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写真・本

2017年10月30日 (月)

『鷲尾老人』って、一体誰なんだ?

 鷲尾老人(匿名)って、いったい誰なんだ? ってことが気になるんだけれども、もう一方で、別にそんなことを気にしてもしなくてもどうでもいいんじゃないの? っていう気分もある。まあ、有名人なら「ああ、あの人も好きなのねえ」ってな気分になるけれども、無名の人だったら、もうどうでもいいもんね、ということなんですね。

 まあ、どうしても知りたければ『週刊現代』に問い合わせれば、もしかすれば教えてくれるかもしれないが、でも結構「週現」も口が堅いんですね。多分、この写真資料提供の条件に「故人の特定はしないこと」なんて条項があるんだろう。遺族としては「ちょっとね」ってなところがあったのかもしれない。

「芸術家」ってなってるんだけれども、どんな類の芸術家なのかはわからない。まあ、多分絵描きさんじゃないかとは思っているんだろうけれども、「絵描きさん」って言っても、今風に言えば「イラストレーター」かな、日本画家とか洋画家っていうんじゃなくて、雑誌や書籍(小説)なんかの挿絵を描いていた、というような。

 で、そんな「芸術家」さんが「仕事の資料に」とかなんとか理屈をつけて、いろいろ購入した「資料」がたまりにたまって、いつしか「鷲尾老人コレクション」という名前で好事家たちの間で有名になった、というところなんだろうな。まあ、その時点では単なる「エッチな爺さんのお楽しみコレクション」みたいなものと認識されていたんだろうけれども。

Photo 『鷲尾老人コレクション』(週刊現代編集部編/講談社MOOK/2017年6月26日)

『鷲尾老人コレクション』の内容は以下の通り。

<目次>
第一章 これが鷲尾老人厳選コレクションだ!
第二章 初々しい女体をコレクション 「昭和」の日本女性
第三章 明治・大正のエロスをすべて見せます 「卵白写真」写真集
第四章 おおらかな昭和の性を描き切った 「昭和風俗秘画」傑作選
第五章 性の解放がここに 衝撃の輸入エロス「洋モノ」の世界
第六章 鷲尾コレクションの女性器

『某芸術家が人知れず蒐集してきた明治・大正・昭和の性風俗写真の数々を大公開。近代日本のエロスの歴史が凝縮された、ここでしか見られない新資料を多数掲載』っていう惹句は多少大げさではあるけれども、まあ、要は昔から「絵画→ヌード」という流れがあるというのと同様に、「写真→ヌード」という風に意識の流れがあるのは、男としての「哀しいサガ」なんだよなあ。と同時にそれがなければ男というものは「単なる生き物」以上の存在にはなれないわけなので、それまた大事なことでもあるのでしょうね。

 写真は現代ではヘアーは写っていても出版には問題はないのでいいのだが、さすがに女性器(まあ、男性器もそうですが)が写っていたりすると、媒体の性格によって捉えられ方が異なってくるので、そこは「黒墨」で覆われていたりする。でも、その写真が載っている章が「鷲尾コレクションの女性器」ってんだからこれまた皮肉ではありますね。まあ、『週刊現代』に掲載されたときには週刊誌っていう媒体の性格もあるし、多少は写真表現に制約がでるのも仕方ないのかもしれないが、単行本になったら、もうあまり気にしても意味はないののなあ。

 それだけ講談社も「お育ちの良い」会社になっちゃったのかしら。

 まあ、はっきり言って、別に騒ぎ立てるほどのヌード写真でもないのに、大げさに騒いで話題にしようって魂胆は大いに買えるんだが、問題は『鷲尾老人コレクション』なるものの、古色蒼然たる有様ではある。

『某芸術家が人知れず蒐集してきた明治・大正・昭和の性風俗写真の数々』って言ったって、その『某芸術家』が誰だかわからないのじゃ、ポイントは大いにずれるわけで、『某芸術家』って言っちゃった時点で、それが単なる「ヒヒ爺」だったかもしれないという可能性があるっていうことを、わかって使っているはずだよなあ『週刊現代』は。

 まあ、そんなことを考えながら、この古色蒼然たるヌード写真の一群を眺めているわけです。

『鷲尾老人コレクション』(週刊現代編集部編/講談社MOOK/2017年6月26日)

2017_10_30

 今日はいい天気。ただし、暑いのか、寒いのかが、病院にいると全く分からない。

2017年10月24日 (火)

レイモン・ドゥパルドン『さすらい』はどこか懐かしい感じのエッセイだ

 巻末に収められている「年譜」によれば「2000年 フランスのヨーロッパ写真美術館で初の大きな個展「回り道(Detours)」が開催される。『回り道(Detours)』と『さすらい(Frrance)』の2冊の写真集が出版される。この年のナダール賞を獲得」とあり、「2012年 彼が主役の映画『旅する写真家――レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス(Journal de France)』をクローディーヌ・ルガレと共同監督、カンヌ国際映画祭のコンペ外作品部門で公式上映される。その後6月に劇場公開。同月、フランス・オランド大統領の公式ポートレートを撮影」となっている。

