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旅行・地域

2017年9月22日 (金)

いつもの散歩道をぶらパチ写真…って、マーキング?

 昨日は午後にちょっとした用事があったんだが、午前中はヒマ。ってことで、いつもの地蔵通り(旧中山道)をブラブラ。

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 まあ、いつも歩いている道だし、別に珍しいものなんて何にもないですね。

 徳川慶喜巣鴨屋敷跡地に始まって……

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 地蔵通りの入口にある江戸六地蔵・眞性寺の門前にいつも立っている尼僧の門付け。本物の尼僧なのか「なんちゃって」なのかは、本人に聞いてみたことがないので、よく分からない。なので「門付け」なのか「托鉢僧」なのかも分からない。

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 これもいつも数組はいる「おばあちゃんの原宿で、お年寄りにインタビューしようと構える、テレビクルー」。これもいつもの通りで、全然珍しくもない。

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「日本一の巣鴨マルジの赤パンツ」の前には赤い郵便局のバイクが……

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 で、最後は都電荒川線【東京さくらトラム(プッ)】庚申塚駅を過ぎて、大正大学前の掘割まで。ブラブラ歩きながらパチリパチリと写真を撮って歩くわけなんだけれども……

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 なんか、それって犬や猫が日々自分のテリトリーを歩きながらマーキングしている姿によく似ている感じがしてきた。

 う~~~~ん、そうか。つまりは私はデジカメを使って(時にはアナログカメラも使って)町にションベンをひっかけながら歩いているってわけか。

 まあ、ションベンみたいな写真であるってことは間違いないですけれどもね。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f/2 D @Sugamo ©tsunoken

2017年9月21日 (木)

おいでませ山口館

「おいでませ山口館」っていうのは、山口県のアンテナショップのことで、日本橋丸善の裏にある日本橋プラザビルというところにある。

 なんで山口なんだ? もともと私の母方の実家は会津藩の家老(っても下級家老ですけれどもね)だったわけで、長州は戊辰戦争の恨み骨髄なはずで山口県(本当は山口よりも鹿児島なんだけれどもね)は大嫌いなはずじゃなかったんじゃないのか?

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 なあんてケツの穴の小さいことを言ってはいけない。

 実は、つい先日終わったばっかりの講談社社友会作品展の来年のネタのためなのであります。って言っても、別にそれは社友会だけのためじゃなくて、このブログにも関係してくるし、いろいろ私の人生にも関係してくる事柄なのだ。っていうのはちょっと大袈裟ですけれどもね。

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 ただこうしたアンテナショップっていうのは、基本的にその地方の物産を売り込むためというのが第一の目的で、あまり一般観光以外の情報的には詳しくはないのである。

 なので、私が探している「山口県の片田舎で今でも行われているということを最近知ったばかりの行事」のことを知っている人はいなかった。実は、このショップで見つけたのは、山口市のある地方のガイドマップに行事の名前がひとことだけと、4行だけの情報が掲載されていたのというのが唯一の情報だった。

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 まあ、そんなもんなんだろうな。所詮、片田舎の小正月の行事であります。

 こんな吉田松陰とか高杉晋作とかいう人たちとは違うんだ。とは思うんだが、しかし、山口特に萩の方に行くともう五月蠅い位に吉田松陰だもんなあ。それ以外の人はいないのかい? って言いたくなりますね。もう、ウンザリ。

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 アンテナショップも物産ばっかりじゃなくて、もう少し一般的じゃない、多少突っ込んだ観光情報も来る人に提供するようにすれば、もうちょっとその地方に旅行してみようという人も増えてくるんじゃないだろうか、と思うんだが、どうだろうか? う~ん、それは無駄?

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 まあ、現在は山口県や山口市に直接問い合わせていろいろ情報を集めている最中。いずれ、どんな行事なんだとか、どんなことをやるのか、っていうのが分かってきます。

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NIKON Df AF Nikkor 20mm f/2.8 D @Nihonbashi ©tsunoken

2017年9月20日 (水)

〽ヨコハマ たそがれ ホテルの小部屋

「〽ヨコハマ たそがれ ホテルの小部屋」っていうのはご当地ソングとして有名な山口洋子さん作詞の「よこはま たそがれ」の歌いだしなんだが、長いことこのホテルっていうのはホテル・ニューグランドだと思っていた。

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 まあ銀座のママをやっていた山口さんなんで、やっぱり横浜に来たら老舗のニュー・グランドに泊まるんだなあ、と思っていたのだが……、よく考えてみるとニュー・グランドにそんな「ホテルの小部屋」なんていうのがあったかしら、という疑問がわいてきた。

