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経済・政治・国際

2018年2月22日 (木)

北陸新幹線の開業は石川県には資しているが……

 話は私がK談社の名古屋支社で北陸地域を担当していたころの話なので、既に30数年前のことになるが、そのころ既に北陸新幹線の話は出ていた。

 そもそもは1965年に東海道新幹線開業後1年にして、時の首相佐藤栄作氏が認め、1973年に整備事業計画が長野-富山間は未定のまま進められることになり、1997年に長野までが開通したのはご存知の通り。その後、18年が過ぎて2015年3月に金沢まで開通した。しかし、そこから先の福井まではまだ未開通だし、更にその先、福井県の小浜から京都まではいまだにルートさえ決定していない状況だ。

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 北陸三県と我々はひとくくりにして考えがちなんだけれども、実は北陸といっても一つではない、というのが私が北陸を担当していたころに受けた印象だった。

 福井県、石川県は文化的には京都だし、経済的には大阪経済圏に属しているが、隣の富山県は、西の高岡市までは石川の経済圏・文化圏、つまり関西圏に属しているのだが、呉羽山から東の富山市は実は東京の経済圏だし、文化的にも東京圏に属している。

 食べ物や言葉遣いなんかも金沢とは違って富山までは東の文化圏の雰囲気だし、経済的にも東京の方からの情報で動くことが多い。同じ加賀前田藩の支藩であったにも関わらず、呉羽山という低い山がなんでそこまで両地域を分けるのかが不思議なくらいである。まあ、高岡は加賀の支藩、富山はそのまた高岡の支藩という違いはある。

「呉羽丘陵によって富山平野は二分されており、かつては言葉や風俗の境界とされていた。呉羽丘陵よりも東側が呉東(ごとう)、西側が呉西(ごせい)と俗に呼ばれる(天気予報などでは「東部」「西部」と分けられる)。富山県内の多くの箇所から見え、かつ、放送局のある富山市中心部から近いことから、頂上部には各放送局の送信塔が並ぶ。
「富山」という地名の由来について、かつて越中国の国府のあった現在の高岡市から見て、呉羽丘陵の外側にあった事から外山(とやま)と呼ばれ、それが変化して富山になったという説がある。」(WIkipedia)

 という解説があるくらい。

 かつて「春の日に 張れる柳を取り持ちて 見れば京の 大路思ほす」という、都を懐かしんだ歌で有名な大伴家持が越中の国府として左遷されたのが現在の高岡市であり、当時は呉羽山から東の現在の富山市はまだ未開の地だったのかも知れない。当然、当時は京都が日本の中心だったので、当然、京都より遠い場所は「田舎」ということだったのだろう。

 つまり、金沢を越えて高岡(越中)まではまだ京都の文化圏。高岡が「文化果つる」地、そしてそれ以東の富山から新潟(越後)、長野なんかは当時はまだ未開の地だったのであろう。

 なので、江戸時代以降は江戸(東京)が日本における政治と経済の中心、京都が文化の中心という形になったために、富山市あたりは京都に近い金沢に対抗するように東京文化、東京経済に寄り添うようになり、北陸三県とひとくくりにされながらも、石川県とはスタンスが異なる文化圏、経済圏を作り上げたんだろう。

 ということを前提として2017年9月22日(あれっ? 私の誕生日だ)に発表された北陸経済連合会のレポート「北陸新幹線の開業の整理と敦賀延伸に向けた課題」を見てみる。

 ひとつ面白いのは、北陸新幹線の開業によって富山や金沢のホテルの稼働率が一度は下がったということ。

 多分、皆さんは「あれっ?」って思うでしょ、なんで観光客が増えたのにホテルの稼働率が下がるの? っていうことですよね。新幹線ができて便利になったのに、なんで? ってなもんでしょうが、実は新幹線って本来は観光客のためのものじゃなくてビジネス客のためのものなんです。東海道新幹線だって、本来の目的はビジネス用途なんです。そこに観光客が乗っかったっていうわけ。

 東京に来た世界中の人が、「あれっ? 2時間半で京都に行けちゃうわ、金沢に行けちゃうわ」ってなもんで、例えば海外から東京にビジネスで来たついでに、あるいは同伴者と一緒に日本にきた海外からのビジネス客が京都や金沢に行ける、っていうところが実は京都や金沢の「観光地」としてのレーゾンデートルなんですね。そんな人たちは、まあ日程に余裕がある人たちは宿泊で行くけれども、余裕がなければ日帰りで東京から京都、金沢に行っちゃうんです。

 つまりこれって、ビジネス客のビヘイビュアなんで、彼らは基本的に日帰りができる距離(時間)ならば、その日のうちに東京の本社に帰って仕事をするんですね。この辺の感覚はビジネス客も観光客も同じ。ただし、ビジネス客はその後も同じように毎回日帰り出張を繰り返すんだけれども、観光客はもし日本に来るのが二度目以降なら、京都や金沢でもう一泊をするようになる、っていうこと。まあ、一泊二日位の観光場所は金沢にはかなりあるもんね。

 ということで、金沢のホテルは開業二年目からは再び稼働率が上昇するっていうことになったのである。その一方、富山は相変わらず稼働率自体は前の年と変わらないが、要は観光客からは順次宿泊対象じゃなくなってきたっていうわけ。金沢からも近いから、金沢のついでに富山観光も……、ってな感じなんだろう。