 最初はこの本と映画が「対」になっている作品なのかと思ったのだが、どうもそうではなく、写真集「さすらい」はそれまでのドゥパルドンの撮影行についての考え方の集大成であり、「旅する写真家」はその本をもとにしたエッセイ映画のようなもの、という考え方になるのではないだろうか。

Erance 『ERRANCE(さすらい)』(レイモン・ドゥパルドン著/青山勝・国津洋子訳/赤々舎/2017年9月1日刊)

 写真撮影者(カメラマン、フォトグラファーから一般カメラマンまで含んだすべての写真者)にとって「さすらい=流離いながら行く撮影行」というのは、ある種の自らの撮影スタイルの理想的な姿であるだろう。そうした理想的なスタイル「さすらい」への憧れに満ちていながら、しかし、現実的にはそれは「行方定めぬ『彷徨』(さまよい)という理想郷とははるかに遠い、誰かクライアントのいるアサインメントの仕事だったりする、その「理想と現実の乖離」といったものについて延々と語っているのが本書『さすらい』であり、その一方、既にかなりの部分で理想の形に近づきつつある「流離い=彷徨い」の姿を、昔の自分の姿と比較しながら語ったのが映画『旅する写真家』なのではないだろうか。 

Photo

『写真家というものは不満を抱きながら仕事をしている。1日に500枚の写真を撮ったとしても、それはたとえば、125分の1秒の500倍にしかならない。全部足してもおそらく2秒ほどにしかなからいだろう。
 写真には、24mmx36mmというフォーマットがある。これは途轍もなく優れたフォーマットで、非常に使いやすい。むしろ安直といえるほどだ。20x25cmという大判のフォーマットもある。こちらはまず対象を眺め、その都度フィルムを装填し、倒立した像を見なければならない。『さすらい』に関しては両者の中間を選んだ。8カット連続して撮れるカメラだ。このカメラでは、光が強くないとうまく撮れない。したがってこれは、強い光のもとでのさすらいである。さすらいは戸外でなされるものだと思うからだ。だが、いま振り返ってみるとき、私にはあの写真家につきものの不満が湧いてくるように思う。今度は24x36mmのライカと50mmのレンズを1本持って旅立ち、世界中を歩きまわろう。そんなことを思ったとしてもなんら不思議ではないだろう。だが、24x36mmであまりに安直な写真を撮りたいわけではない。また、お互いになんの関係もない人々を比較したいわけでもない。私が比較できるのは、ただひとつ、物事を見る私なりのやり方だけだった。いったい、アジアにいるとき、アフリカにいるとき、アメリカにいるときで、それぞれ私のものの見方(ルガール)に違いがあるのだろうか?アフリカに行ってはっきりわかったことがひとつあった。残念だが、私はアフリカ大陸をあまりに知りすぎている、ということだ……アフリカはこの旅の、このさすらいの被写体(シュジェ)にはならなかった』

 とドゥパルドンがこう書くからといって、職業的な写真家がそうである以上、私たちのようなアマチュア・カメラマンが被写体に迫れないことを正当化するつもりはない。撮影主体と被写体(客体)とが一致することなどありえない話なんだけれども、でも、どこかで自らの被写体である「人々」と、撮影者である自分との一体感を感じてしまう一瞬というものがあるということであり、しかし、アフリカ大陸ではそれが叶わなかったというのがドゥパルドンの経験だったということなんだろうか。

 この写真集の面白いところは、見開きページの右側に横書きでドゥパルドンの延々たるエッセイが書かれており、右ページには縦位置でモノクロ写真が並べてあるんだが、当然のように「右ページと左ページは、まったく関係のない関係にある」ということなのだ。約70葉の写真のうち125ページからの10ページが日本で撮影した写真である。

 電柱や電線がそこいらじゅうを走り回っているというのがドゥパルドンにとっての「日本の風景」なのかもしれないが、しかし、街は都心から始まって次第に電柱の姿が減ってきている。街から電柱が(ほぼ)消えた頃にドゥパルドンが再び来日して、そこに何を見るのかが楽しみではある。

 で、このエッセイ集とも写真集とも言えない(言える)本については、まだまだ語りつくせないものがたくさんありそうなので、これからも何度か取り上げていきたい。

 まあ、このフランスらしい『「延々たるエッセイ」風の小説』って、ああそうだ、ゴダールの映画なんだなあ。何故か懐かしい感じがするのは、そのせいか。

R11984922 RICHO GRD @Ikebukuro ©tsunoken

『ERRANCE(さすらい)』(レイモン・ドゥパルドン著/青山勝・国津洋子訳/赤々舎/2017年9月1日刊)

2017年10月14日 (土)

