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写真・本

2017年5月15日 (月)

ふたつの『さっちん』

 最近は電子書籍ばっかりになってしまって書店に行かなくなってしまったと思われている私なのだが、決してそんなことはない。最近どんな本が出版されているのかを見るのに書店ほど便利な場所はないので、結構書店には足を運んでいる。

 が、考えてみれば新書やノンフィクションなどの書架・平積みは見ているが、そういえば、写真集関係の棚は、東京都写真美術館のミュージアムショップなどに行くことはあっても、書店ではあまり見なくなっているなあ。いかんいかん、ということなのでこの『さっちん』2017年2月28日刊というのが出たのは知らなかった。

 たまたま、最近、池袋の三省堂に行って見つけたのである。

Photo 『さっちん』(荒木経惟著/河出書房新社/2017年2月28日刊)

 荒木経惟氏は1964年(昭和39年) - 写真集「さっちん」にて、第1回太陽賞受賞によって世に出て、まさしく彗星のようにデビューしたフォトグラファーである。その1964年に刊行された『太陽』の復刻版(というか雑誌版の復刻書籍)が今年、出たのだ。

『東京オリンピックのあった1964年に、平凡社の第1回「太陽賞」を受賞して、受賞作を雑誌にグラビアで載せるって言われたんだけど、当時グラビア印刷はネガで入稿だとかで、紙焼きじゃなくてネガを編集部に渡した。そうしたらそれっきり、返ってこない』(平凡社版『さっちん』「あとがき」より)

 ということなので、私たちは「荒木経惟氏は平凡社「太陽賞」受賞でデビュー」ということは知っていたけれども、肝心の「さっちん」オリジナル版は見たことがないのだ。

 以前、唯一観たことがあるのが新潮社フォトミュゼ版「さっちん」だけなのだ。

『太陽賞に応募したとき、ネガを渡したんだけど帰ってこない。だからこの本は受賞の作品そのものではない。いやー、でも応募してない分の方が乱暴で元気だね。画面からはみ出てる。木村伊兵衛っていう人はなかなかな目利きでさ、太陽賞とったときに「このままいくと、紙芝居になっちゃう」って言ってるんだよね。正しい。おれもそう思う。というのはね、20点から30点でまとめろっていうコンテストなのよ。そうするとどうしても、1枚に要素がいっぱいはいっていないと、いっぱい語れないわけだよ。だから、選びがその方向になっちゃう。100枚くらいだったらさ、ここはこう息抜くなんてできるじゃない』(新潮社フォトミュゼ版『さっちん』「のぶちんが「さっちん」を語る――あとがきにかえて」より)

 ということなので、新潮社フォトミュゼ版『さっちん』の奥付ページには……

『本書は、千葉大学在学中の約一年間(1962年頃)に撮影された作品です。「アパートの子供たち」と題された膨大なネガ・フィルム、および、荒木氏自製のスクラップ・アルバム「さっちんとマー坊」の中から1964年・第1回太陽賞受賞作「さっちん」の写真を一部含み再編集しました』

 という但し書きが載っている。

 つまり、本来の「さっちん」に収録すべき材料はすべて新潮社フォトミュゼ版に収録されていて、その中から太陽賞として選ばれた作品群が平凡社版に掲載されているっていうことなのか。

 まあ、両者を比較してみると、確かにすべての要素は新潮社フォトミュゼ版に含まれていて、言ってみれば、そのエッセンスとして<さっちん>だけに拘って編集されたものが平凡社版らしいってことになる。

 まあ、同じ値段(税別1600円)なので、どちらを手に入れるかは読者の指向次第。

 コストパフォーマンスで見るなら新潮社フォトミュゼ版だし、太陽賞の考え方を見たいのであれば平凡社版でということになるのだろう。

 私のように両方買って見比べる必要は……、まったくありません。

Photo 『さっちん』(荒木経惟著/新潮社フォトミュゼ/2004年11月20日刊)

『さっちん』(荒木経惟著/河出書房新社/2017年2月28日刊)

『さっちん』(荒木経惟著/新潮社フォトミュゼ/2004年11月20日刊)

2017年3月16日 (木)