 この辺は金沢は北陸の中心都市ということでビジネスの用事で来る人もあると同時に、兼六園、金沢城とかいろいろ観光施設もあるということが、あまり観光施設がなくどちらかというとビジネス目的の企業が多い富山との違いなのである。

 勿論、結果として富山県に北陸新幹線が資することは多いんだけれども、残念ながらビジネス以上のプラスαはなかったってことでしょう。でも、ビジネス面で大きなプラスがあることは富山県にとっては大事なこと。まあ、観光に関しては、立山とかの自然資産をどれだけ外国人にアピールできるかなんだけれども、立山になっちゃうと登山の準備もしないとだめなんで、結構この自然資産というのは難しいかもしれない。

 でもまあ、基本的なことを言ってしまうと、元々「ビジネスと観光」で売ってきた金沢に比較して「ビジネス・オンリー」で進んできた富山なんで、相変わらず金沢に比較して地味な存在なのかもしれないが、富山は富山なりの存在価値はあるのだ。

 じゃあ、これから開業(するかもしれない)福井以西、京都まではどうなんだ? ってことになるんだけれども。

 う~ん、なんかあんまり明るい未来像は描けないなあ。

 もともと、経済的にも文化的にも、とりあえず京都から福井を飛び越して金沢に行ってしまってきたんだけれども、その関係論は北陸新幹線が全通しても変わらないのじゃないか。まあ、東京から一番遠い地域ってのは変わらないんだが、じゃあ京都から北陸で一番近いってのも、実はメリットにならないんだなあ。

 2023年金沢-福井-敦賀間開通はまだ少しは見えているんだが、2030年敦賀-小浜-京都間開通って言われてもねえ。その頃に日本経済がどうなっているかは見えていないし、もはや依然と同じ拡大経済の時代ではないでしょう。

 縮小経済の中で、どうやって北陸新幹線の全通を迎えるのか。それが福井経済の大きな課題ではないだろうか。

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NIKON Df AF NIKKOR 24-85mm f2.8-4 D @Kanazawa ©tsunoken

2018年2月17日 (土)

日銀トップ人事……って、やっぱり黒田さんなのかなあ

 う~ん、これでいいのかなあ?

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 2月16日の日経夕刊の記事が日銀の黒田総裁の再任という記事だった。

『政府は16日午前、衆参両院の議院運営委員会理事会で、4月8日に任期満了となる日銀の黒田東彦総裁を再任する人事案を提示した。3月19日に任期満了となる中曽宏、岩田規久男両副総裁の後任には日銀の雨宮正佳理事と早大の若田部昌澄教授を充てる案も示した。安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」を支えてきた大規模な金融緩和を維持して、デフレ脱却の実現を目指す。』

『雨宮氏は金融政策を立案する企画担当が長い。理事として黒田氏を支え、16年に導入した長短金利操作などの設計に関わった実績がある。若田部氏は積極的な金融緩和を訴える「リフレ派」とされる。英語が堪能で、米経済誌に連載を持つ国際派としての顔も持つ。 』

 という記事なんだが……。

『黒田氏は13年3月に就任し、同年4月に「2年で2%」の物価上昇を目標に掲げた「異次元の金融緩和」に着手した。14年の追加緩和や16年のマイナス金利政策の導入など積極的な緩和策を進めて、アベノミクスをけん引してきた。円安・株高や有効求人倍率の大幅な改善といった成果を生んでおり、首相も手腕を高く評価していた。』

 というアベノミクスなんだが、本当にそうなんだろうか。

 アベノミクスとは何か?

 アベノミクスは、下記の「三本の矢」を、経済成長を目的とした政策運営の柱に掲げている。     1、大胆な金融政策
2、機動的な財政政策
3、民間投資を喚起する成長戦略

個別の政策としては、それぞれの矢として下記などが提示、あるいは指摘されている。

1、大胆な金融政策
・2%のインフレ目標
・無制限の量的緩和
・円高の是正と、そのための円流動化
・日本銀行法改正

2、機動的な財政政策
・大規模な公共投資(国土強靱化)
・日本銀行の買いオペレーションを通じた建設国債の買い入れ・長期保有、ただし国債そのものは流動化

3、民間投資を喚起する成長戦略
・「健康長寿社会」から創造される成長産業
・全員参加の成長戦略
・世界に勝てる若者
・女性が輝く日本

 ということなんだが、実現しているのは「大胆な金融政策=無制限の量的緩和」である「マイナス金利」くらいのもので、その結果として「2年で2%」の物価上昇は実現していないし「機動的な財政政策」に関しては「円高の是正」はできていないし、「民間投資を喚起する成長戦略」なんてまるで絵に描いた餅でしかない。

 まあ、日銀にできるのは金融政策だけなので、2や3については黒田氏の責任ではないが、いずれにせよ安倍晋三氏のアベノミクスは、実質的に失敗に終わっているとしか言いようがない。

『米国や欧州の中央銀行はすでに金融緩和の正常化や金利引き上げに動いている。大規模金融緩和を続ける日銀が、新執行部の5年の任期のなかでどのような出口戦略を描いていくかが問われることになる。16年に導入したマイナス金利政策が銀行や生命保険会社の収益を圧迫するなど、金融緩和の副作用への懸念も強まっていた。』