雨の日は写真展を見に行こう

 まあ、別に雨だから見に行ったわけではないが、たまにはそんな気分もいいだろう、ということで東京都写真美術館まで『長島由里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。』という写真展を見に行った。

Photo

 長島由里枝氏と言えば、家族と一緒に撮影したセルフ・ヌードでデビューし、そしてそれが有名になったおかげで、「長島由里枝=セルフ・ヌード」というイメージで世間的には捉えられていた時期が長かった。

 とは言うものの、やはりセルフ・ポートレイトなんかが多い写真家であることは確かで、こうした「撮ることと、撮られることが一致した写真」っていうものが分からない私には、どこかそれは難解な写真なんじゃないかと勝手に思っている部分がある。

 まあ、実際には難解でもなんでもなくて、まあ普通にカメラを持って、何かを撮ろうとしたら、そこに自分の裸があった、っていうくらいのものなのかもしれない。

 それが「自撮り」写真がなくなってくるのが、アメリカに行って撮影を始めてからなのはなぜなのだろうか。

 その自撮り写真がなくなってきたな、と思ったら子どもができて、妊娠、出産を経て再び多くみられるようになる。

 もしかすると、それは「男が見る性の対象としての女の裸」というものが一方にあって、もう一方にその対極としての「ただの自分の裸」というものが「女には」あるのかもしれない。

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 そういう意味では、彼女のデビュー作となった「家族と一緒に撮影したセルフ・ヌード」というものに、何かの意味を見つけられるかもしれない。通常の男と女の間にはア・プリオリな関係以上に、そこには「性」の問題がからんでくる。それが「家族」となってしまうと、例えば親子の関係の中では、一切「性」という問題はからまなくなってくるのではないだろうか。勿論、「父と母」の関係の中には明確に「性」の問題はあるし、その結果としての「親子」ということはあるんだが、でも親子の間では「性」の関係は一切なくなる。

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 別に「女」だからといって、殊更に「性」の問題を俎上にあげる気はないのだけれども、すぐにそちらのほうに考えが及んでしまうというのも、まあ、私がまだまだ修行ができていないということなのかもしれないなあ。

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NIKON Df AF Nikkor 20mm f/2.8 D @Yebisu ©tsunoken

2017年8月28日 (月)

『風味さんのカメラ日和』の舞台が高崎であると決めつける理由

 シリーズものの多い柴田よしきさんである。主人公の出戻り娘(ったって独身、単に東京から故郷に戻ってきたっていうだけ)、若木風味さんと、売れないプロ写真家、知念大輔さんの仲はロマンスまで発展するんだろうか。

 まあ、当然シリーズ第一作としてはそこまで発展はしないのだろうけれども、それこそ発展しなかったら、読者として「怒っちゃうぞ!」

 東京でBL作家としてそこそこ暮らしていた主人公の若木風味さんなのだが、イマイチその立場にもなじめず、実家である蛍山市にある洋菓子屋に出戻って、文学賞の新人賞を狙って再度挑戦しようという主人公。

 ところで蛍山市ってどんなところ? っていうことなんだけれども……

『東京まで(渋滞がなければ)一時間、電車でも新宿まで急行で四十分、つまり都心に通勤可能な田舎、である。なのでそこに生まれ育った人たちは、文化的な施設がほとんどないことに気づいていない。文化の香りが嗅ぎたくなれば都会に遊びに行けばいいからだ。だが移住者たちは、都会に出なくてもいい生活、を求めていた。通勤は仕方ないとしても、日曜日まで東京に遊びに行くくらいなら移住なんかするかよ、ということだ』

 という程度の田舎町だ。つまり、埼玉県の奥の方か茨城・栃木・群馬あたりの埼玉県との境目に近い南の方っていう、まあ、言ってみれば「中途半端な」田舎町ってところだろうか。ということで、ここではその街を高崎市と決める。

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 柴田よしきさんは東京の下町出身らしい、なので、彼女が描く「中途半端な田舎町」というのがどこだかは分からない。が、少なくとも県庁所在地ではないだろう。宇都宮や水戸、前橋っていうのは県庁所在地としてそこそこのプライドがある、でも、そんなプライドはないけれども、でも田舎、でも県庁所在地よりは都会に近い、ってことでまあ変なプライドだけは持っているっていう、ということで、ここでは高崎にしてしまうのだ。

 そんな中途半端な田舎町で写真講座を開いているのが、 売れないプロ写真家、知念大輔なんだが、基本的にフリーランスのフォトグラファーなんて食えない商売の代表格だ。

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 で、この出戻りBL作家と売れないプロ写真家の出会いがこれだ。

『「……ということで、あとどのくらいバッテリーが持つかは、このマークでわかるわけです」 講師の知念は、バッテリー残量を示すマークをホワイトボードに描いて示した。下手だ。カメラマンになるくらいの人だから絵的センスは高いと思うのだが、センスと技術はやはり別物なのだろう。
 風味は、欠伸を嚙み殺した。退屈だー。やっぱこんなこと、引き受けなければよかった』