写真で綴る「文の京」

『写真で綴る「文の京(ふみのみやこ)」』という写真集の刊行を記念して、文京シビックセンター1階にあるギャラリーシビックで「文京区制70周年記念事業 文京区史写真集刊行記念 写真パネル展」というものが昨日から開催されているので行ってきた。

2文京区制70周年記念 写真で綴る「文の京」 歴史と文化のまち』(編纂・発行:文京区/2017年3月15日刊)

 私が文京区に移り住んでかれこれ二十数年経つ。講談社に入社してからは42年経つので、40数年前から文京区とは関わって生きてきたんだが、より深く関わるようになったものの、自分が住んでからの本駒込周辺の事には疎かったので、こうした写真集が出るのはありがたい。

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 写真集には約680点の写真が収録されているが、それに掲載されているもの、掲載されていないものなど105点が写真展では展示されている。

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 おお、私の家の傍の上富士交差点じゃないか。三菱銀行がある場所は今はイトーピアというマンションになっている。

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 天祖神社のお祭りの写真もある。都電が懐かしいねえ。

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 写真展は19日(日)まで。勿論、(大日本雄辯會)講談社も当然、載っています。最初は団子坂にあって、今は音羽なんだからね。両方とも文京区であります。

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 写真集は芳文堂(春日二丁目)、誠信堂書店(大塚四丁目)、成文堂江戸川橋店(関口一丁目)、南天堂書房(本駒込一丁目)、文教堂グリーンコート店(本駒込二丁目)、往来堂書店(千駄木二丁目)、文明堂書店(千駄木五丁目)、塚本書店(西方二丁目)、あおい書店春日店(本郷四丁目)、森井書店(本郷六丁目)、棚澤書店(本郷六丁目)、柏林社書店(本郷六丁目)、文京堂書店(湯島二丁目)、ラムラ芳進堂(飯田橋駅ビル内)、明正堂アトレ上野店(上野駅ビル内)、成文堂巣鴨駅前店、文京区行政情報センター(シビックセンター2階)および写真展開催中は会場にて販売中。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f1:2.8 D @Bunkyo Civic Center ©tsunoken

2017年1月12日 (木)

「and STILLNESS」

 乃木坂にある本屋さん兼ギャラリーのブックス・アンド・モダンで写真家ハービー山口の写真展「and STILNESS」を開催中だ。

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 実はこれはブックス・アンド・モダン・レーベル初めての写真集ハービー山口「and STILLNESS」の刊行を記念して行っている写真展なのだ。

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 ハービー山口は私と同年代の写真家で、若くしてロンドンに移住し、ミュージシャンなどのアーチスト写真を撮っているうちに、レコードやCDジャケットの写真家として有名になってしまった。

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 日本人アーチストも数多く撮影しているんだが、しかし、私にとってはやはり『僕の虹、君の星』という写真+エッセイ集の表紙写真‟手前にやせぎすの女の子がショーツだけで立っていて、それを眩しそうに見ている弟のような男の子”の写真の、強烈で、鮮烈で、しかし清潔な写真を撮ったフォトグラファーなのだ。

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 そのハービーが、1985年、まだチェックポイント・チャーリーがあった頃のベルリンから、ビロード革命の最中、それからそれを経た東ヨーロッパ(チェコ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア)で撮った写真の写真集が「and STILLNESS」なんだ。まあ、我々の年代にとっては、ソビエト崩壊前からの状況は知っているだけに、それが崩壊したときのショックも大きかったし、逆に崩壊後の東ヨーロッパに対する興味も深かったわけで、私も、仕事でニースに行った後に、いろいろ理由をつけてブルガリアのソフィアに行ったのもこの頃ではなかったろうか(まあ、それにはある映画プロデューサーの思惑もあったんだけれどもね)。

 写真集を見ながらいろいろ考えさせられることの多い写真集であることには違いはないが、ここでハービーの写真の特徴がこの写真集にも表れていて、それは、子どもたちに対する優しい視線とでもいうべきものである。

