暖かいのかが全く分からない、ってのがちょっと残念ですね。

2017年10月31日 (火)

『縮小ニッポンの衝撃』のなるほどなあ

 今年6月27日のブログ『未来の年表』で描かれている世界がマクロ的に「縮小ニッポン」をとらえたのに対し、同じ講談社現代新書の『縮小ニッポンの衝撃』は、まさしくNHKドキュメンタリーですね、見事なミクロ的視点からの証言集だ。

Photo 『縮小ニッポンの衝撃』(NHKスペシャル取材班〈大鐘良一・森田智子・花井利彦・田淵奈央・鈴木冬悠人・清水瑶平・植松由登/プロデューサー:天川恵美子・大鐘良一・高倉基也・小野寺広倫〉/講談社現代新書/2017年8月1日刊) 

 内容(章立て)は以下の通り:

プロローグ
第1章 東京を蝕む一極集中の未来 23区なのに消滅の危機(東京都・文京区)
第2章 破綻の街の撤退戦① 財政破綻した自治体の過酷なリストラ(北海道・夕張市)
第3章 破綻の街の撤退戦② 全国最年少市長が迫られた「究極の選択」(北海道・夕張市)
第4章 当たり前の公共サービスが受けられない! 住民自治組織に委ねられた「地域の未来」(島根県・雲南市)
第5章 地域社会崩壊集落が消えていく「農村撤退」という選択(島根県・益田市、京都府・京丹後市)
エピローグ 東京郊外で始まった「死の一極集中」(神奈川県・横須賀市)

 2006年に財政破綻に直面した北海道夕張市がある。夕張国際ファンタスティック映画祭なんかで有名な市なんだが、結局は炭鉱閉山の後の処理がちゃんとできていなかったための財政破綻なんだが、NHKの番組もそこからスタートしたのだった。

『「もしかしたら夕張の姿は、数十年の日本の未来図かもしれない……」
 NHK札幌放送局では、財政破綻当時から夕張市を継続的に取材してきた。破綻から10年を経たいま、行政や住民はどんな現実に直面し、格闘しているのか。今だからこそ顕在化してきた課題を徹底取材すれば、きっと夕張の特殊事情にとどまらず、日本全体へのヒントとなるはずだ。こう考え『NHKスペシャル 縮小ニッポンの衝撃』の企画はスタートした』

 というのがそもそものNHKの番組取材のきっかけだった。

 ところがその取材の過程でとんでもない情報が飛び込んでくる。

『日本有数のターミナル・池袋駅を有し、およそ29万人を抱える豊島区。人口は2000年以降、順調に増え続けている。ところが、3年前、民間の研究機関「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)から驚きの発表が出された。「消滅可能性都市」のリストの中に、豊島区の名前が挙げられたのだ。まったく予想もしていなかった「消滅」の2文字に、区は大きなショックを受けた』

 その一番大きな要素は『豊島区は、25年以上にわたりほぼ毎年、「自然減」の状態が続いていたのである。他の自治体からの流入がなければ、とうの昔に人口減少が始まっていたのだ』。そしてさらに門田なのが『豊島区外から新たに転入してきた人の平均年収だ。その中の「20代の単身者」の欄に目を移すと、241万円とあった。2015年時点で、従来から区内に住み続けてきた同世代と比較すると、40万円以上も低いことが分かったのである』。

 そんな低年収の若者たちは当然ながら税負担の能力は低いし、多分非正規雇用の若者たちが多いだろう。で、当然そういう人たちが伴侶を見つけて結婚する可能性は低いし、ということは子供を作る可能性も低い。で、将来的には消滅可能都市になるっていう論法なのである。うーむ、それは確かにありそうな話だなあ。

 1920年に国勢調査を開始以来100年近い間増加を続けてきた日本の人口なんだが、2016年に発表された国勢調査(2015年)によると総人口は1億2709万人と、5年前の調査に比べて初めて減少に転じた年として、90万2667人の減少が確認されている。以降は、日本の総人口は(よほどの海外からの移住を受け入れない限り)順次減少していき、『未来の年表』によれば2053年には日本の人口は9,924人と一億人を切るそうだ。