 もうちょっと大きな部屋ばっかりだもんなあ。

 あるいはどこかのラブホテル? とも考えてみたんだけれども、まあ、山口さんの歌に出てくるんだから、やっぱりシティホテルなんだろう。

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 で、調べてみたら、どうも新山下に1999年まで営業をしていたバンド・ホテルっていうのがあって、そちらではないかという説があるらしい。

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 バンド・ホテルっていうのは淡谷のり子の「別れのブルース」の舞台になったホテルらしい。いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」の「ブルー・ライト」っていうのは、このホテルにあったシェル・ルームっていうナイトクラブの青いネオンサインのことだそうだ。

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 バンド・ホテルはニュー・グランドと並び称される老舗のホテルだったんだが、山下公園に面しているニュー・グランドに比べて、新山下にあったバンド・ホテルは高速道路に阻まれて港が見えなくなってしまい、老朽化と眺望の悪化により1999年に閉鎖となってしまったらしい。

「1982年には旧館を利用してライブハウス「シェルガーデン」をオープン。若手ミュージシャンが腕を磨いた場所として有名で、桑田佳祐、安全地帯、ゴダイゴ、TUBEの前田亘輝、尾崎豊が出演している」(Wikipedia)という話もあるようで、そうなるとますますバンド・ホテルの方が「よこはま たそがれ」の舞台らしくなってくる。

 ただ、バンド・ホテルは既に閉鎖されているので、その辺の事実を確かめようもない。

 バンド(bund)っていうのは「埠頭」とか「海岸通り」「租界」っていう意味があって、まさしく横浜に相応しい名前のホテルだなあ。なくなってしまったのは「残念!」

 あ、ドイツ語のbund(同盟・共産主義者同盟など)とは何の関係もないからね。こっちは「ブント」だし。

LEICA M6 Leitz Elmarit-M 28mm f/2.8 @Yokohama ©tsunoken

 

2017年9月13日 (水)

恐れ雑司が谷の鬼子母神……ん?

「恐れ雑司が谷の鬼子母神」なんて書いちゃうと、当然「それを言うなら『恐れ入谷の鬼子母神』でしょ」っていう突っ込みが入るのはわかっているんだ。当然、それじゃ「地口」じゃないからね。

 でも、行ったところが雑司が谷の鬼子母神なんだからしょうがないでしょ。

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「恐れ入谷の鬼子母神」っていうのは太田蜀山人が作った有名な地口なんだが、その後に何が続くのかまでを知っている人は少ないのではないだろうか。

『恐れ入谷の鬼子母神(おそれいる)、びっくり下谷の広徳寺(びっくりした)、そうで有馬の水天宮(そうであります)、志やれ(しゃれ)の内のお祖師様、うそを築地の御門跡(うそをつき)』 ってのが正解。

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 太田蜀山人(太田南畝)っていう人は江戸幕府の役人でありながら、数多くの随筆、狂歌、洒落本、漢詩文、狂詩などを残した人。まあ、さながら現代でいえば『団塊の世代』の通産官僚、堺屋太一氏か、第一勧銀(現・みずほ銀行)の銀行マン兼『シクラメンのかほり』のシンガーソングライター、小椋佳氏みたいな人だったんでしょうか。

 まあ、江戸時代は現代よりはもっと仕事に対しては厳しかった時代だったから、堺屋氏や小椋氏などよりは、もっとずっと仕事との兼業は大変だったでしょうけれども。

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 で、その太田蜀山人の辞世の歌っていうのがあるんだが、これがいいんだなあ。

『今までは 人のことだと 思ふたに 俺が死ぬとは こいつはたまらん』

 地口でもないし、韻文でもない。ほとんど散文なんだが、あれだけ狂歌、狂詩をものしてきた人が、最後の最後は散文ってのが……いいですね。

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 そんな狂歌を歌う余裕もなかったのか、あるいは最後の最後はそんな気分じゃなかったのか。余人としてはそんなことを知る由もないが、「こいつはたまらん」っていうのがいいですね。

 まあ、妙に生に対して執着しているわけでもないし、といって死を自然に受け入れるってほどでもないし、せめてそれを「こいつはたまらん」っていう程度で受け入れるっていうのも、なかなか素敵じゃないですか。

 まあ、まだまだ辞世には程遠い(と思っている)私のこのブログが辞世の書となるべくもないが、私も「こいつはたまらん」っていう程度の受け入れでもって、亡くなっていけるのか、う~ん、ちょっと疑問だなあ。

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LAEICA M6 Leica Summicron 35mm f/2 @Zoshigaya ©tsunoken

『蜀山人 狂歌ばなし―江戸のギャグパロディーの発信源』(七代目・春風亭栄枝著/三一書房/1997年5月15日刊)

2017年9月12日 (火)