 これだけは、変わらぬハービー山口の視線なんだな。

 で、この写真集「and STILLNESS」をブックス・アンド・モダンで買おうとしたらサンプルしかない。ギャラリーの持ち分は全部売り切れてしまったそうだ。

 で、ギャラリーの人に聞いたら、「自分の店の分は完売なんだけれども、代官山蔦屋にあるかもしれない」と言ったら、他のお客さんが「昨日行ったら4冊ありましたよ」ってなもんで、早速代官山蔦屋へ行って、4冊あったので買い占めちゃおうかなとも思ったのだが、それも大人げないんで1冊だけ買ってきた。

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 もし、この写真集についてお問い合わせがしたければ、ブックス・アンド・モダンまでご連絡ください。まあ、バック・オーダーが増えれば増刷ってこともあるかもしれない。

『僕の虹、君の星――ときめきと切なさの21の物語』(ハービー山口著/マーブルトロン/2010年8月30日刊)
NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Nogizaka Minato ©tsunoken

2016年12月27日 (火)

「ストリートスナップの魔力」って、何だ?

 六本木は飯倉片町交差点のそばにAXISというビルがあって、その3階にIMA CONCEPT STOREという写真のギャラリーと写真集専門の書店がある。

 そのIMA CONCEPT STOREの運営会社である株式会社アマナが発行する写真季刊誌が「IMA」で、その最新号の特集が「ストリートスナップの魔力」である

Dsc_00672 『IMA LIVING WITH PHOTOGRAPHY Vol.18 2016 Winter』(株式会社アマナ)

 特集は「MDF 伊丹豪」「END. イーモン・ドイル」「UNtitled オスカー・モンゾン」「Italia o Italia フェデリコ・クラヴァリーノ」「The Random Series ミゲル・アンヘル・トルネロ」「ZZYZX グレゴリー・ハルペーン」という6人の写真家の作品とインタビューで構成されている。

「ストリートには不思議な魔力がある。
 いや、魔の時間があるといった方がいいかもしれない。
 それはときに、決定的瞬間ともいい換えられる。
 写真家は、その不思議な時空の歪みをとらえる魔術師だ。
 街を彷徨する彼らには、はっきりと‟それ”が見えるのだ。
 ‟それ”は必然のように、向こうから寄ってくるのだ。

 ストリートは、人のドラマで満ちている。
 ストリートには、奇跡が溢れている。
 ストリートには、すべてがある。
 だから、いつの時代も、どんなふうに形を変えても、
 ストリートスナップは私たちを惹きつけてやまない。」

 というのが特集の惹句。

 まあ、そんな風な言い方をしなくても、ストリートスナップというのは街写真の始祖ジャン=ウジェーヌ・アジェから始まって現在に至るまで、写真の基本であり、そして集大成でもあるのだ。そこには日常写真から決定的瞬間まですべての写真の要素が詰まっている。

 私も毎日の外歩きには必ずカメラを持参し、街を切り取って歩いている。私の目標は森山大道氏であり、荒木経惟氏であり、どうやったら森山氏や荒木氏のような写真が撮れるのかを毎日の模索写真でもって考えているのだが、未だにその答えは出てこない。

 というよりも、多分そうやって森山氏や荒木氏の写真を自分の写真の中で実現しようとしていること自体が、森山氏や荒木氏のような写真が撮れない原因なのかもしれない。

 つまり、「何物でもない」写真を私が撮れた時こそが、初めて森山氏や荒木氏のような写真が撮れた瞬間なのかもしれないのだ。いつまでも、森山写真や荒木写真を求めているような状況では、決して森山写真や荒木写真を凌駕できる写真は撮れないじゃないかってことで……。

 伊丹豪、イーモン・ドイル、オスカー・モンゾン、フェデリコ・クラヴァリーノ、ミゲル・アンヘル・トルネロ、グレゴリー・ハルベーンという写真家を私は知らない。

 しかし、私にとっては彼等が私のライバルかもしれないし、もしかしたら私の師かもしれないのだ。

 そうやって、「何物でもない」写真を求めて毎日の外歩きをしているのだが、でもそんな「何物でもない」モノを求めること自体が、これまた「何物でもない」モノを求められない理由なのかもしれない。

 とまあ、そういうグルグル回る思考の中で、つまりは私の毎日の写真行があったりしているのである。

 う~ん、進化しないなあ。

 グルグル回るだけだなあ。

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 写真季刊誌「IMA」はIMA CONCEPT STOREで、あるいはIMA ONLINEからも購入できます。

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2016年8月 3日 (水)

『Magnam Photos』はマグナムのカタログでもあるんだな

 昨日は小池百合子新東京都知事の初登庁から記者会見まで(テレビで)付き合っちゃって、夕方からしか外出していないので、6,000歩ちょっとしか歩いていない。どうした「毎日10,000歩」は?