 というのが実情だ。

「大胆な金融政策」でもってマイナス金利になってしまい銀行の収益を圧迫、その結果として地方銀行が合併の話が出てくると、「地域独占はマズい」といって公正取引委員会が出しゃばってくるっていう構図はどうにかならないものか。つまりは、それって地銀は勝手に潰れろって言っているのと同じなんだけれどもなあ。

 アベノミクスの結果、企業収益が上がったとはいっても、それを従業員に還元しないで、企業の内部留保をどんどん貯めこんでいる状況では、決して「2%のインフレ」は実現せずに、相変わらずのデフレ経済に陥った日本経済は生き返らないのだ。

 アベノミクスの失敗の責任を黒田総裁一人に負わせることはあってはならないことではあるが、しかし、黒田氏の「大胆な金融政策」が日本経済を生き返らせることにはならなかった、という部分では、黒田氏もアベノミクス失敗の責任の一部を負わなければならないのは明白である。

 それでもまだ黒田氏の指導下でもって日銀を続けるっていうことは、安倍晋三氏は本当に自分の経済政策が当たっていると思っているんだろうか。少なくとも、現状の日本経済社会をみてアベノミクスが当たっていると考えている以上は、安倍晋三氏の経済オンチぶりだけは健在っていうことだろう。

 半ば冗談だと思うのだが、一部にジャネット・ルィーズ・イエレン元FRB議長に日銀総裁を務めてもらったらどうだろうかという話があった。

 まあ、そんな冗談も出てしまうくらい、今の日本経済はもうぐちゃぐちゃ状態になっている。といって、民進党や立憲民主党あたりの人材じゃなあ、っていうくらい日本の政治家も使えないしなあ。

 あ、それはアメリカも同じか。

 まあ、安倍晋三氏とドナルド・トランプ氏の気が合うわけなんだな。

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NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Kayabacho ©tsunoken

2017年9月29日 (金)

結局、総選挙なわけなんだが……

「大儀なき解散」だとか野党はいうけれども、まあ、所詮政治の世界なんてそんなもんで、衆院解散に「大儀」なんてものがあるわけはないのである。初めっから。

 要は「今解散して総選挙に持ち込めば、我が党に勝機がある」と判断すれば解散するし、勝機がないとなれば解散しないっていうだけのことでしかない。まあ、与党総裁が持った「伝家の宝刀」って訳ですね。

 ただし、ちょっとこの伝家の宝刀は簡単に抜きすぎる。というか「あっ、もうそろそろ抜きますね」なんてマスコミに言われて、そのまんま抜いちゃうなんて、まあ、軽い伝家の宝刀ですね。めったに抜かないからこそ「伝家の宝刀」であるし、力を持つんだけれどもなあ。

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 しかし、民進党というか民進党の前原代表も情けないっていうか、民進党代議士のドミノ倒しのような希望の党へのなだれ込みに負けちゃって、民進党から公認候補を出さずに、希望の党に合流って、そりゃあないでしょう。

 本来民進党ってのは、自民党の左派やリベラル勢力をベースに、連合などの労働組合勢力などがバックにいた(はずの)政党だったんだけれどもねえ。

 自民党が改憲勢力がやたら力をつけてきて自民党を乗っ取ってしまったのに対し、それに乗り切れないリベラル派なんかが民主党を作り、その延長線上に民進党があると考えていたんだけれども、それが今や親「希望の党」って何よ。

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 だって希望の党を率いている小池百合子氏って超タカ派のウルトラ右翼って知ってた?

 勿論、基本的に改憲派だし、核武装論までぶちかましてくれているタカ派。北朝鮮拉致被害者救出で有名になった中山恭子さんなんていうウルトラライトが真っ先に参加したっていうことで知られるくらいの超右翼会派が希望の党なのだ。

 そんな希望の党と組んじゃうなんて、前原氏も右翼? ってなっちゃうんだけれども、本来の前原氏はリベラル派だったはずなんだけれども、まあ、「貧すれば鈍する」ってやつですかね。

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 それにしても、実はこの「希望の党」っていう名前には面白いエピソードがあって、2005年に金子修介が総務省と公益財団法人「明るい選挙推進協会」の発注で製作した、それこそ『希望の党』というPR動画があるんだが、これが結構面白いんですね。

 どういう映画かっていうと……

『主人公はごく平凡なサラリーマン。翌日に国政選挙を控え、“大事な選挙だから”と娘から投票を勧められるが、どうせ誰に投票しても世の中変わらないと棄権してしまう。

 ところが、選挙の結果、過半数を獲得して政権を握ったのが「希望の党」なる政党。誰も注目していなかったのに、若者世代の圧倒的な支持を得て、次々と斬新な改革に着手していく。動物虐待に重罰、痴漢は死刑。3年間、選挙に行かなかった国民からは選挙権を剥奪、その代わり、選挙権を高校生にまで引き下げる……。「冤罪というリスクを冒しても犯罪者を許さない」と勇ましい党首に熱狂していた国民だが、次第にエスカレート。ある日、徴兵令が敷かれ、娘も戦場に……。

「政治に無関心だとこうなりますよ。みんなで選挙に行きましょう」

 というメッセージが込められた作品』

 という、いかにも総務省らしい映画なんだ。ただし、「徴兵令が敷かれ、戦場に赴く娘の目に涙」っていう描写はちょっと甘々で、実際にはそんなファシズム体制下の日本人は、平気で死んでいってしまうんではないのか?