文京区本駒込四丁目

 以前、住んでいたことのあるマンションの隣に面白いアパートがある。

 メゾン・ド・楼蘭というのがそのアパートの名前。

 三角形の土地に建っている四階建ての建物なんだが、なんかパリあたりにあるような面白いファサードになっていて、更に四階部分はなぜか建て増し風になっている。

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 ところが建て増し風の四階なのだけれども、実際には建て増しではないことがわかる。つまりその上は屋上庭園になっているのだ。まあ、このことを知っているのは、隣に建っているマンションに住んでいたころがあるからなんだけれども。

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 まあ、オーナーは三角形の土地という弱点を逆に利用して、面白い形の建物を作ろうとしたのかもしれない。

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 三角形の頂点部分の一階には美容院があるのだが、その美容院がビルのオーナーかと思ったらそうではなかった。

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 文京区にはこんな変な形のマンションなんかがあったりして、以前には千石にどう見てもラブ・ホテルにしか見えないマンションなんかがあったし、本郷の東大のそばあたりにも、結構変な形のビルなんかが散在している(た)。

 まあ、多少は土地の利用にも余裕があった頃の建物なのかもしれない。その後、同じ土地に新しいマンションなんかが建つと、普通の四角い建物になってしまって、あまり面白くない。って、要は所詮他人事なので、勝手に面白がっているだけなんだけれどもね。

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 場所は不忍通りの本駒込四丁目のバス停のそばのとんかつ屋さんのひとつ裏。都営住宅と裏に「車庫跡公園」っていう、昔は都電の神明町車庫があった場所。いまでも、「6000系」と呼ばれている昔の都電電車と貨物車(昔は都電にも貨物車があったんだ)が飾られています。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f/2.8 D @Hon Komagome ©tsunoken

2017年9月11日 (月)

昨日は押上飛木稲荷神社の祭礼……でもその前に

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 今日は昨日、一昨日と、駒込天祖神社と同じ日に開催された押上飛木稲荷神社の祭礼のレポートのつもりなんだが、その前に一言。

 過去にダブル・ツール(ツール・ド・フランス、ジロ・ディ・イタリア、ヴェルタ・ア・エスパーニャの三大ツールのうち二つに同年優勝すること)を実現し、三大ツールすべてに優勝経験をもち、今季で引退を表明しているアルベルト・コンタドール(トレック・セガフレード)がついに現在出場中のヴェルタ・ア・エスパーニャでステージ優勝を遂げた。それも今年のヴェルタで一番厳しいと言われている第20ステージ、ベルトルク、コルダルという一級峠を超えて、最終的にアングリルという超級峠の山頂ゴールでだ。

 いやあ感動しましたね。もはや第一位の選手に与えられるマイヨ・ロホも関係なく、モチベーションとして決して高くはない最後から二番目のステージでやってくれました。イヤッホー、アルベルト!

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 と、そんなこととは関係なく押上は飛木稲荷神社のお祭りです。

 押上飛木稲荷神社は墨田区押上、そうスカイツリーのお膝元です。最寄駅もスカイツリー駅か京成の押上駅。

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 で、なんで押上の神社のお祭りなんだと言えば、実は私の親父の出身地が押上で、今でも私の従兄なんかが押上にいるからっていうことなんだけれども、更に加えるとその従兄から町会の法被をいただいてしまったので、一度はお祭りに行かなきゃな、っていうところだったんだ。

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 が、どうも駒込天祖神社のお祭りの日程と重なってしまって、これまで行けなかったんだが、そうも言っていられないわけで、今年は毎年面倒を見ている駒込天祖神社の子ども神輿と山車の予定が一日目の午前午後と二日目の午前中で終わるので、じゃあ、その後なら行けるなっていうところで、おっとり刀で押上まで駆け付けたというわけ。

 押上飛木稲荷神社の祭礼は、以前は9月の17日前後の日程だったんだが、いろいろ「大人の事情」があって一週間ほど日程が早くなってしまったらしい。その他、以前は掛け声も「わっしょい」だったんだが、いつの間にか「ソイヤ」になってしまったきっかけの話とか、いろいろ話を聞かせてもらったんだが、その辺はいずれまた機会があればレポートします。

 まあ、町会の役員なんかをやっているといろいろな情報が入ってくるもんだな、ってところです。

 まあ、大体この9月の第一週か二週に神社の祭礼があって、9月の20日頃になるとお彼岸でお寺に墓参に行くってのが日本人の日常の流れなのかな。そんな意味では「実に日本人らしい秋の過ごし方」をしているわけです。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f/2 D @Oshiage Sumida ©tsunoken

 

2017年9月10日 (日)

駒込天祖神社祭礼、今年は子どもが主役

 昨日と今日は駒込天祖神社の祭礼である。

 今年は昨年の四年に一度の神幸祭と違って普通のお祭り。ってなもんでどちらかといえば子どもたちが主役みたいな感じである。

 それにしても駒込天祖神社の氏子会は13町会あるんだが、そのほとんどが子ども神輿をしつらえて参拝するっていうのも、「子育てに優しい文京区」ならではなのかもしれない。一部には子ども神輿も担ぎ手がいなくて、リヤカーで神輿を運ぶなんていう祭りもあるらしい。