 でなことはどうでもよくて……。

 マグナム・フォトはアンリ・カルティエ=ブレッソン、ロバート・キャパ、ジョージ・ロジャー、デヴィッド・(シム)シーモアの4人によって設立されたフォト・エージェントである。写真通信社っていているけど、写真エージェントというほうが正しいよな。

Photo 『マグナム・フォト Magnam Photos』(野村春久訳/創元社/2011年7月20日刊)

『第二次世界大戦と呼ばれる黙示録が終わった2年後、マブナム・フォトは創立された。この世界で最も権威のある写真通信社は、戦争によって傷つきそして世界はかろうじて生き延びたという安堵感とこの世界にまだ残されているものを見たいという好奇心に動かされた4人の写真家によって作られた。彼らは人間としてまた写真家としての独立した性質とマグナムを規定し続けているレポーターと芸術家の特異な混合を反映するためにマグナムを設立し、見られたものだけでなく人がそれを見る方法も強調した』

 アンリ・カルティエ=ブレッソン『キャパは私に言った。『シュルレアリストの写真家のレッテルを維持するな。フォトジャーナリストであれ。もしそうでないならお前はマニエリスムに落ちいるだろう。お前の小さな胸にシュルレアリストは秘めて置け。友よ、躊躇するな。行動せよ。』この助言は私のヴィジョンの分野を拡大した』

 ジョージ・ロジャー『かれは速くて使うのに静かな小さなカメラのユニークな性質、そしてまた戦争が生んだ感情過剰と接触した時代に私たちが獲得したユニークな性質を認めた。彼は小さなカメラと大きな心のこの結合に私たちの未来を見た』

『主にパルとニューヨークを基点とし、さらに最近ロンドンと東京オフィスが加わった通信社は、ふたつのかなりラディカルな方法で、因習的な実践から離れた。それは創立者マリア・アウスナーとリータ・ヴァンデヴァートを含むスタッフがダイレクトに写真家を支え、作品を出版する出版社ではなく著作権がイメ0ジの著者によって保持される会社として設立された。これは写真家がある場所の飢饉をカヴァーすることを決定すること、「ライフ」にその写真を発表すること、そして「パリ・マッチ」や「ピクチャー・ポスト」などの他の国の雑誌に写真を売ることができること、また契約がなくても彼らに特に霊感を与えたプロジェクトで働く手段を写真家に与えることを意味した』

 つまり、マグナム・フォトが設立されたころは、まだ写真の著作権が写真家にあるなんていう現代の常識は確立されてはおらず、結局、その写真が掲載された雑誌にすべての権利が存在するっていう時代だったのだ。そこにマグナム・フォトは「写真家の著作権」を掲げて登場したわけだ。

 しかし、当時はグラフ・ジャーナリズムが全盛の時代だ。写真家が世界のどこかに行って写真を撮ってくれば、それを発表する媒体はいくらでもあった時代だったのだ。

『創立後5年間にマグナムはまた才能のある新しい写真家たちを会員に加えた。イヴ・アーノルド、バート・グリン、エリック・ハートマン、エレック・レッシング、マルク・リブー、デニス・ストック、クリン・タルコスである。リブーはすぐに中国を撮ったパイオニア的写真家であるカルティエ=ブレッソンのあとに続いた。それは生涯の関心となった多くの旅の最初だった。アーノルドはブラックムスリムの写真の記憶に残るシリーズを撮った。一方タコニスはアルジェリアの独立戦争をカヴァーした。そしてすぐにルネ・ブリ、コーネル・キャパ(ロバートの弟)、エリオット・アーウィット、インゲ・モラスが参加した。通信社は成長した。しかし、悪い方向に進んでいるという感じがあった』