 結局、我々はこれから先どうしたって縮小する日本と日本民族の前に立ち会わなければならない以上は、もはや覚悟を決めてかかるしかないのだろう。

『東京オリンピックから5年後にあたる2025年は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる年である。この年以降、日本は5人に1人が75歳以上という超高齢社会に突入する。ニポンを支えてきた団塊の世代が医療や介護を受ける側にまわれるようになれば、消費は著しく減退するとともに、社会福祉費が増大し、国家財政が破綻の危機に瀕する。東京オリンピックは、縮小ニッポンがもたらす歪みが噴出し始める分水嶺となる。祝祭の先で私たちを待ち受けているのは、奈落の底へとつながる絶壁なのかもしれない。
 そうした厳しい状況の中で、私たちにできることは何か。それは、国も自治体も、そして私たち国民も、この過酷な現実をしっかり直視し、問題を先送りしないことしかない。その上で、これまで当たり前に思っていた行政サービスを諦めたり、自分たちの暮らす地域を縮めていくなど、一人ひとりが痛みを分かち合いながら、「撤退戦」に身を投じなければならないだろう。そこには地方と東京の差はない。私たちは、次の世代にこの日本をつないでいく責任を負う者として、縮小ニッポンの未来図と向き合う覚悟があるのか、今まさに問われているのである』

 撤退戦として戦うのか、あるいはいろいろな宗教的問題やら民族的問題を抱え込みながら海外からの移住を受け入れるのか、まあ、選択肢は二つに一つなんだから、問題の捉えかたは比較的単純だ。

 さあ、どうなんでしょうかね。

『縮小ニッポンの衝撃』(NHKスペシャル取材班〈大鐘良一・森田智子・花井利彦・田淵奈央・鈴木冬悠人・清水瑶平・植松由登/プロデューサー:天川恵美子・大鐘良一・高倉基也・小野寺広倫〉/講談社現代新書/2017年8月1日刊)

 本日、心臓手術を受けます。ICUに入ったりするんで、暫くはブログの更新はストップすると思いますが、いずれまた再開する際はTwitterやFaceBookでお知らせしますので、暫くお待ちください。

 では、行ってまいります……、なんちゃって、明日は更新しますので、ヨロシクね!

 

2017年10月15日 (日)

『ドナルド・トランプはなぜ大統領になれたのか?』っていう理由はわかっているんだが、でもそれが問題なんだなあ

 西森マリーさんていう人は、よくある外国人と日本人のハーフでバイリンガル、それを利用したタレントという位の認識しかなかったのだが、いつの間にかジャーナリストとして結構キチンとした仕事もやっていたんだなあ。

『今回の選挙は、都会の消費者(多文化尊重、学歴重視のホワイトカラー)と、田舎や工業地帯の生産者(額に汗して働くことを美徳としている信心深く愛国的な人々)の戦いでもありました。グローバル経済で消費者は得をして豊かになり、生産者は被害を被って生活が苦しくなったので、この大統領選はまさしく階級闘争だったのです。
 ただ、階級闘争戦略を用いて勝ったのは、階級闘争をお家芸とする民主党のヒラリーではなく、共和党のトランプだったわけです』

『私は2000年はゴア、2004年はケリー、2008年はヒラリーを応援していた極左環境保護派ではありますが、テキサスに住んでいるため隣人は皆、保守的なクリスチャン。ボランティア先のアニマル・シェルターでもふれ合う人のほとんどが保守派で、知り合いのほぼ全員が銃を持っている、という超保守的な環境にどっぷり浸かっています。
 今回の大統領選本選で、私の周辺の人々は皆トランプを積極的に応援していました』

 まあ、『2000年はゴア、2004年はケリー、2008年はヒラリー』が『極左』ってところにはちょっと引っかかってしまうが、要は2016年のアメリカ大統領選は「都会の民主派と田舎の保守派」の争いで、結局「田舎の保守派」が勝ったっていうことなんだな。それはいいけれど、その結果はどうなったんだろう。

 まあ、後出しジャンケンと言えばいえるんだけれども、実はそれは大統領選以前から分かっていたことでもあるんだ。

Photo 『ドナルド・トランプはなぜ大統領になれたのか? アメリカを蝕むリベラル・エリートの真実』(西森マリー著/星海社新書/2017年2月24日刊)

 ところでアメリカ人のパスポート所持率って知っていますか? これがなんと30%なんだそうだ。要は、国民の70%は海外に対して「行く気もないし、興味もない」っていう人たち。まあ、これについては日本人だって23%しかパスポートを持っていないんだから、あまり偉そうなことは言えないんだけれども、まあ、太平洋を挟んで両側の国の国民は海外への興味を持っていないってことなんだなあ。