『いくら「はじめて教室」でも。しかも大胆にも、一年間の講座が終了する頃には一眼のカメラで写真を撮って、写真展をやります、なんてパンフレットに書いてある。バッテリーマークの説明から始まって写真展まで一年で到達させようというわけだ』

 まあ、でもデジタルカメラでの撮影の基本といえば「予備のバッテリーとSDカード」っていうのは定番なわけだから、アナログカメラで必ず予備のフィルムを持っているっていうのと同じ、それ自体は基本にかなっているのだ。

 まあ、申し訳ないけれども、若木風味と、そして筆者の柴田よしきさん自身も、まあ、カメラについては「シロウト」という前提で話を進めます。

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 で、これから若木風味さんと知念大輔さんの関係はどうなっていくんだろうか。

 それまでに、この「蛍山市」ってのが、実はどこにあるのだろうかという謎が解けるんだろうか。う~ん、難しいな。

 まあ、小説なんで、別にどこの都市でもいいんですけどね。ところが写真をやる身になってみると、その小説に描かれた場所は実際はどんなところだろう……、って気になっちゃうんですよ。

『風味さんのカメラ日和』(柴田よしき著/文春文庫/2017年8月10日紙版刊・2017年8月20日電子版刊

NIKON Df AF Nikkor 50mm f:1.8 G @Takasaki ©tsunoken

2017年8月 8日 (火)

『よい写真とは?』うーん、そんなの分かんないよ

 面白いのは、撮影現場で思いついた「上手い写真や深い写真を撮るための、単純で解りやすく、汎用性があり、ヒントになるようなシンプルで短い表現」、「忘れないうちに現場でスマホからツイートした文言がこの本の原型」なんだけれども、なんでそれが「百八」という、日本独特の数字なんだろうということ。ただし、掲載されている写真は六十三点、百八点じゃありません。

 そのすべてがいかにもハービー山口氏らしい「優しいまなざし」なんだけれどもね。

 うーん、そこまで写真を撮るという行為が、実は今や日本だけで通用する儀式みたいなものになっているんだろうか。世界市場における「デジタル・フォト」と「アナログ・フォト」のシェアがどうなっているのかは知らないが、こんなアナログフォトグラファーが生きているのって、日本だけなのかも。まあ、ハービー氏もアサインメントの仕事ではデジタルなんだろうけれどもね。

Photo『良い写真とは? 撮る人が心に刻む108のことば」(ハービー山口著/スペースハワーブックス/2017年3月31日刊)

 で、いくつか気になった、というか気に入った、というかまあ「なるほどね」と思った言葉が以下の通り。

5 『女性のポートレイトは写真家からのラブレター、男性を撮った写真は自分のヒーローやライバルへのファンレター、子供の写真は未来予想図、老人の写真はその国の歴史を物語っている』

 そうかなあ、まあ「女性のポートレイトは写真家からのラブレター」というのは、わからないでもないが、すべての写真がそういうものでもないでしょう。

16 『ポートレイトの場合、被写体と撮影者の関係性が見えてくる写真。つまりその撮影者にしか見せない表情をとらえた写真。言い替えれば、その撮影者にしか見えない表情をとらえた写真』

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34 『とにかく自分の写真を続けること。立派な写真家になるという自分の未来像を希望と共に胸に描き、カメラを抱き締めることです。でもその中で自分の写真の課題や価値を誠実に指摘、評価してくれる人や、撮りたい人やものに出会うことが心の支えになりますね』

 まあ、それしかないもんなあ。フォトグラファーの心の支えって言ったら。

26 『初見から一日経っても、一週間経っても、一年経っても自分の中で熱い感動がさめない写真。その一方で。日々消費される写真もあるのですね』

27 『逆に初見から一週間、一年経って、または数年後に、その写真の良さがやっと理解できる場合だってあり得ます』

 う~ん、そうなっちゃうと「何を心の支え」にして写真を撮ればいいのだろう。

61 『「写真に季節があるとしたら?」「春と秋が好きです。だって、春には希望が写り、秋は寂しさが写るから!」』

62 『「それでは、夏と冬は?」「夏は色気が写り、冬は背中に人生が写るんだ!」』

 おお、言い切っちゃいましたね。まあ、ハービーさんらしいって言っちゃえばらしいんだけれどもね。

 でもハービー山口氏としては、結局はこの言葉に行きついちゃうんだなあ。

80 『テーマは大切と言いながら特に意識しなくても、何かに出会った時、自分の過去やこだわり、知識や嗜好、センスが正直に化学反応してシャッターを切るのだから、結果的に自ずと何を撮りたかったのかを知ることになりますね。「撮りたいものは全て撮れ! それがパンクだ!」に行き着くんでしょうか』

