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音楽

2017年2月26日 (日)

音楽の愉しみ~Le Plaisir de la musique~

 昨日は銀座王子ホールまで「大澤美穂ピアノリサイタル ~音楽の愉しみ Le praisir de la musique~」というのを見に(聴きに?)行った。

 なんか西東京フィルハーモニーとか、クラシック音楽に親しんでいるような日々だなあ。本当はジャズやポップスの方が好きなんだけれどもね。

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 大澤美穂さんってどんな人なんだろうか。

『大阪府出身。
 桐朋学園大学音楽学部卒業後、同大学研究科を経てブリュッセル王立音楽院マスターコース卒業。これまでピアノを畑彰子、山田富士子、アンドレ・デ・グロート、エフゲニア・ブラギンスキー、ラザール・ベルマンに師事。 1994年第10回園田高弘賞ピアノコンクール第2位、大分県知事賞受賞。1995年第47回ブゾーニ国際ピアノコンクール(イタリア)ファイナリスト並びに「ブゾーニ作品賞」受賞。1998年ベッツィ・ディオングル賞ピアノコンクール(ベルギー)第1位受賞。2001年第3回安川加寿子記念ピアノコンクール第2位受賞。
 ブリュッセル留学中にはベルギーを中心に欧州で演奏活動を行い、2000年の帰国記念リサイタル(大阪)を機に国内での本格的な演奏活動を開始。これまで東京文化会館小ホール、カザルスホール、ザ・フェニックスホール、イシハラホール等において幅広いレパートリーによるリサイタルを行う他、「ノクターンとショパン」、「ショパンの作風の変化」、「ベル・エポックの記憶」(フランス音楽)、「ショパン&シューマン生誕200年記念」などの様々な企画リサイタルを行い、いずれも好評を博してきた。
 2001年、2003年、2005年にはベルギー各地にてリサイタルを行う。2007年2月にはNHK総合 プレミアム10「ピアノ 華麗なるワンダーランドへようこそ」に出演。現在はソロ活動を中心に、室内楽、歌曲伴奏、オルガン演奏、TV、映画などでも演奏を行うなど、幅広い演奏活動を続けている』

 と言う人。まあ、この辺は私にはわかりません。

2

 でも、なかなか美しい人でしょ。

 演奏したのは……

〇モーツァルト

 ピアノソナタ 第11番 KV331「トルコ行進曲」
 第1楽章 アンダンテ グラツィオーゾ
 第2楽章 メヌエット
 第3楽章 アラ・トゥルカ アレグレット

〇ショパン

 ノクターン 第1番 作品9-1
 練習曲 作品10より 1番、5番「黒鍵」、3番「別れの曲」、11番、12番「革命」

〇サティ

 ジムノペディ 第1番
 グシエンンヌ 第2番

〇シューマン

 謝肉祭 作品9
 全作品20曲の小品が入っている。

 というもので、約2時間のコンサートでした。

Photo

 CDも出ています

 う~ん、なんでこの大澤美穂さんのコンサートに入れあげているのかって?

 まあいいじゃないですか。同じマンションに住ん出る人の応援をしたって。

2017年1月29日 (日)

西東京フィルハーモニーオーケストラ

 西東京フィルハーモニーオーケストラというのがあって、昨日その第22回目の定期演奏会が行われたので、聴いてきた。

 といっても、私がそんなクラシックの音楽を聴いてもその良し悪しは分からない。

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 指揮は神田慶一氏。といっても、神田氏も私は知らない。

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 西東京フィルハーモニーオーケストラというのは、元々はここ西東京市(保谷)に「こもれびホール」というのが西東京市保谷庁舎の隣にできたのがきっかけでできたアマチュアの管弦楽団だ。年に2回のこもれびホールでの公開コンサートの他、市の催事とか地域の小学校や各種施設でのコンサートなども行っているようだ。