「今、映画撮影のため中国に来ているんですけど、日本のニュースを見てビックリしました。12年前に僕が作ったショートムービーを日本の政界が後追いしてるみたいなんだもの」

「12年前は『戦争反対! 日本は戦争しないって決めたんだ』という父親の絶叫も不偏不党のセリフとしてごく当たり前に使われていましたし、ムービーを見た官僚も笑って喜んでいましたが、今や“戦争反対”は“反日”のレッテルを貼られかねない時代ですからね」

 というのが金子修介の弁。

 既に「明るい選挙推進協会」のサイトからは(古いので)削除されているけれども、金子修介のブログからはまだこの動画を見ることができる。

「金子修介の雑記 "Essay"」というのが、そのブログタイトル。クリックしてみてください。

 うーん、そうか。希望の党はファシズムの予兆なんだな。

 

 

2017年9月23日 (土)

朝鮮戦争再開直前っていう雰囲気なんだが、もう一度考えること

 今日はちょっと真面目に北朝鮮の問題を取り上げます。

 北朝鮮と韓国の問題(であるはずなんだよなあ本来は)の根本は何なのか?

『第二次世界大戦中の1943年11月に、連合国はカイロ宣言に於いて、1910年より日本領となっていた朝鮮半島一帯を、大戦終結後は自由独立の国とすることを発表し、1945年2月に開催されたヤルタ会談の極東秘密協定にて米英中ソ四ヶ国による朝鮮の信託統治が合意された
 1945年8月8日よりソ連対日参戦により満洲国に侵攻したソ連軍(赤軍)は8月13日に当時日本領だった朝鮮の清津市に上陸していたが、同じく連合国を構成していたアメリカ合衆国は、1945年4月12日に大統領に昇格したハリー・S・トルーマンの反共主義の下で、ソ連軍に朝鮮半島全体が掌握されることを恐れ、ソ連に対し朝鮮半島の南北分割占領を提案。ソ連はこの提案を受け入れ、朝鮮半島は北緯38度線を境に北部をソ連軍、南部をアメリカ軍に分割占領された。
 1945年8月15日に日本はポツダム宣言を受諾、連合国に降伏、朝鮮は解放された。しかし8月24日に平壌に進駐したソ連軍は朝鮮半島北部を占領、既存の朝鮮建国準備委員会を通じた間接統治を実施し、朝鮮半島南部には9月8日に仁川に上陸したアメリカ軍が朝鮮建国準備委員会を解体した後、在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁による直接統治を実施、朝鮮半島は米ソ両国によって南北に分断されたまま、朝鮮半島内で抗日運動を行っていた人士や海外から帰国した左翼と右翼が衝突する連合国による軍政を迎えた。
 その後、米ソ対立を背景に1948年8月15日、南部に大韓民国が建国され、翌9月9日に残余の北部に朝鮮民主主義人民共和国が建国された。南北の軍事バランスは、ソ連および1949年建国の中華人民共和国の支援を受けた北側が優勢で、武力統一支配を目指す北朝鮮は1950年6月、国境の38度線を越え軍事侵攻に踏み切った。
 侵攻を受けた韓国側には進駐していたアメリカ軍を中心に、イギリスやフィリピン、オーストラリア、ベルギーやタイ王国などの国連加盟国で構成された国連軍(正式には「国連派遣軍」)が参戦、一方の北朝鮮側には中国人民義勇軍(または「抗美援朝軍」「志願軍」。実態は中国人民解放軍)が加わり、直接参戦しないソ連は武器調達や訓練などで支援、アメリカとソ連による代理戦争の様相を呈した』(Wikipedia)

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 ってことは、要はそれまで日本の植民地だった朝鮮半島を「日本から独立したって、もともと植民地だったから独立国家を作る能力はないよね」って、勝手に米英中ソの四国が決めて、自分の国の植民地にしようとしたのが原因でしょ。

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 その辺が、東西に分けられて統治されたドイツとは大きな違い。ドイツは信託統治でもないし、独立国家としてドイツ民主共和国(東ドイツ)とドイツ連邦共和国(西ドイツ)に分けられたっていう違いがある。それぞれ独立国家だから、それぞれの国民が選挙で「統一ドイツ」を作ろうって決めれば、ちゃんと独立できるっていう状況だったんだ。ところが朝鮮半島はそうはいかず、「大韓民国」「朝鮮民主主義人民共和国」っていう国家を宣言したにも関わらず、それぞれの国家の自立を中ソ、アメリカ(連合国)側双方が認めなかったんだなあ。

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 その辺が、この国たちの国際関係を妙に変えてしまったんではないか。

 北朝鮮の本来の敵は韓国であるはずなんだけれども、金正恩が指導者になってからは矛先が韓国じゃなくて完全にアメリカになってしまっている。勿論、その裏側にはアメリカがいることは承知の上だが、でも基本的には北朝鮮の目下の敵は韓国であるはずなんだけれどもなあ。ところが金正恩の矛先は韓国じゃなくて、あくまでもアメリカなんですね。でも、本来的には韓国でしょ。