 そうか、そうきたか。ということは、それの元がp88-89写真のキャプションなのか。

『ロンドンの地下鉄、セントラルラインのホームで恐る恐る声を掛けたジョー・ストラマーさん。電車が停車しブレないタイミングです。撮れた! という実感がありました。ドアが開き。去り際に「撮りたいものを撮るべきだよ。それがパンクなんだあ」と話してくれました。1981年』

 って、何が「パンク」なのかよくわからないが、何となく「パンク」と言っているシチュエーションだけが伝わってくる。う~ん、ロックだなあ。ロンドンだなあ。

58 『ポートレイトを撮る際、頭上にスペースをとると希望が写り、靴や足下まで入れるとリアリティーが写る。横位置は被写体の周囲の状況を説明し、縦位置は被写体の本質に迫る』

 で、その「パンクな」p88-89の写真がコレだ!

R11983242 ©Herbie Yamaguch

 う~ん、なにが「パンク」なのか、私には分からない。

『良い写真とは? 撮る人が心に刻む108のことば」(ハービー山口著/スペースハワーブックス/2017年3月31日刊)

2017年5月15日 (月)

ふたつの『さっちん』

 最近は電子書籍ばっかりになってしまって書店に行かなくなってしまったと思われている私なのだが、決してそんなことはない。最近どんな本が出版されているのかを見るのに書店ほど便利な場所はないので、結構書店には足を運んでいる。

 が、考えてみれば新書やノンフィクションなどの書架・平積みは見ているが、そういえば、写真集関係の棚は、東京都写真美術館のミュージアムショップなどに行くことはあっても、書店ではあまり見なくなっているなあ。いかんいかん、ということなのでこの『さっちん』2017年2月28日刊というのが出たのは知らなかった。

 たまたま、最近、池袋の三省堂に行って見つけたのである。

Photo 『さっちん』(荒木経惟著/河出書房新社/2017年2月28日刊)

 荒木経惟氏は1964年(昭和39年) - 写真集「さっちん」にて、第1回太陽賞受賞によって世に出て、まさしく彗星のようにデビューしたフォトグラファーである。その1964年に刊行された『太陽』の復刻版(というか雑誌版の復刻書籍)が今年、出たのだ。

『東京オリンピックのあった1964年に、平凡社の第1回「太陽賞」を受賞して、受賞作を雑誌にグラビアで載せるって言われたんだけど、当時グラビア印刷はネガで入稿だとかで、紙焼きじゃなくてネガを編集部に渡した。そうしたらそれっきり、返ってこない』(平凡社版『さっちん』「あとがき」より)

 ということなので、私たちは「荒木経惟氏は平凡社「太陽賞」受賞でデビュー」ということは知っていたけれども、肝心の「さっちん」オリジナル版は見たことがないのだ。

 以前、唯一観たことがあるのが新潮社フォトミュゼ版「さっちん」だけなのだ。

『太陽賞に応募したとき、ネガを渡したんだけど帰ってこない。だからこの本は受賞の作品そのものではない。いやー、でも応募してない分の方が乱暴で元気だね。画面からはみ出てる。木村伊兵衛っていう人はなかなかな目利きでさ、太陽賞とったときに「このままいくと、紙芝居になっちゃう」って言ってるんだよね。正しい。おれもそう思う。というのはね、20点から30点でまとめろっていうコンテストなのよ。そうするとどうしても、1枚に要素がいっぱいはいっていないと、いっぱい語れないわけだよ。だから、選びがその方向になっちゃう。100枚くらいだったらさ、ここはこう息抜くなんてできるじゃない』(新潮社フォトミュゼ版『さっちん』「のぶちんが「さっちん」を語る――あとがきにかえて」より)

 ということなので、新潮社フォトミュゼ版『さっちん』の奥付ページには……

『本書は、千葉大学在学中の約一年間(1962年頃)に撮影された作品です。「アパートの子供たち」と題された膨大なネガ・フィルム、および、荒木氏自製のスクラップ・アルバム「さっちんとマー坊」の中から1964年・第1回太陽賞受賞作「さっちん」の写真を一部含み再編集しました』

 という但し書きが載っている。

 つまり、本来の「さっちん」に収録すべき材料はすべて新潮社フォトミュゼ版に収録されていて、その中から太陽賞として選ばれた作品群が平凡社版に掲載されているっていうことなのか。

 まあ、両者を比較してみると、確かにすべての要素は新潮社フォトミュゼ版に含まれていて、言ってみれば、そのエッセンスとして<さっちん>だけに拘って編集されたものが平凡社版らしいってことになる。

 まあ、同じ値段(税別1600円)なので、どちらを手に入れるかは読者の指向次第。

 コストパフォーマンスで見るなら新潮社フォトミュゼ版だし、太陽賞の考え方を見たいのであれば平凡社版でということになるのだろう。

 私のように両方買って見比べる必要は……、まったくありません。

Photo 『さっちん』(荒木経惟著/新潮社フォトミュゼ/2004年11月20日刊)