 1970年代まで、まだまだ雑誌は写真家にとってはメインステージだった。

 しかし、その後次第に雑誌が写真家のメインステージではなくなっていく。

『マグナムの写真家たちがテクスト、本、展覧会のデザインの実験を始めたとき、彼らの写真言語もまた進化し始めた。多くの人々にとって、マグナムの創立者たちが信じた直截的な証言は、おはや写真を写真家の視点を犠牲にして編集者とアート・ディレクター、政治家と映画スターの視点を例証するためにますます使うようになったメディアの浸透した世界では十分ではなかった』

『マグナムの過敏な全ての個性とともに、また異なった見方の試みに内在するあらゆる困難とともに、通信社が50年間いかに苦労して生き延びてきたか、多くの人は不思議に思っている。非常に少数の会社がその長寿のために注目されている。その特異性において、また保守主義の拒否において、マグナムは他の写真家たちに与えた彼の痛烈なメモのひとつで言った。「永久の革命をいきよ……」』

 ということで、本書にはABC順に72名のマグナムに参加している写真家の写真が、一人一葉ずつ掲載されている。

 そのうち一人だけ日本人の写真家のものが載っている。

 久保田博二、1939年生まれ、小田原に住む。1962年早稲田大学政治学科を卒業し、研究を続けるためアメリカへ行った。1965年からフリーの写真家となり、1968年日本に住むために帰国。1978年に北朝鮮、翌年に中国を写真に撮り始めた。日本で、1970年の講談社出版文化賞、1982年の日本写真家協会最優秀賞、1983年の毎日芸術賞を含む多くの賞を受賞。ほとんどのアジアの国で写真を撮り続けており、特に人口の爆発の結果、貧困、世界の急成長する地域における環境破壊に興味をもっている。最近の本は、日本を撮っている。

 1971年マグナム参加、1986年から会員である。

『マグナム・フォト Magnam Photos』(野村春久訳/創元社/2011年7月20日刊)

2016年5月21日 (土)

『SKETCHES OF TOKYO』少しだけ「SKETCH OF SPAIN」を思い起こさせる

 藤代冥砂の最新写真集『SKETCHES OF TOKYO』は、マイルス・デイビスの「SKETCH OF SPAIN」の表題曲、ギル・エバンスが編曲した「アランフェス協奏曲」を思い起こさせる。

 現在、沖縄に在住する藤代冥砂にとっては、まるでアメリカ合衆国に住むマイルスが遠くスペインを思い起こさせるように、東京へ思いを馳せているのだろうか。そんな感じがする写真集なんだよなあ。

 特に、ヌードになる女の子たちは別に沖縄でも東京でも変わらないんだろうけれども、その背景が違うっていうことで。今回は、「東京の街」が女の子たちの背景なんだからね。

Sketches_of_tokyo 『SKETCHES OF TOKYO』(藤代冥砂著/清幻舎/2016年2月12日刊)

藤代冥砂氏は以前出ていた『フォトグラファーの仕事』という本で面白いことを言っていた。

『基本的に撮影自体に狙いは全然ないんですよ。「撮れちゃった写真」を撮るために、いろいろその場所に出掛けて行って、わざわざ撮ろうと思っても撮れない写真を撮る』

『もともと自分の場合、写真を始めたきっかけが、ロバート・キャパとかにあこがれて、報道カメラマンになりたかったというのがあるんです。たぶん報道に行ったら「撮れちゃった写真」をすごく撮れてたんじゃないかって、いまさらながら後悔していますね』

『何に対しても「狙って」という姿勢ではないんです。写真がなくても存在している風景や表情があると思うんですけど、そういうもののほうが好きなので、自分にとっては、「写真術」っていうものを初めから捨てているところがあります』

『報道写真には、やはりポジションがあるじゃないですか。みんながこっちへ動いていたら、同じものを撮っちゃうから、自分はこっちから撮ってみようっていう。そういう本能と一緒だと思うんです。それはなんだろう、したたかさっていうのかな。それは写真家としてはなければいけないしたたかさであって、ただずるいとか、奇をてらってるんじゃなくて、違うものを見たいなら、違う距離から見ないといけないと思いますけどね』