 韓国の腐敗した資本主義政権を打倒して真の人民による人民の国家を目指すっていうのが朝鮮民主主義人民共和国の「大いなる」目的であって、アメリカはそのバックにいる面倒くさい相手であるにすぎない。

 でも、金正恩の矛先は、文在寅韓国大統領じゃなくて、ドナルド・トランプアメリカ合衆国大統領なんだよね。

 基本的には朝鮮半島の南北問題は、朝鮮民主主義共和国と大韓民国の間の、言ってみれば「国内紛争」なんであります。アメリカや中国、ロシア(ソ連)がいちいち口を出すなよってのが本来の韓国の立場なんである。ましてや、もともと朝鮮半島を植民地にしていた、敗戦国の日本がなんでいちいち口を挟むんだ、ってのが本来の韓国の立場でしょ。

 まずは北朝鮮の核実験の問題やICBMの問題は(っていうかICBMなんて韓国には関係ないけどね)、取り敢えず朝鮮半島の「内部の問題」として取り上げるべきで、アメリカやロシア・中国がうんたらとか、日本がうんたらっていうことは、二義的なテーマとしてとらえられるべき問題なんじゃないかって考えているんだが、どうだろうか。

 基本的には金正恩氏と文在寅氏が真摯に「朝鮮半島の今後の在り方」について真摯に話し合いをし、その結果を世界に問うべきじゃないのか。その結果、北朝鮮と韓国を中心にした戦争になることもあるかもしれない。しかし、それは「結果としては」やむを得ないことではあるだろう。

 でも、そうして同じ民族同士が話し合えば、米朝対決みたいな変な関係論よりは、もうちょっとはまともな結論も出るんじゃないだろうか。

 勿論、その結果、朝鮮半島が共産化することもあるかもしれない。まあ、今や「共産化」っていっても、中国みたいに「政治は共産主義・経済は超資本主義」みたいな体制になることはわかりきっているので、まあ、資本主義国にとっても「当面は」あまり驚異的な存在ではない。今後はわかりませんけれどもね。

 いずれにせよ「朝鮮半島は朝鮮民族に任せる」っていう、本来の民族主義に戻ってほしいと、私なんかは考えるんだけれども、それは「甘い考え」なんだろうか。

2017年6月24日 (土)

「都議選開幕!」って言っても、争点がなあ

 昨日、東京都議選の告示がされ、都議定数127議席を狙って、258人の立候補者が出馬を表明した。

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 と言ってもねえ、文京区なんかは無風地帯で、定数2のところ、立候補したのは自民党公認の現職議員中谷文孝氏、共産党の現職・小竹ひろ子氏から地盤を受け継いだ福手裕子氏、元民進党の都議で今回は都民ファーストの会に乗り換えた増子博樹氏の3人だけ。

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 なんかなあ、これが北区みたいに定数が4から3に減って、そこに都民ファーストの会として早くから声を上げていた現職の音喜多駿氏、共産党の現職曽根肇氏、民進党の元都議会議長和田宗春氏、自民党の現職高木啓氏、公明党(つまり都民ファーストの会推薦)の現職大松成氏という、現職4名に元職1名の4名で定数3を争う票のつぶし合いみたいな緊張感がないんだなあ。

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 さるサイトに載っていた23区の当落予想がコレ。まあ、大山鳴動して鼠一匹みたいな選挙結果ではあります。

 まあ、「豊洲は活かす、築地は守る」っていうキャッチフレーズも、もともとあった既定路線だし、むしろ豊洲の市場機能が、それこそIT化でもって機能不全にいずれは陥るってことに、市場関係者は気が付いているんだろうか。既に、漁港(あるいは漁協)と飲食店関係者の間でのネット取引でもって、仲卸なんかのそれこそ「中抜き」が始まっているのだ。

 なんかそんなことも分かっていないで「市場には人と商品と情報が集まる」なんて暢気なことを言っているような気がするんだがなあ。本当にそんな認識で大丈夫なの?

 ということで、ここが我が家の投票所。

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 まあ、今のところ問題もないからいいか、ってな感じなんですね。文京区民は。

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 いいのか、本当にそれで……。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 @Kamifuji Bunkyo ©tsunoken

2017年2月 2日 (木)

2月5日は千代田区長選挙

 え~今日は2月2日なんだけれども、取り敢えず1月のブログの総括から。

 全部で31本のブログの内、本に関するエントリーが6本で、内Kindleで読んだのが3本。まあ、1月は写真集や雑誌のブログが3本あったので、まあ仕方がないだろう。映画についてのエントリーが4本ってのは、なかなか。この調子を維持できれば年間50本くらいは映画に関するエントリーができて、「本のこと 映画のこと 写真のこと 毎日1冊 毎日2000字」ってのが復活するかもしれません。

 でトータル月間PVは14,784(1日平均477)、まあこれはこんなところかな。

 で、今日のブログなんだが、2月5日は千代田区長選って言ったって、文京区民の私には何の関係もないんですね。

 でも、メディアがやたら「7月の都議選の前哨戦」だとか「小池都知事と都議会のドン内田氏との場外乱闘」なんて囃すので、ついでに私も囃しちゃおうかなってところです。

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 まあ、基本的に首長選っていうのは、基本的に実績を持っている現職が圧倒的に有利な選挙なわけで、はじめっから現職の石川雅己氏が有利なんですね。