『さっちん』(荒木経惟著/河出書房新社/2017年2月28日刊)

『さっちん』(荒木経惟著/新潮社フォトミュゼ/2004年11月20日刊)

2017年3月16日 (木)

写真で綴る「文の京」

『写真で綴る「文の京(ふみのみやこ)」』という写真集の刊行を記念して、文京シビックセンター1階にあるギャラリーシビックで「文京区制70周年記念事業 文京区史写真集刊行記念 写真パネル展」というものが昨日から開催されているので行ってきた。

2文京区制70周年記念 写真で綴る「文の京」 歴史と文化のまち』(編纂・発行:文京区/2017年3月15日刊)

 私が文京区に移り住んでかれこれ二十数年経つ。講談社に入社してからは42年経つので、40数年前から文京区とは関わって生きてきたんだが、より深く関わるようになったものの、自分が住んでからの本駒込周辺の事には疎かったので、こうした写真集が出るのはありがたい。

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 写真集には約680点の写真が収録されているが、それに掲載されているもの、掲載されていないものなど105点が写真展では展示されている。

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 おお、私の家の傍の上富士交差点じゃないか。三菱銀行がある場所は今はイトーピアというマンションになっている。

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 天祖神社のお祭りの写真もある。都電が懐かしいねえ。

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 写真展は19日(日)まで。勿論、(大日本雄辯會)講談社も当然、載っています。最初は団子坂にあって、今は音羽なんだからね。両方とも文京区であります。

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 写真集は芳文堂(春日二丁目)、誠信堂書店(大塚四丁目)、成文堂江戸川橋店(関口一丁目)、南天堂書房(本駒込一丁目)、文教堂グリーンコート店(本駒込二丁目)、往来堂書店(千駄木二丁目)、文明堂書店(千駄木五丁目)、塚本書店(西方二丁目)、あおい書店春日店(本郷四丁目)、森井書店(本郷六丁目)、棚澤書店(本郷六丁目)、柏林社書店(本郷六丁目)、文京堂書店(湯島二丁目)、ラムラ芳進堂(飯田橋駅ビル内)、明正堂アトレ上野店(上野駅ビル内)、成文堂巣鴨駅前店、文京区行政情報センター(シビックセンター2階)および写真展開催中は会場にて販売中。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f1:2.8 D @Bunkyo Civic Center ©tsunoken

2017年1月12日 (木)

「and STILLNESS」

 乃木坂にある本屋さん兼ギャラリーのブックス・アンド・モダンで写真家ハービー山口の写真展「and STILNESS」を開催中だ。

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 実はこれはブックス・アンド・モダン・レーベル初めての写真集ハービー山口「and STILLNESS」の刊行を記念して行っている写真展なのだ。

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 ハービー山口は私と同年代の写真家で、若くしてロンドンに移住し、ミュージシャンなどのアーチスト写真を撮っているうちに、レコードやCDジャケットの写真家として有名になってしまった。

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 日本人アーチストも数多く撮影しているんだが、しかし、私にとってはやはり『僕の虹、君の星』という写真+エッセイ集の表紙写真‟手前にやせぎすの女の子がショーツだけで立っていて、それを眩しそうに見ている弟のような男の子”の写真の、強烈で、鮮烈で、しかし清潔な写真を撮ったフォトグラファーなのだ。

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 そのハービーが、1985年、まだチェックポイント・チャーリーがあった頃のベルリンから、ビロード革命の最中、それからそれを経た東ヨーロッパ(チェコ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア)で撮った写真の写真集が「and STILLNESS」なんだ。まあ、我々の年代にとっては、ソビエト崩壊前からの状況は知っているだけに、それが崩壊したときのショックも大きかったし、逆に崩壊後の東ヨーロッパに対する興味も深かったわけで、私も、仕事でニースに行った後に、いろいろ理由をつけてブルガリアのソフィアに行ったのもこの頃ではなかったろうか(まあ、それにはある映画プロデューサーの思惑もあったんだけれどもね)。

 写真集を見ながらいろいろ考えさせられることの多い写真集であることには違いはないが、ここでハービーの写真の特徴がこの写真集にも表れていて、それは、子どもたちに対する優しい視線とでもいうべきものである。

 これだけは、変わらぬハービー山口の視線なんだな。

 で、この写真集「and STILLNESS」をブックス・アンド・モダンで買おうとしたらサンプルしかない。ギャラリーの持ち分は全部売り切れてしまったそうだ。

 で、ギャラリーの人に聞いたら、「自分の店の分は完売なんだけれども、代官山蔦屋にあるかもしれない」と言ったら、他のお客さんが「昨日行ったら4冊ありましたよ」ってなもんで、早速代官山蔦屋へ行って、4冊あったので買い占めちゃおうかなとも思ったのだが、それも大人げないんで1冊だけ買ってきた。

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 もし、この写真集についてお問い合わせがしたければ、ブックス・アンド・モダンまでご連絡ください。まあ、バック・オーダーが増えれば増刷ってこともあるかもしれない。

『僕の虹、君の星――ときめきと切なさの21の物語』(ハービー山口著/マーブルトロン/2010年8月30日刊)
NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Nogizaka Minato ©tsunoken

2016年12月27日 (火)

「ストリートスナップの魔力」って、何だ?