 それは何故か? まずアメリカ人ってたかだかプロ野球のアメリカ選手権を「ワールドシリーズ」って名付けちゃうほど、「アメリカ=ワールド」だと思っている人が多い国民なのだ。更に言ってしまうと、それは「世界はアメリカとそうじゃない国」しかないと思っている人たちが多い。もっと言ってしまうと「世界中の人たちは英語(米語)を話していて、それ以外の言語はない」と思っている人たちがほとんどだってこと。つまり「世界一の田舎者」がアメリカ人の実像だってことなんだ。「アメリカ以外の世界のことを知ろうとしないアメリカ人」がものすごく多い国がアメリカなんだな。って、実際ヨーロッパから追い出されたように新天地を求めてアメリカ大陸にやってきて、アメリカ合衆国という新たな国を作った人たちの末裔が、何故、このように内向きになってしまったのか。まあ、それが一番不思議って言えば不思議なんだが。

『民主党派の人々は「そもそも金持ちは、何か悪いことをして小市民から搾取して金持ちになったに違いない」と信じています。ですから、金持ちには思い切り資産税をかけてやろうと思うわけです。
 一方、共和党派の人々は、「誰でも努力して一生懸命働き、絶好のチャンスに巡り会えれば金持ちになれる」と立身出世のアメリカン・ドリームを信じています。ゆえに、「もし自分が金持ちになったときには、せっかくがんばって働いて貯めた資産を子どもに残してあげたい」と思っているので、資産税に反対しているのです。
 富を憎む民主党がトランプを憎み、「富は勤労の成果・努力に対する褒美」と解釈している共和党派(特に福音派キリスト教徒)が大富豪のトランプを受け入れた、ということもいえるでしょう』

 というんだけれども、だとしたらそんな共和党派の人たちって、もはや「フロンティア」がなくなってしまい、それは「アメリカン・ドリーム」の終焉だってことに気付いていないのかもしれない。いつまでたっても「フロンティア」があるわけではなく、それは西海岸にまで開発の手が及んで以来消滅したんだが、それが同時に「アメリカン・ドリーム」の終焉だったということに気付いていない人たちがいるっていうことに気付かされたのが、実はドナルド・トランプの勝利だったのだ。

 既に「アメリカはもはや世界の警察ではない」とオバマが言ってから、「世界に冠たるアメリカ」なんてものは誰も信じなくなっている。勿論、それはアメリカ人自身がそれを自覚しているはずなんだけれども……。

 問題は、こうした「よその国に興味を持っていない」国民は戦争に走りやすいってことなんだ。外国のことをより知っていれば、そうした国と戦争を起こせば自分の国がどうなるかってことに考えが及ぶんだけれども、そうでない人々は簡単に「あの国はけしからん、つぶせ」ってなっちゃうんだなあ。まあ、日本にも「嫌韓」だとか「嫌中」だとかって、訳の分かっていない人はたくさんいるけどね。

『民主党派はアメリカは世界の中の一つの国にすぎず、アメリカ人は世界市民の一員で、アメリカ政府はアメリカ国民に対しても世界の国々の人々に対しても、金持ちに重税を掛けて富の再配分を行う義務があると思っています。
 共和党派、およびブルーカラーの民主党派は、アメリカは世界一ずばらしい自由な国で、均等に与えられた機会をうまく利用できれば大成功を収められると信じています。
 そして彼らは、世界一の偉大な国としてのアメリカの地位を守るためには、強い軍隊が必要だと思っています。
 彼らは戦争が好きなわけではありません。
 単に世界最強の軍隊を持っていたいだけなのです。
 圧倒的な軍事力があれば、他の国やテロリストたちは米軍から攻撃・報復されることを恐れて、はなっから戦争やテロなどを起こしはしないだろうということです。
 オオカミは自分が負けることが分かっているのでライオンにたてついたりしない、というのと同じです』

 まあ、ここにきてもやはりアメリカ人の夜郎自大な考え方が見えていますね。「Great America Again」とか「America First」とかのトランプ氏が言っている夜郎自大な言い方は、もはや世界のどこの国の首脳も口にしなくなっている(まあ、お隣の国の労働党委員長は別ですけれどもね)。

 アメリカの無知な庶民にとっては「Great America Again」とか「America First」っていう言葉は心地よく聞こえる言葉なのかもしれないが、傍の国の人間からすれば、それは危うい言葉であるわけだし、その裏に、「世界が見えていない同士の戦争」って言葉が張り付いているのだ。