 実は前々回の千代田区長選では石川氏は無所属・自民党・公明党推薦でもって出馬して当選したんだが、その後、石川氏と内田氏の仲が悪くなった、というか内田茂氏がやたら千代田区政に口出ししてきて(なんか内田氏が関係する企業に、公募・入札に関していろいろ言ったらしい)それがうるさくなった石川氏が内田氏の言うことを聞かなくなってしまって、石川氏と内田氏の仲が急速に悪くなった。で、前回、2013年の千代田区長選では石川氏は無所属・推薦無しで立候補し、無所属・自民党・公明党推薦の元副区長、大山恭司氏に勝ったわけです。

 まあ、とにかく東京都千代田区ってのは、千代田区千代田1丁目1番地という広大な敷地にたったお二人だけでお住みになっているあの方にもある通り、夜間人口は44,000人っていうそれこそ限界集落みたいなところなんですよ。東京23区でも最低。

 それが昼間人口は819,000人っていう、東京でも有数な大人口集積地なんだから凄いよね。その差、18倍と取り敢えず23区でもトップだし、勿論日本でも、多分もしかすると世界でもトップなんじゃないだろうか。

 で、千代田区に本社を構えている会社は物凄く多いので、法人税(法人所得税は国税だから千代田区には入らないが、法人住民税と法人事業税は地方税なので千代田区の収入になる)収入は多分、日本でもトップ。ということなんで、千代田区は予算に余裕があって福祉政策は充実しているので、最近は若い人、特に子育て世代の流入が増えているそうなんだ。

 そりゃそうだよね。ってことは区長の政策が当たっているということで、ますます区長の支持率が上がっちゃうんですなあ。

 まあ、こんなことは「金満」区である千代田区じゃないとできないけれども、そりゃあやらないよりはやった方がいい訳で、そりゃあ区長としてもやりがいはあるでしょうねえ。

 ということでまあ、本当は千代田区長選がそんなに注目の選挙じゃないってことなんだけれども、面白いのは、各候補の選挙事務所がみんな靖国通り沿いにあるってこと。

 まあ、確かに丸の内あたりに選挙事務所があったって、そんなところに人は住んでいないし、大体丸の内辺りで仕事をしている人たちなんかはみんな千代田区民じゃないもんね。で、神田あたりに集中しちゃうんだ。

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 石川候補の選挙事務所は靖国通りの専修大学交差点に近い九段側の場所。神田神保町三丁目。千代田区役所からは近いが、選挙民からはちよっと遠いか?

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 んで、与謝野氏の選挙事務所は石川氏の事務所から少し神保町に行ったところにあります。ここは、神田神保町二丁目ですね、ここは、神保町のど真ん中ですねえ。

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 五十嵐氏の選挙事務所はもうちょっと神田寄り、神田小川町。う~ん、ここもなかなか渋い。

 だからどう? ってことはないんだけどね。所詮は、お隣の千代田区の区政なんですね。

 そうなんだよ。単に面白がって見ているだけ。

NIKON Df AF NIKKOR 24-85mm f1:2.8-4 D @Chiyoda ©tsunoken

2016年11月19日 (土)

Inter BEE③拾いネタ

 Inter BEE がいくら映像関係の展示会だとはいっても、やっぱりカール・ツァイスやニコンはテレビカメラやシネマカメラを作っていないから、どちらかというと脇役なんだなあ。まあ、ツァイスはシネカメラ用のレンズを出しているから、まだアリフレックスと一緒の展示にはなっているんだが……

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 ニコンはシネカメラ用のレンズも作ってはいないので(OEMで作っているのかもしれないが)ブースとしては、「別に出展しなくてもいいのでは?」的なブースしか出していない。

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 でも、まあこんなニコンブースみても、まあ面白くない。

 面白いのは、こんなブースですよ。まさしく「拾いネタ」的ブース。

「箱馬」っていうのは、多分、商品名だろう。いわゆる「便箱(べんばこ)」とか「箱便(ばこべん)」って現場では呼ばれている、実は単なる木箱であります。でも、中に何も入れられない、外側だけの単なる「箱」。

 セットを組む裏に積まれて使われたり、撮影の場合の足場に使ったりなんかの、いろいろな目的に使える「便利な箱」なので「便箱」と呼ばれたり、それを業界用語で逆転して「箱便」なんて呼び方をするんだけれども、まあ、超デジタルな機材を使いながらも、現場では逆に超アナログで撮影してるんですね。

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 これも同じ。ドリーやデジタル制御のクレーンもいいんだけれども、結局はレールを敷いた移動撮影やこんな簡単レールの移動撮影ってのが、結構現場では重宝されているんですよ。

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 なんて思ってみていたら、「えっ? なんでエアバス社が?」ってな感じですね。まあ、エアバス社のヘリコプターを撮影用に購入してもらおうっていうブースなんですけれどもね。ああ、そうかそういう売り込みもあるんだよな。

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 でも、やっぱり最後は、初日のレポートでも載せた「ロケ弁グランプリ」ですよね。