 六本木は飯倉片町交差点のそばにAXISというビルがあって、その3階にIMA CONCEPT STOREという写真のギャラリーと写真集専門の書店がある。

 そのIMA CONCEPT STOREの運営会社である株式会社アマナが発行する写真季刊誌が「IMA」で、その最新号の特集が「ストリートスナップの魔力」である

Dsc_00672 『IMA LIVING WITH PHOTOGRAPHY Vol.18 2016 Winter』(株式会社アマナ)

 特集は「MDF 伊丹豪」「END. イーモン・ドイル」「UNtitled オスカー・モンゾン」「Italia o Italia フェデリコ・クラヴァリーノ」「The Random Series ミゲル・アンヘル・トルネロ」「ZZYZX グレゴリー・ハルペーン」という6人の写真家の作品とインタビューで構成されている。

「ストリートには不思議な魔力がある。
 いや、魔の時間があるといった方がいいかもしれない。
 それはときに、決定的瞬間ともいい換えられる。
 写真家は、その不思議な時空の歪みをとらえる魔術師だ。
 街を彷徨する彼らには、はっきりと‟それ”が見えるのだ。
 ‟それ”は必然のように、向こうから寄ってくるのだ。

 ストリートは、人のドラマで満ちている。
 ストリートには、奇跡が溢れている。
 ストリートには、すべてがある。
 だから、いつの時代も、どんなふうに形を変えても、
 ストリートスナップは私たちを惹きつけてやまない。」

 というのが特集の惹句。

 まあ、そんな風な言い方をしなくても、ストリートスナップというのは街写真の始祖ジャン=ウジェーヌ・アジェから始まって現在に至るまで、写真の基本であり、そして集大成でもあるのだ。そこには日常写真から決定的瞬間まですべての写真の要素が詰まっている。

 私も毎日の外歩きには必ずカメラを持参し、街を切り取って歩いている。私の目標は森山大道氏であり、荒木経惟氏であり、どうやったら森山氏や荒木氏のような写真が撮れるのかを毎日の模索写真でもって考えているのだが、未だにその答えは出てこない。

 というよりも、多分そうやって森山氏や荒木氏の写真を自分の写真の中で実現しようとしていること自体が、森山氏や荒木氏のような写真が撮れない原因なのかもしれない。

 つまり、「何物でもない」写真を私が撮れた時こそが、初めて森山氏や荒木氏のような写真が撮れた瞬間なのかもしれないのだ。いつまでも、森山写真や荒木写真を求めているような状況では、決して森山写真や荒木写真を凌駕できる写真は撮れないじゃないかってことで……。

 伊丹豪、イーモン・ドイル、オスカー・モンゾン、フェデリコ・クラヴァリーノ、ミゲル・アンヘル・トルネロ、グレゴリー・ハルベーンという写真家を私は知らない。

 しかし、私にとっては彼等が私のライバルかもしれないし、もしかしたら私の師かもしれないのだ。

 そうやって、「何物でもない」写真を求めて毎日の外歩きをしているのだが、でもそんな「何物でもない」モノを求めること自体が、これまた「何物でもない」モノを求められない理由なのかもしれない。

 とまあ、そういうグルグル回る思考の中で、つまりは私の毎日の写真行があったりしているのである。

 う~ん、進化しないなあ。

 グルグル回るだけだなあ。

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2016年8月 3日 (水)

『Magnam Photos』はマグナムのカタログでもあるんだな

 昨日は小池百合子新東京都知事の初登庁から記者会見まで(テレビで)付き合っちゃって、夕方からしか外出していないので、6,000歩ちょっとしか歩いていない。どうした「毎日10,000歩」は?

 でなことはどうでもよくて……。

 マグナム・フォトはアンリ・カルティエ=ブレッソン、ロバート・キャパ、ジョージ・ロジャー、デヴィッド・(シム)シーモアの4人によって設立されたフォト・エージェントである。写真通信社っていているけど、写真エージェントというほうが正しいよな。

Photo 『マグナム・フォト Magnam Photos』(野村春久訳/創元社/2011年7月20日刊)

『第二次世界大戦と呼ばれる黙示録が終わった2年後、マブナム・フォトは創立された。この世界で最も権威のある写真通信社は、戦争によって傷つきそして世界はかろうじて生き延びたという安堵感とこの世界にまだ残されているものを見たいという好奇心に動かされた4人の写真家によって作られた。彼らは人間としてまた写真家としての独立した性質とマグナムを規定し続けているレポーターと芸術家の特異な混合を反映するためにマグナムを設立し、見られたものだけでなく人がそれを見る方法も強調した』