『SKETCHES OF TOKYO』は53人のヌードを高層ホテルの部屋で撮影したもの。

 窓の外には東京の風景が広がっている。

『撮影は、いつも淡々としていた。
女達は、私の前で裸になり、時にシャワーを浴びたりもした。
清潔なシーツを楽しみ、東京の眺めに小さく歓声をあげて笑った』

『地上の重力や鼓動から離れ、天から見下ろされた中空の高層階で、私達は終わりを求めないまま、エアコンの24度設定の中で、微かに上ずっていた』

 そうそれは終わりのないセックスの営みのようだ。

 53人の女達との終わりのないセックスという営み。

 しかし、写真家とヌードモデルの写真って、基本的にわからないところがある。つまり、大体写真家の撮ったヌードモデルって、どこか写真家とセックスしてるんじゃないかと思わせる写真が多いんだけれども、実はそんなことしてませんっていう写真なんだよなあ。

『私は、東京をスケッチしていたのだと、この本を作りながら感じていた。
出来上がってみると、逆だったようだ。
私が、東京にスケッチされていた。
私の不在が、女達に写っている。
東京は大きく広がって、果てがない』

 モノクロのヌードには、そんな悲しみが広がっているようだ。

『SKETCHES OF TOKYO』(藤代冥砂著/清幻舎/2016年2月12日刊)

太陽レクチャーブック002 フォトグラファーの仕事』(佐内正史・長島有里枝・蜷川実花・野口里佳・藤代冥砂著/平凡社/2004年7月10日刊)

2016年3月31日 (木)

『「いい写真」はどうすれば撮れるのか?』って、そんな答えはないのだけれども

「いい写真」ってどういう写真のことを言うんだろうか?

 多分それは写真を撮る人の数だけ正解があるのだろうし、あるいは、正解というものはまったくない、ということも言えるのかも知れない。勿論、その写真のジャンルによって「いい写真」というものは異なってくるわけだし、あるいはまた、あらゆるジャンルにおいても「いい写真」というものはないとも言えるのである。

「いい写真」というものは、その写真を撮った本人が「いい」と言える写真だけであるとも言えるし、あるいは自分が好きな人が「いい」と言ってくれる写真だけなのかも知れない。

Photo 『「いい写真」はどうすれば撮れるのか? プロが機材やテクニック以前に考えること』(中西祐介著/技術評論社/2016年4月25日刊)

 ということなので本書の第1章『「いい写真」ってどんなもの』でも、『万人に「いいと思ってもらう必要はない』『いい写真=売れる写真とは限らない』『「〝いい写真"お願いします!」はなかなかクセモノ』『連写をしても決定的瞬間を撮ることはできない』『「なぜ、こう撮るか」を言葉にしよう』『ルールを知れば魅力が見える』『自分とのコミュニケーションが写真に反映される』といった具合に、「いい写真」というものは人によって違うものだということを、まず最初に言っているのだった。要はテクニックじゃないってこと。この中で一番大事なのは『「なぜこう撮るか」を言葉にしよう』ではないだろうか。

『いろいろな機会で写真を拝見する時に、私は必ずお聞きすることがあります。それは

「自分の写真を言葉にしてみませんか?」

というものです。
 よく「言葉にできないから写真を撮っているんだ」という方もいらっしゃいます。もちろん、それはごもっともです。言葉として表現できないからこそ、写真という表現手段を選択するのは自然な流れだと思います。しかし、「自分がなぜそれを撮ったのか?」を頭の中で整理できていると、見ている相手にたいしてより伝わりやすくなるとおもうのです』

『「言葉にできないから写真にする」ではなく、「言葉から写真が生まれる」こともあるのではないか。
 今ではそう感じています』

 と中西氏が書くように、人間は言葉でものを考えている。写真を撮るという行為も、その根本には「自分は何故、写真を撮るのか」という『言葉」での問題がある訳で、であるならば「自分が撮った写真にも何かのテーマがある」筈なのだ。勿論、それはテーマ主義ということではなくて、何らかのモチーフや、自分を写真の方へと突き動かす衝動のようなものがある筈なのだ。