 まあ、アメリカの庶民からしてみれば、アメリカが北朝鮮とかイランと戦争でも起こして初めて、自分たちの選択が間違っていたことに気付くんだろうけれども、その頃には、世界中で他の国を巻き込んで戦争が起きているってことを、アメリカ国民は知るべきだろうな。

『ドナルド・トランプはなぜ大統領になれたのか? アメリカを蝕むリベラル・エリートの真実』(西森マリー著/星海社新書/2017年2月24日刊)

2017年10月10日 (火)

『マンガで読む「応仁の乱」』を読んでみたんだが

 テレビで「今度の総選挙は関ケ原の戦いのような天下分け目の戦いっていうよりは、応仁の乱みたいな相乱れた戦いになる」って田崎史郎氏が言っていたその日に、本屋さんに行ったらこの本が平積みしてあったので、思わず取り上げたって訳なんだが……。

 本日、公示です。

『ぐだぐだな展開、ヒーロー不在。勃発から550年を経て、いよいよ残念な「地味すぎる大乱」を漫画界の巨匠はこう描いた!』

 って腰巻がイイネ!

 ただ、なんで「マンガ版」なんだろうか?

Photo_3 『マンガ日本の歴史22 王法・仏法の破滅――応仁の乱』(石ノ森章太郎著/中公文庫/1997年12月18日刊)

 で、どこが応仁の乱なのか? というか応仁の乱って、一体どんな戦争だったんだろうか?

『応仁の乱(おうにんのらん)は、室町時代の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1477年)までの約11年間にわたって継続した内乱。室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏の家督争いから、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発展し、室町幕府8代将軍足利義政の継嗣争いも加わって、ほぼ全国に争いが拡大した。明応2年(1493年)の明応の政変と並んで戦国時代移行の原因とされる。十数年に亘る戦乱は和睦の結果、西軍が解体され収束したが、主要な戦場となった京都全域が壊滅的な被害を受けて荒廃した』(Wikipedia)っていうのが、まあ一般的な応仁の乱の解説なんだが、じゃあ、要は今日告示される総選挙は、自民党か希望の党かっていう天下分け目の戦いではなくて、これから数年続くであろうこれから各党会派入り乱れての戦いの前哨戦っていうことなんだろうか。

 まあ、そのほうがありそうだな。

 という前に、取り敢えず「応仁の乱」って何だったのか、をマンガで振り返ってみることに。まあ、あまり日本史は得意でなかったってのもあるんだが。

『第六代将軍足利義教の専制は有力守護を淘汰し、西暦1449年(宝徳元年)義政が一四歳で将軍位に就いた頃は、有力守護の勢力均衡の上に成り立っていた<宿老政治>は機能麻痺に陥り、側近政治が擡頭した…。』

『畠山家では西暦1454年(享徳三年)八月弥三郎が家督となったが、翌年三月に持国が没すると、将軍義政は義就に弥三郎を攻めさせ家督を継がせ領国を安堵した…。』

『……四年後(長禄三年)、弥三郎が急死し、畠山家の内訌は収まったかに見えたが、弥三郎派はその弟の政長を擁立した…。』

『……将軍義政は20歳に成長 日野富子を室に迎えていた。』

『…幕政の乱れは、自ら重臣会議を主宰した将軍義政の生母・日野(裏松)重子をはじめ、世人から<三魔>と恐れられた乳人・今参局、有馬持家(奉公衆)、烏丸資任<公卿>らの側近の政務への容喙からもたらされた。』

『義政は一転して政長に畠山家の家督を認め、河内国に走った義就を追討させた。』

『……畠山義就は嶽山城に立て籠もり、畠山政長や山名宗全(持豊)など幕府の大軍を相手に二年余に亘り孤軍奮戦した。』

『十四歳から三〇歳まで、義政は将軍職につくづく疲れていた。引退を考えた義政は嗣子がなかったため、弟の浄土寺義尋(義視)を後嗣として還俗させた(寛正五年=西暦1464年12月2日。』