 アンリ・カルティエ=ブレッソン『キャパは私に言った。『シュルレアリストの写真家のレッテルを維持するな。フォトジャーナリストであれ。もしそうでないならお前はマニエリスムに落ちいるだろう。お前の小さな胸にシュルレアリストは秘めて置け。友よ、躊躇するな。行動せよ。』この助言は私のヴィジョンの分野を拡大した』

 ジョージ・ロジャー『かれは速くて使うのに静かな小さなカメラのユニークな性質、そしてまた戦争が生んだ感情過剰と接触した時代に私たちが獲得したユニークな性質を認めた。彼は小さなカメラと大きな心のこの結合に私たちの未来を見た』

『主にパルとニューヨークを基点とし、さらに最近ロンドンと東京オフィスが加わった通信社は、ふたつのかなりラディカルな方法で、因習的な実践から離れた。それは創立者マリア・アウスナーとリータ・ヴァンデヴァートを含むスタッフがダイレクトに写真家を支え、作品を出版する出版社ではなく著作権がイメ0ジの著者によって保持される会社として設立された。これは写真家がある場所の飢饉をカヴァーすることを決定すること、「ライフ」にその写真を発表すること、そして「パリ・マッチ」や「ピクチャー・ポスト」などの他の国の雑誌に写真を売ることができること、また契約がなくても彼らに特に霊感を与えたプロジェクトで働く手段を写真家に与えることを意味した』

 つまり、マグナム・フォトが設立されたころは、まだ写真の著作権が写真家にあるなんていう現代の常識は確立されてはおらず、結局、その写真が掲載された雑誌にすべての権利が存在するっていう時代だったのだ。そこにマグナム・フォトは「写真家の著作権」を掲げて登場したわけだ。

 しかし、当時はグラフ・ジャーナリズムが全盛の時代だ。写真家が世界のどこかに行って写真を撮ってくれば、それを発表する媒体はいくらでもあった時代だったのだ。

『創立後5年間にマグナムはまた才能のある新しい写真家たちを会員に加えた。イヴ・アーノルド、バート・グリン、エリック・ハートマン、エレック・レッシング、マルク・リブー、デニス・ストック、クリン・タルコスである。リブーはすぐに中国を撮ったパイオニア的写真家であるカルティエ=ブレッソンのあとに続いた。それは生涯の関心となった多くの旅の最初だった。アーノルドはブラックムスリムの写真の記憶に残るシリーズを撮った。一方タコニスはアルジェリアの独立戦争をカヴァーした。そしてすぐにルネ・ブリ、コーネル・キャパ(ロバートの弟)、エリオット・アーウィット、インゲ・モラスが参加した。通信社は成長した。しかし、悪い方向に進んでいるという感じがあった』

 1970年代まで、まだまだ雑誌は写真家にとってはメインステージだった。

 しかし、その後次第に雑誌が写真家のメインステージではなくなっていく。

『マグナムの写真家たちがテクスト、本、展覧会のデザインの実験を始めたとき、彼らの写真言語もまた進化し始めた。多くの人々にとって、マグナムの創立者たちが信じた直截的な証言は、おはや写真を写真家の視点を犠牲にして編集者とアート・ディレクター、政治家と映画スターの視点を例証するためにますます使うようになったメディアの浸透した世界では十分ではなかった』

『マグナムの過敏な全ての個性とともに、また異なった見方の試みに内在するあらゆる困難とともに、通信社が50年間いかに苦労して生き延びてきたか、多くの人は不思議に思っている。非常に少数の会社がその長寿のために注目されている。その特異性において、また保守主義の拒否において、マグナムは他の写真家たちに与えた彼の痛烈なメモのひとつで言った。「永久の革命をいきよ……」』

 ということで、本書にはABC順に72名のマグナムに参加している写真家の写真が、一人一葉ずつ掲載されている。

 そのうち一人だけ日本人の写真家のものが載っている。

 久保田博二、1939年生まれ、小田原に住む。1962年早稲田大学政治学科を卒業し、研究を続けるためアメリカへ行った。1965年からフリーの写真家となり、1968年日本に住むために帰国。1978年に北朝鮮、翌年に中国を写真に撮り始めた。日本で、1970年の講談社出版文化賞、1982年の日本写真家協会最優秀賞、1983年の毎日芸術賞を含む多くの賞を受賞。ほとんどのアジアの国で写真を撮り続けており、特に人口の爆発の結果、貧困、世界の急成長する地域における環境破壊に興味をもっている。最近の本は、日本を撮っている。

 1971年マグナム参加、1986年から会員である。

『マグナム・フォト Magnam Photos』(野村春久訳/創元社/2011年7月20日刊)

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