『私の場合は、撮影した写真を何度も見返しながら、自分と対話します。
「これを撮ったのはなぜだったのだろう?」という疑問をあえて自分にぶつけてみるのです。それは1日や2日では終わりません。答えが出るまで、何度も繰り返します。
 そういう過程の中で、だんだんと的が絞られていき、テーマというものが浮かび上がってきます。その時に考えたことを文章にしておくのも効果的です。写真を、文章という違う表現形態に置き換えることによって、冷静になれるからです。そして、言葉はよりストレートな表現になるので、曖昧になっていたところを浮き彫りにしやすいという利点があります。それを繰り返す中で、やがて自分が撮りたいもの、やりたかったことにつながっていきます。1人で写真と向き合う時間は、楽しいことばかりではありません。苦しい時間となることもあるでしょう。しかし、それがあってはじめて「作品」が生まれるのだと思います』

 うん、さすがにプロ写真家の言うことにはなんか意味があるなあ。

 ということで第2章『きれい』(な写真を撮るときの考え方)。第3章『かっこいい』(写真を撮るときの考え方)。第4章『おいしそう』(な写真を撮るときの考え方)。第5章『かわいい』(写真を撮るときの考え方)。第6章『うれしい』(気持ちを撮るときの考え方)。ときて最後は第7章『写真展で「いい写真」に見せる」という具合に続いていく。

 つまり、それは「撮影のテクニック」ではなく「撮影に際しての考え方」がまず第一歩であって、それがあってのテクニックであるということで、テクニックについて触れている。

 勿論、テーマ主義的なテーマを求めて写真を撮るのではなくて、というか撮っている瞬間は何も考えずに被写体と向き合って、ひたすらシャッターを切っていくのみだ。むしろ、テーマとかモチーフとか考えるのは、実は撮ってきた写真を後から見返していく最中だったりする。何度も何度も自分が撮ってきた写真を見返しながら、その中の共通項だったり、撮ってきた写真に写っているものは何なのだろう、とか考えながらひたすら見返すのである。

 そんなことをやっているうちに、なんとなく自分が追いかけているテーマだったりモチーフだったりが見えてくる瞬間がある。

 そんな時、自分が撮ってきた写真が「いい写真」として見られるのである。

 なんてカッコつけて書いているけれども、私が撮ってきた写真で「自分でいいと思った写真」なんてめったにないんだから、あとはひたすら後から考えて理屈をコネたり、後付けの考えを付け加えたり、なんか如何にもテーマがあるような屁理屈をつけたりするのである。

 そんなことばっかりやっているから、私は結局「ヘボ写真家」から抜け出すことができないんですけれどもね。

 まあ、ブログで発表する位のヘボ写真家だって、多少は言いたいこともある。それを補うのが言葉なんだよなあ。つまり、写真家にとっても大事なのは「言葉」ってことで、今回は終わる。

 写真家にとっても、別にジャーナル写真ではなくても、言葉は大事だってことですね。

 結局、そこに行きついちゃうんだなあ。

『「いい写真」はどうすれば撮れるのか? プロが機材やテクニック以前に考えること』(中西祐介著/技術評論社/2016年4月25日刊)

2016年1月12日 (火)

『米軍が見た東京1945秋』

 当然、第二次世界大戦の戦中には写真撮影なんかを街中でやっていたらスパイ罪で検挙されてしまうし、戦後すぐは物資不足で撮影どころではなかった。ので、日本人による戦中や戦後すぐの写真はない。

 その代わり、米軍による写真は空襲の結果を知るためなどで多くの写真が残されている。当然それは軍機密なのであったが、今はパブリック・ドメインになっていて誰でも見ることができる。

 ということで作られた写真集なんだなあ。

1945 『米軍が見た東京1945秋 終わりの風景・はじまりの風景』(文・構成:佐藤洋一/写真:米国立公文書館/洋泉社/2015年12月23日刊)

 こういう写真集を見るときの愉しみは、やはり自分の知っている場所がどうなっていたんだろうか、という視点だ。

 まずは四谷駅から。右上に空襲で半壊した雙葉学園が見える。

Dscf70462(c)National Archives

 おおっ、六義園と大和郷ですね。さすがに六義園なんかは空襲しても意味はないので、壊れてはいない。

Dscf70472(c)National Archives

 右下が巣鴨駅で中心に染井霊園が見える。これもやはり六義園と同じで壊されてはいない。

Dscf70512(cNational Archives )