 私が何故この西東京フィルハーモニーオーケストラに関わるようになったのかと言えば。その代表に西田克彦氏がいるからなのです。実は西田氏は元々NECの社員で、一時期キングレコードにもかかわっていたことがあるそうで、その西田氏と私の接点は映像ソフト協会(JVA)なのでありました。

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 で、この人が西田克彦氏。パートはホルン。

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 昨日の演目は

1曲目 ラヴェル「高雅で感傷的なワルツ」

2曲目 ボロディン「交響楽第2番」ロ短調

3曲目 ストラヴィンスキー「火の鳥」1919年版

 の3曲。

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 その3曲の後、短いアンコール曲があってコンサートは終了したのでした。

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 で、ホルン奏者って、一方で息を吸いながら、その一方でホルンを演奏できるって知ってました?

 普通は知らないよね。でも、そうなんだってさ。

 なんでそんなことができるのかは知らないけれどもね。

Fuji Film X10 @Hoya © tsunoken

2013年2月23日 (土)

ガトー・バルビエリとカルロス・サンタナのコラボってすげえ

 ガトー・バルビエリとカルロス・サンタナってジャズとロックの人なんだけど、ともに「ラテン」というくくりがある。そのふたりのコラボレーションがすごいことになっていることがつい最近まで知らなかった。

http://www.youtube.com/watch?v=fUoYZXZOtrg&playnext=1&list=PLVeBm8he8BNarOyWaW3tVnJwMRAYjcYjZ&feature=results_main&ytsession=XOKMnV2xdPMuTS3Ug3f1vNVXAorRN7TjycaQ4lgGciNgHrS7S8wUFD18YzFAeCmCrjcZyVOgvw42ET8oFywgCwUAIM3Us2OSaKTHg2JsB_ctFxtTSxRNWCU1ShwJxSwmqon7_ndXEV_iw9A9ld9c6NhfxGsK5u2oL35vslGYmWXb3537f2muGazwe_80iXtMKNMBfGHNgLuHghvKLgw7LpYT7wPTsR6sG7Qos16eAI8

 1947年生まれのカルロス・サンタナと1932年生まれのガトー・バルビエリではあまり接点はないのかと思っていたら、そうかお互い「ラテン・アメリカ」という繋がりがあったんだな。要はラテン・ジャズとラテン・ロックの繋がりか。

 まあ、「Eupoa」のアドリブは最終8小節だけってのは知ってたのだが、それがこれだけ豊かない表現になるのかってのは、ミュージシャンだけの世界だな。

 取り敢えず、この演奏はイイ。

2012年11月21日 (水)

松任谷由実40周年記念アルバム『日本の恋と、ユーミンと。』

 松任谷由実のデビュー40周年記念アルバム『日本の恋と、ユーミンと。』初回限定盤(DVD付き)を買った。

『日本の恋と、ユーミンと。 The Best Of Yumi Matsutoya 40th Anniversary』(松任谷由実:作詞・作曲/EMI Music Japan/2012年11月20日刊)

 40周年だから、デビュー年は1972年。1972年にかまやつひろしプロデュースのシングル『返事はいらない』を出して300枚しか売れず、1973年に『ひこうき雲』を出して、多少は業界的には注目されてきたところだろうが、世間的に注目されたのは1975年の『あの日にかえりたい』の大ヒットだろう。

 私も荒井由実の名前を知ったのは、この『あの日にかえりたい』であって、その直前にヒットした『「いちご白書」をもう一度』の作詞・作曲が荒井由実だったことを知ったのは、この『あの日にかえりたい』のヒットの後だった。

 このバンバンが歌った『「いちご白書」をもう一度』の作者が荒井由実という小娘(と言っても私とたいして年は違わないんだけれども)だったというのがショックで、なおかつ『あの日にかえりたい』という、その当時としては(論理的には)絶対に同意してはいけない雰囲気の歌詞なんだけれども、何故か気分にしっくりくる歌詞を作ってきた人に対する興味は当然湧いてきたわけである。

 ということで、私は人には言わないけれども、いわば「隠れユーミン・ファン」であったわけです。ただし、「ユーミン」という呼び方は嫌でしたけれども。「アライ・ユミ」でいいじゃんかよ、という感じで。