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 結局、撮影現場は「人」でできているんだよなあ。

 昔、ある撮影現場で起きた話で、製作費が困窮し始めて、ロケ弁を神楽坂の五十番、500円肉まん1個にしちゃって現場から猛烈な顰蹙をかった製作担当がいたそうだ(幸い、私ではない)が、まあ、それだけ「食い物の恨みは恐ろしい」ってことで、撮影現場のスタッフは基本肉体労働者、なので「ものを食わせなければ働かない人たち」なんでありますね。

 要は撮影現場では基本「アナログ」なんであります。

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Inter BEE は今日まで幕張メッセで開催中。公式サイトはコチラ

NIKON Df AF NIKKOR 24-85mm f1:2.8-4 D @Makuhari Messe Chiba ©tsunoken

2016年11月18日 (金)

Inter BEE② ますます存在感を増すBlackmagic Design

 Inter BEE で一番存在感を示しつつあるのが、オーストラリアにあるBlackmagic Design であろう。ただし、展示は日本のソニーやパナソニックのように派手ではない。

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 2012年のInter BEE で初めてキャノンEFマウントを採用した Blackmagic Digital Cinema Camera を発表したブラックマジックデザインであるが、当時はレンズを除くと「お弁当箱」みたいなデザインのシンプルさに、皆びっくりしていた。

 ただし、その頃のブラックマジックデザインのデジタルシネマカメラは大体が1Kか2Kの出力で、値段も10万円ちょっとという感じだったので、どちらかというとハイエンド・アマチュア向けのデジタルシネマ・カメラメーカーなのかなというイメージだった。

 そのイメージに近いのがこのBlackmagic Micro Cinema Camera というもので、これまたちょっとユニークなデザイン。お値段も102,800円とアマチュアでも手が出る値段だ。

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 でも2014年になるとBlackmagic URSA とかBlackmagic URSA Mini なんかの4Kカメラを発表すると……

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 こんな感じの普通の「縦長」のデザインになる。

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 つまりこれはプロ仕様のカメラになると、カメラを使うオペレーターが複数の人数になり、カメラマンとオペレーターがカメラを挟んで両側で操作しなければならなくなる。と、当然こんな感じの普通のシネマカメラの形になるのだ。

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 何となく、デジタルシネマカメラを発表して日本に乗り込んできたブラックマジックデザインなので、我々はカメラメーカーかなというイメージを持ってしまうのだが、元々はコンソールやポストプロダクションの会社なのだ。

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 そういえば、私の所にもブラックマジックから時々メールが来るのだが、ほとんどはポストプロのテクニック講座なんかの案内だ。

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 プロ仕様の総合映像・音響メーカーとして益々存在感を高めてきているBlackmagic Designなのであった。

Inter BEE 2016 は11月19日まで幕張メッセで開催中。公式サイトはコチラ

NIKON Df AF NIKKOR 24-85mm D @Makuhari Messe Chiba ©tsunoken

2016年11月17日 (木)

Inter BEE 2016 開幕!

 Inter BEE (国際放送機器展)2016 が昨日から始まった。

 私が一年間で一番楽しみにしているイベントがコレ。

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 CEATECという一般向けの新製品展示会には不参加のソニーもInter BEE には積極的に参加している。

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 勿論、メインの製品展示はビデオカメラや、デジタルシネマカメラ、それを中心とした映像機器と音響機器。

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 こんなモデルさんを配してカメラを使わせたりしているんですね。

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 最早、4Kや8Kが当たり前のテレビカメラの世界なので、映画(デジタルシネマ)とテレビ(デジタルカメラ)の境目がなくなってしまっている。

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 なので、アリフレックス(NAC)のブースでも、昨年までは35mmフィルムカメラも展示していたのだが、今年はもうデジタルシネマカメラだけの展示になっている。

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 まあ、こんな「ロケ弁グランプリ」なんてのも、いかにも「放送機器展」らしい出し物ですけれどもね。

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 Inter BEE はプロフェッショナル向けなので昨日から土曜日の11月19日まで。幕張メッセで開催中。

 入場には事前登録が必要。事前登録はコチラの公式サイトから。

 Inter BEE ネタは明日も続きます。

NIKON Df AF NIKKOR 24-85mm D @Makuhari Messe Chiba ©tsunoken

2016年3月23日 (水)

久しぶりに高田馬場芳林堂に行ってきた

 久しぶりに高田馬場へ行ってきたので、「あの」芳林堂書店を覗いてきた。

 何が「あの」なのかと言えば、2月26日に自己破産を申請して、アニメイトグループの書泉に経営譲渡し、老舗書店の芳林堂グループが事実上なくなってしまった、ということなのだ。

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 ポイントは中堅取次の太洋社の自主廃業だった。

『出版取次の太洋社(東京・千代田)は15日、同日付で東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたことを明らかにした。2月に自主廃業の方針を示していたが、大口取引先の芳林堂書店(東京・豊島)が自己破産を申請し、売掛金の回収が難しくなったことなどから断念した。15年6月末時点の負債額は約84億7900万円』(日経新聞電子版2016年3月15日付より)

『出版業界では、取次4位だった栗田出版販売(東京・千代田)が2015年6月、負債134億円を抱えて民事再生法の適用を申請。業界全体が「次はどこが危ないのか」と疑心暗鬼になった。こうしたなかで関係者の関心を集めていたのが太洋社だった。