 文京区役所上空からみたところ。正面が東洋大学で、その上に六義園や染井霊園、飛鳥山が見える。

Dscf70482(c)National Archives

 霞ヶ関から皇居二重橋ということなので、写真の右の方に見えるのが日比谷公園か。

Dscf70502(c)National Archives

 勿論、俯瞰撮影の写真ばかりじゃない。これは聖路加病院。こうした施設は絶対に空襲はしないのだ。そこまで米軍の空襲に関する照準はしっかりしているということ。

Dscf70522(c)National Archives

 その代わり芝あたりは何もなくなっているし……

Dscf70532(c)National Archives

 中島飛行機なんかは跡形もない。

Dscf70542(c)National Archives

『米軍が見た東京1945秋 終わりの風景・はじまりの風景』(文・構成:佐藤洋一/写真:米国立公文書館/洋泉社/2015年12月23日刊)

2015年12月10日 (木)

『木村伊兵衛のパリ』って、あれ?

 三省堂池袋本店開店のご祝儀で買った本なのだが、なんかどこかで見たことがある写真ばっかりだなあと思っていたら、やっぱりそれは「ポケット版」ということで、オリジナル版を既に知っていたんだなあ。

Dscf70083 『木村伊兵衛のパリ ポケット版』(監修:田沼武能/著者:木村伊兵衛/朝日新聞出版/2014年12月30日刊)

 ということで、いくつか木村写真をピックアップ。

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 木村氏はニコンSとライカM3を持って、フジ・ネガカラーでもって1954年と1955年にパリを撮影している。多分レンズは50mmオンリー。

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 写しだされている人々の服装を見れば、いかにも1950年代のパリだが、実は街並みは現在でもあまり変わっていないに違いない。

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 そんな古い街並みが残されているのがパリの良さであり、常に変わっていくのが東京の良さである。

 パリも新市街の方へ行くと昔とは大分変っているのだろうが、まだまだ旧市街は昔の面影を残しているのだろう。

 あの、ジャン=リュック・ゴダールが『勝手にしやがれ』で活写したパリのイメージである。

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 子供たちも昔の子供たちと現在の子供たちでは変わっている筈だが……。

「粋なもんじゃないですか」

『木村伊兵衛のパリ ポケット版』(監修:田沼武能/著者:木村伊兵衛/朝日新聞出版/2014年12月30日刊)

オリジナル版はこちら

2015年12月 6日 (日)

三省堂池袋本店、本日オープン

 今年、7月21日のブログにも書いたように、「オトナの事情」で閉店したリブロに代わって、三省堂池袋本店が今日オープンする。

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 なので、昨日行った段階ではリブロでもメインだった、食品館から書籍館への通路の店舗は、今日のオープン目指して突貫工事中だった。

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 で、既に11月下旬にオープンしている書籍館の方をご紹介。

 まず、地下は児童書・木製玩具/サービスカウンター/電子書籍カウンターなどがある。

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 1階は生活実用/旅行・地図など。このフロアもそうだが、それぞれのフロアで書籍だけじゃなくて雑貨も売っている複合型の店舗になっている。

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 2階が学参/語学・辞書/洋書/法律・経済/資格・就職など。

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 3階がアート/文学/人文書/教育・保育。

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 ただし、このフロアの文学書の一部は新規にできる地下の店舗に移動になるのではないか。

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 4階が医学書・看護書/理工学書/コンピュータなどの他……

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 イベントスペースなんかもある。

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 ということで、池袋は再びジュンク堂、旭屋とリブロに代わって三省堂の三大店舗競合状態に戻ったわけだ。

 で、ご祝儀という訳じゃないが、3階で『木村伊兵衛のパリ ポケット版』を購入。

Dscf70082 『木村伊兵衛のパリ ポケット版』(監修:田沼武能/著者:木村伊兵衛/朝日新聞出版/2014年12月30日)

 あれ? この本、前に買ったことがあるような……

Fujifilm X10 @Ikebukuro (c)tsunoken

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