 荒井(松任谷)由実の歌の良いところは、同じ「ニューミュージック」とか「ジャパニーズ・フォーク」とか言われてた世界からの出身なんだけれども、その「四畳半フォーク」と言われてた叙事的な、言い方を変えれば「貧乏臭さを売り物にした」フォークソングの世界から、そうじゃない世界があるということを示してくれた音楽ではあったわけだ。どうしたって日本人は世界では中流なんだから、中流の歌を歌うしかないんじゃない? という提案もあったのかも知れない。彼女の出自からもして。

 更に彼女のノン・ヴィブラート唱法は、それまで日本では語尾を伸ばせば皆ヴィブラートしていたのが、そうじゃない歌い方もあるのだということを知らせてくれた訳だ。実は、我々は既にアメリカのポップスの歌い方ではノン・ヴィブラートが普通だってのは知っていたのであるが、それを初めて日本で遣ったのが彼女ということ。

 何か、既成の音楽が嫌だからジャズやロックに(多少は無理しながら)行っていた気分を、邦楽に戻してくれる気分があった。そんな荒井由実ではあったのである。

 まあ、確かに八王子の呉服屋さんのお嬢さんと、慶應ボーイの恋愛であり、それを最初の頃はモチーフとしていた荒井由実の曲がカッコ良くないわけはないというものだった。

収録曲はDISC 1『やさしさに包まれたなら』『守ってあげたい』『卒業写真』『Hello, my friend』『DOWNTOWN BOY』『恋人がサンタクロース』『ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ』『ルージュの伝言』『Sunny day Holiday』『魔法のくすり』『acacia(アカシア)』『青いエアメイル』『時をかける少女』『ベルベット・イースター』『12月の雨』『A HAPPY NEW YEAR』、DISC 2『真珠のピアス』『あの日にかえりたい』『海を見ていた午後』『中央フリーウェイ』『埠頭を渡る風』『ノーサイド』『青春のリグレット』『BLIZZARD』『幸せになるために』『シンデレラ・エクスプレス』『DANG DANG』『わき役でいいから』『14番目の月』『翳りゆく部屋』『水の影』、DISC 3『リフレインが叫んでる』『ダイアモンドダストが消えぬまに』『真夏の夜の夢』『ANNIVERSARY』『Happy Birthday to You~ヴィーナスの誕生』『WANDERERS』『ガールフレンズ』『哀しみのルート16』『SWEET DREAMS』『カンナ8号線』『DESTINY』『ダンスのように抱き寄せたい』『ひこうき雲』『青い影/Procol Harum feat. Yuming』の全46曲。プラス初回限定盤では荒井由実時代のPVから最近のコンサートDVDの抜粋版約1時間が付いている。

 こうして荒井(松任谷)由実の40年間を見ると……なんて偉そうなことは言えないのだが、なんか戦後のまだ戦後らしい所の残る「東京」を知っている最後の世代としての「同時代感」というものがある。なにせ「中央フリーウェイ~調布基地を追い越し」なんですよ。調布基地なんて、その歌を作った時点でももうなかったはずなのに、そこに「基地」を入れるのは何かのメッセージとしか受け取れない。私が朝鮮戦争当時の練馬ジョンソン基地への「故障戦車入替トラック」というすごい存在を知ったように。

 さらに面白いことは、私が映画『AKIRA』でもって一緒に仕事をした芸能山城組の主宰者にして環境情報学者(音響)の山城祥二(大橋力)氏の調べたところ、松任谷由実の声にはモンゴルの「ホーミー」と同じような成分が含まれているということなのである。つまり基底音に足して倍音の要素が含まれている声だというのである。この倍音成分は人間に「いい気持ち」を感じさせるものだそうである。だから荒井由実の歌は聞いていると気持ち良くなるのか……、ってそんな単純な問題じゃないんですがね。でも、そんな感じさえさせる気分ではある。