 太洋社は戦後間もなく創業した老舗の取次店。ピーク時の05年6月期は売上高487億円、取引店舗数は1200店にまで拡大していた。コミックや雑誌に強かったことから「コミックの太洋社」と呼ばれた。しかし、アマゾンなどインターネット通販サイトの台頭や人口減少、電子書籍化などで売上高は15年6月期には171億円とピーク時の3分の1程度に減少した。

 栗田出版販売の経営破綻を契機に、業界では新たな焦げ付きをおそれる出版社、さらに配本の遅れを危惧する書店の両方から、取次を変更する「帳合変更」が相次ぐようになった。経営の厳しい太洋社は、その矢面に立たされた。債権者である出版社、債務者である書店から「信用不安」による取引解消を突きつけられた。

 最終的には、周囲からXデーとしてささやかれていた2月5日、太洋社は「自主廃業のお知らせ」とする案内文を取引先に対して配布。事業継続を断念した。

 このときに関係者が注目したのは案内文に書かれた内容だった。廃業の理由は出版不況や帳合変更だけでなかった。もう一つ、書店からの回収不能問題を挙げていた。

 太洋社の説明によれば、15年12月末時点で出版社に対する買掛金は約47億円あった。一方、書店からの回収予定である売掛金は47億5000万円。計算上は支払い可能だったが、約6億円が回収できないことが発覚したという。理由は一部書店に対する売掛金に対して、多額の延滞が生じていたためだ。

 そして、回収できない大口取引先の一つが芳林堂書店だった』(日経電子版2016年3月2日付より)

『自主廃業を決めた太洋社とその主要取引先の芳林堂書店とは、どんな関係にあったのか。

 一言でいえば、それはもたれ合いだった。

 取次が廃業した場合、書店は本来、他の取次に帳合変更すればいいはずだ。しかし、その前提となるのは、それまでの取引で「延滞」がないこと。それだけに資金繰りに不安のある書店の場合、帳合変更するのが難しい。太洋社と芳林堂書店は長年にわたりもたれ合いの関係を続けた結果、太洋社が回収できない債権があった。このため、帳合変更は難しかった。芳林堂書店は事業継続が難しくなり、2月26日、東京地裁に自己破産を申請。9店舗をアニメイトグループの書泉(東京・千代田)に譲渡することなどを明らかにした。

 2社の行き詰まりは、取引関係を深めるうちに依存度が高くなりすぎ、最終的にそのリスクが顕在化したケースだといえる。企業間取引ではシェア拡大が大きな課題となる。しかし、リスク分散のないシェア拡大は企業にとって両刃の剣となり、双方の危機に直結する』(同上)

 要は太洋社の破綻に連なる連鎖倒産なんだが、問題はもっと深いところにあって、基本的に書店は取次から仕入れた商品の全額を支払わないという慣例がある。書店は仕入れた(「配本された」というのが正しいか?)本の代金の数割だけを取次に払って、取次は取次で大手出版社から仕入れた分は全部払うのに、中小出版社から仕入れた分は数か月遅れで支払うという業界構造がある。

 まあ、そうした業界習慣というか業界構造というか、基本的には「大手に弱い」というのはほとんどの業界でもあるんだろうけれども、それが2000社あるという出版社を抱える出版業界では特に顕著に見られるということなのである。

 で、結局、芳林堂は太洋社からの買掛金を支払えず、ということはそんな買掛金を引き受けてくれる取次なんかはないから、帳合変更も出来ずに太洋社と共に討ち死にということになってしまった、ということ。

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 まあ幸い書泉の傘下に入った芳林堂だが、相変わらず芳林堂というブランドだけは残っているし、店舗の商品構成なんかも今の所変わってはいない。まあ、今後は分からないけれどもね。

 まあ、日販、トーハンによる書店の帳合変更競争が招いた結果と言えば結果なんだけれども、これで取次は栗田出版販売、太洋社がなくなってしまい、残すは日販、トーハンと、大手出版社5社と楽天が経営再建に取り組んでいる大阪屋と、トーハンの子会社になっている中央社の4社のみになってしまっていて、後は「神田村」と呼ばれている神保町の裏町で小さな商いをしている中小零細取次だけになってしまった。まあ、この零細取次の多くは現金商売なので、結構しっかりやっていると思いますがね。

 まあ、資本主義社会なんだから自由競争で、弱いものは滅ぶってのも仕方ないんだけれども、北陸にあった太洋社の支店といろいろ付き合いがあった私としてはちょっと残念かな。更に芳林堂は講談社とも親しく付き合っていた老舗書店で書店未来研究会の会員でもあった。一瞬にして未来が見えなくなっちゃう状態で未来研ってのもなんだが、私もちょくちょく未来研のニュースで取材をしていた書店でもあって、店員の人とも親しくさせてもらっていた。

 まあ、日本には海外の国には見られないくらいの数の書店があるっていうのも事実。であるならば、それが適正規模になるまでは書店の数も減り続けるんだろうけれども、そうなるとますますAmazonなんかのEC事業や電子書籍が力をつけて行くんだろうなあ。

 なんてことを、最近ではKindleでしか本を読んでいない私が言うことではないか。

 スミマセン。

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