『…だが、翌西暦1465年(寛正六年)一一月二三日、正室日野富子が男児(後の義尚)を産む。わが子を将軍にと願う富子と義視の間に冷たい対立が生じていた。』

『打ち続く飢饉、悪政、守護大名の内訌と党派抗争、渦巻く民衆の不満…。
 それらが絡み合い、なによりも山城守護職の人事を軸に、<応仁の乱>は目前に迫っていた。』

 というのが「応仁の乱」前史。

 こうして義就と細川勝元を総大将とする戦いが都で始まって、それから一〇数年にわたり京を舞台にして戦いを繰り広げたのが「応仁の乱」。その後、守護職の統治力不足から、各地に国一揆が起こったのだが、それを抑えた細川政元が将軍職を傀儡化し、天皇をも実態を抜いてしまい、各地の守護大名たちが実力で領国を統治する戦国大名の時代になったのが、「応仁の乱」。

 つまり、応仁の乱とは、その後の戦国時代の幕開けを意味するということなんだなあ。

 つまり、現在圧倒的な力を持っている自民党も、希望の党の台頭に手を焼き、一方、自らの党内にも希望の党に与する裏切り者の台頭に悩まされる。じゃあ、希望の党の方はどうなんだといえば、それはそれで所詮2017年総選挙に勝つまでの、単なる表向きの合従連衡、選挙が終われば、終わったで責任の擦り付け合いやら、当選すればしたで、当選しちまえば関係ないとばかり脱党、離党はひきも切らないありさまで、何のために希望の党を結成したのか、言い出しっぺの小池百合子氏自身が訳も分からなくなってしまう。

 とはいうものの、小池百合子氏自身はなかなかしたたかに政界を生き抜くすべを心得ていそうなので、やがて織田信長が出てくるまでは生き残るかもしれない。

 一方、安倍晋三氏は残念ながら小池百合子氏ほどにはしたたかではない「お坊ちゃん」なところがある人だから、どこかでこの政局を投げ出してしまうのではないかという恐れこそあれ、最後までこの「応仁の乱」を生き抜くのかどうかは見えてこない。というか、多分健康上の理由でもって、ふたたび政治を投げ出してしまうという予想がする。

 で、結局その「漁夫の利」を得るのは小泉進次郎じゃないかと考えるんだが、どうだろうか。って、それじゃあ小泉進次郎が織田信長ってこと?

「自民党をぶっ潰す」なんて威勢の良いことを言って、総理大臣になり、郵政解散でもって選挙を生き抜いた父親に倣って、意外とこのプリンスの時代が早くやってきそうな気がするなあ。

 ってことで、この総選挙を応仁の乱にたとえた田崎さん。これでいいんでしょうかね。

『マンガ日本の歴史22 王法・仏法の破滅――応仁の乱』(石ノ森章太郎著/中公文庫/1997年12月18日刊)

2017年10月 2日 (月)

『第一次世界大戦 忘れられた戦争』って、本当に忘れられた戦争なんだろうか

 そうだったんだ。

「講談社学術文庫」っていうのは、以前に出版された学術書の中から、文庫版で出しても面白そうなものを再出版するというジャンルの本であり、本書も1985年に社会思想社から「現代教養文庫」として出版されたものの再刊だったんだ。

 なので、本書を現代における社会・歴史評論書として読んではいけないわけで、むしろ評価の定まった学術書として読むべきであり、今回私がとったようなドジでマヌケな本の読み方をしちゃいけないってことなんだ。

 つまり、何がドジでマヌケかと言えば、何となく最近書かれた歴史評論書として読んでしまったのだが、読む進めるうちになんか違うなあ、なんか現代評論じゃなくて歴史の事実を並べているだけだなあ、と思った時にはすでに遅く、本書を歴史評論として読んでしまっていた、ってことなんでした。

2 『第一次世界大戦 忘れられた戦争』(山上正太郎著/講談社学術文庫/2016年12月1日刊)

 とは言うものの、読み進めていくうちに、まあ、それでももう一度歴史、それも現代史を再読するのもいいなあ、と考えつつ、しかし、あまり現代における各国の関係論とは異なっていないとうのが気にかかった。

 要は「世界は西ヨーロッパを中心に回っている」という厳然たる事実なのである。

 まず本書の「はしがき」に書く。

『イギリスの歴史家、A・J・P・テイラーはその著『第一次世界大戦』のなかで、次のような意味のことを述べている。
 もしナポレオン・ボナパルトが一九一七年初めに生き返ったとしても、彼の時代とあまり変わらないヨーロッパ列強が、規模こそ大きいものの、同じような戦争をしている情勢にさして驚くこともあるまい、しかし一七年の末に生き返ったならば、彼は一方で、ボリシェヴィズムとその政権の成立に、一方で、ヨーロッパ外の一大強国、アメリカ合衆国の進出に驚き、当惑することであろうと。
 この機智に溢れる歴史家は続いて、一九一七年に古い意味でのヨーロッパ史は終わった、世界史が始まった、それはレーニンとウィルソンの年であり、現代世界誕生の、現代人出現の劇的な時機である、とまで書いている。』