 というところで、このオバサン歌手を持ち上げるのはおしまい。

 でも、この人のどこが「恋愛の教祖」なんでしょうね。初めっから松任谷正隆一本筋だったのがこの人の恋であった。「教祖」になる程の恋愛経験もないのに、たまたま歌詞の作り方が上手かったために、「恋愛の教祖」になってしまった。

 ということだけだったはずなのに。

 

 

2010年7月31日 (土)

芸能山城組も高齢化の波が・・・

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EPSON RD1s+Summicron 35mm (C)tsunoken

 新宿三井ビル55広場で行なわれている芸能山城組「ケチャまつり」に行ってきた。というか、毎年「ケチャまつり」の案内が来て、カンパをしている関係で、様子を見に行ってるのだ。

 芸能山城組とは山城祥二氏こと大橋力氏に率いられたパフォーマンス集団で、アニメ『アキラ』の音楽を担当した事でも知られている。山城祥二氏は大脳生理学の学者でLSDの研究で博士号(農学博士)を獲った。ちなみにLSDとはLimited Slip Differential(自動車用語)ではないし、Long Slow Distance(マラソンあるいは自転車用語)でもない。LysergSaure Diathylamidの略であり、要は小麦の麦角菌から作られる「気持ちのよくなるクスリ」のことである。つまり、そういう研究をやっていたわけで、芸能山城組もある意味では、山城氏の実験材料でもある。

 実験材料というのは、脳に一定の刺激を与え続けると、脳内麻薬が分泌されて気持ちがよくなる、というもの。実際、この実験のために脳波検出装置を頭につけて、ケチャというバリ島に伝わるパフォーマンスをやって、自分の声で一定のリズムを出し続けていると「ホラ脳波に変化がみられるでしょ」とニコニコしながら山城氏が解説をしてくれた、という実験を見せられたことがある。まあ、山城氏は言ってみれば『アキラ』のドクターのようなマッドサイエンティスト的なところのある研究家なのである。ただ学者なんて多かれ少なかれマッドサイエンティストな部分は持っていて、大学の勉強では飽き足らなくなって学問の道に進む「オタク」なのだろうから。別に、山城氏だけがマッドなのではない。

 演目は、インドネシアの竹を使った楽器ジェゴグの演奏、青銅楽器のガムラン演奏、江刺の鹿踊り、ブルガリアン・コーラスがあって、最後がケチャである。私が鹿踊りに興味を持つようになったきっかけが、実は山城組なのである。

 もともと芸能山城組は「ハトの会」というお茶の水女子大学と東京大学、東京教育大学(現・筑波大学)のブルガリアン・コーラスのサークルがあって、それが元になって、インドネシアの方まで(山城氏の)興味の対象を広げていった経緯がある。この、ジェゴグ、ガムラン、ブルガリアン・コーラスにピグミーのポリフォニー、謡や声明などすべての山城組の要素をブチ込んだ『輪廻交響楽』があって、そこから『アキラ』の音楽を担当することになり、あの『組曲アキラ』が出来上がったのだ。

 監督・大友克洋氏のイメージは「芸能山城組で音楽をやりたい。もし、無理なら『輪廻交響楽』を使わせてほしい」というものだった。

 しかし、『アキラ』の音楽を制作していた1988年から既に22年。演目はそんなに増えていないので、楽器演奏では安心して聞いていられるようになったが、それだけ山城組のメンバーも年をとったことになる。当時は学生だった人ももうすでに40~50歳のオジサン、オバサンだ。多少は新人もいるようだが、毎年みる顔ぶれもほとんど変化していない。

 今後は芸能山城組の高齢化が問題になりそうである。相変わらず山城氏は元気だけどね。

「ケチャまつり」は8月1日まで開催中だ。夜になると最後の演目でケチャをやります。ケチャはまつりを見にきたひとは誰でも参加できるので、脳内麻薬を経験してみたい人は、是非、ご参加のほどを・・・。

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カンパの証拠  EPSON RD1s+Summicron 35mm (C)tsunoken

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