 そして最後の項「さらば、ロイド・ジョージ」では

『ロイド・ジョージが属した自由党はそれ自体も分裂し、旧来の保守党と戦後、台頭した労働党との間にあって勢いを失っていった。かれは議席こそ保ったが、再び政権を握ることもなく、閣僚の地位に就くこともなかった。
 のみならずロイド・ジョージは自らも成立に関係したヴェルサイユ体制、ワシントン体制がドイツや日本などによって打破されてゆく現実を、まのあたりにしなければならず、また、彼も参画した国際連盟は国際秩序の混乱に対して、充分な機能を発揮すべくもなかった。パリ講和会議で解決できなかった諸国の植民地主義は、民族運動の波を高めた。世界大国アメリカ合衆国の登場、そのヨーロッパ経済への影響力、さらにソヴィエト連邦の不気味な発展は、有為にして少壮気鋭の政治家ロイド・ジョージが満喫したに相違ない「古き良きヨーロッパ」の影をますます薄めていった。政治上の活動で報いられなかった彼は、三〇年代、大戦や講和会議に関する回顧録の執筆に名を残すのみであった。』

 とまあ、歴史の連続性について書くのであった。その最後は

『二度の大戦において、英独の妥協的講話はありえなかった。前の大戦ではイギリスはアメリカの援助をもって、ドイツに対する勝利を得た。後の大戦ではイギリスはアメリカと、さらにソ連の助力によってドイツに対する勝利を得た。そして米ソ対立の「冷戦」である。
 ロイド・ジョージのおそらくは長すぎた政治上の生涯をよそに、大英帝国の面影は色あせ、「古き良きヨーロッパ」は在りし日の想い出となった』

 とまとめるのであるが、しかし、その後の時代における戦争の在り方を見ると、結局は第二次世界大戦は日本とドイツの敗戦という象徴的な出来事はあったとはいえ、それ以外の問題に関しては、何ら解決はあり得ず、いまだに民族主義と植民地問題の解決は遠く、「帝国」を名乗っていない「企業帝国」をバックにした帝国主義はさらに強化され、それこそ昔の宗教戦争が再び世界を覆っている。

 大体が、国際連盟はその常任理事国であった日本が脱退して、それが第二次世界大戦の引き金の一つになったわけだし、そう考えると自ら作った国際連合を後ろ向きにしか捉えることのできない政権がアメリカに登場してきたりして、もはや、その存在自体が危うくなってきたりしている。そうなると結局はEUあたりのような「独仏連合」が再び力をつけてきて、なんかまたまた世界の中心が西ヨーロッパに戻っていきそうな雰囲気であります。

 そんな、EUを脱退して孤立主義に移行しようとするイギリスと、国際連盟に後ろ向きのアメリカって、要はアングロサクソンの「世界後ろ向き外交姿勢」があって、ロシア帝国とモンゴル帝国のごとき中国が世界に覇権を求めようという動きは、なんだ単に第一次世界大戦前のヨーロッパを中心とした世界体制でしかない。

 アメリカはしきりに北朝鮮イビリをしているけれども、そんなものにはビクともしない朝鮮っていう構図は当たり前であるし、大体が朝鮮半島の国内問題である朝鮮戦争に対して、アメリカが直接乗り出してきたって勝てるわけがないのは、ベトナム戦争で随分勉強してきたはずのアメリカなんだが、まあ、アメリカ人の学習能力の低さなんだろうなあ。

 クルド人やスペインのカタルニア独立投票なんてのも、世界を動かしているもののひとつなんだろうけれども。

 まあ、そんなこんなのすべての世界の動きの中心がドイツやフランスを軸にして動いているんだなあ。って考えると、なんか国際政治ってものが見えてくるっていうか、なんかむなしくなってきますね。

 ましてや「コップの中の嵐」をしょっちゅうやっている極東の国にいると特にね。

 まあ、現代世界の歴史をもう一度お勉強しましょうっていう風に考えた時には、オススメ本ではありますが、だとしたら山川出版社あたりの「世界史」教科書なんかの方が読みやすくていいかもしれない。

『第一次世界大戦 忘れられた戦争』(山上正太郎著/講談社学術文庫/2016年12月1日刊)

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