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 まずは子ども神輿と山車の天祖神社参拝から始まって、祭りの始まりです。

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「ソイヤ、ソイヤ」じゃなくて「ワッショイ、ワッショイ」の掛け声の子ども神輿はいいですね。なんかわけのわからん「ソイヤ、ソイヤ」よりは聞いていて「おお、東京の祭りだなあ」という感じです。

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 大きな子は神輿を担いで、小さな子は山車を曳きます。

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 でも、最後はみんな仲良くお菓子をいただいちゃいます。まあ、子どもたちはこちらが目的で山車を曳いたり神輿を担いだりするんですけどね。まあ、子どもたちにとってお祭りなんてそんなもんです。

 それがひいては大人の神輿を担いで、酔っぱらったり、ケンカをしたりするんですな。「火事と喧嘩は江戸の華」なんちゃってね。

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 ということで、昨日の午前中は子ども神輿と山車の神社参拝、午後は町内渡御。

 今日は午前中は子ども神輿と山車の町内渡御(コースは昨日と違います)で、大人神輿は今日の夕方になって初めて登場して、夜まで町内を巡行するんであります。あまり「うるさいっ!」なんて言わないでね。年に一度のお楽しみなんだから。

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NIKON Df AF Nikkor 50mm f/1.8 G & AF Nikkor 35mm f/2 D @Hon Komagome ©tsunoken

2017年9月 8日 (金)

「ドブ板通り」にはもはや「ドブ板」はないんだけどね

 まあ今更じゃないし、もう既に何度も書いてきているんだけれども、横須賀ドブ板通りにはドブ板はないし、というか米軍相手のバーなんてものも、もはやほとんどないんであります。

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 じゃあ何があるのかといえば、「何となくアメリカっぽい雰囲気が体験できる」と思っている横須賀観光客向けの飲食店とか、いまだにいる(と思われている)スカジャン(横須賀ジャンパー)マニアのためのお店とか……、あとは最早「ドブ板通り」という名前は返上したいだろうと考えているような新築マンションとか……。

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 まあ、いずれにせよ「戦後間もないころの進駐軍の横須賀」とか、「ベトナム戦争真っ盛りの頃のベトナム帰り米兵の荒れた横須賀」なんてものは、まったく片鱗もないのであります。

 それでも「何となくアメリカっぽい雰囲気」を感じたくなって横須賀に来る人は多いんだなあ。

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 で、そういう人向けにはこんな「トランプ・バーガー」なんていう、完全にカロリーオーバーな"Make America Great Again"(って、Great Againになっちゃうのは貴方のお腹でしょ)なハンバーガーが提供されるわけです。う~ん、これも「アメリカン」なのかなあ。最早、アメリカのヘルシー指向のインテリはこんなものは食わないんだけれどもね。

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 とは言うものの、北朝鮮のノドンミサイルの本当の狙いは横須賀米軍基地だっていう話もあるし、ちょっと剣呑にもなってきて"Sittin' in the morning Sun, I'll be sittin' when the evening come"なんて気楽に歌っている場合でもないようです。

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 おおお、「Hotel Goddess」! そうか、ここは井上喜久子さんの生誕地だもんなあ……、なんてのに反応したのは遅れてきたマニアの貴方でしたか。

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 ということで、「多分」横須賀ネタ、とりあえず今回はここまでです。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f/2.8 D @Yokosuka ©tsunoken

2017年9月 7日 (木)

「戦艦三笠」がすべての間違いの始まりだった……という話

 のんびりした The Dock of the Bay ではなくて、もっと勇ましい「守るも攻むるも黒鐵の 浮かべる城ぞ頼みなる」なんていう軍艦マーチが聞こえてきそうなのが、ここ三笠公園なのであります。

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 日露戦争の日本海海戦で大活躍したとされる「戦艦三笠」がそのままコンクリートで留められていて、中を見られるようになっているんだが。

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 大体、日本海海戦ってそんなに人に誇れるような戦いだったんだろうか。

 敵のロシア艦隊は、その名も「バルチック艦隊」っていう名前の通り、その母港はバルト海沿岸にあり、そこから延々大西洋を南下し、アフリカ最南端の喜望峰を回り(一部はスエズ運河経由)インド洋、南シナ海を通って朝鮮にある遼東半島の旅順沖合まできて日本海軍と戦ったわけである。もうそれだけでヘロヘロ。

 まあ、これがウラジオストックあたりから南下してきた艦隊との決戦だったらどうだったかは分からないのだが、なんせ敵は延々大航海をしてきた艦隊である。そんなロシア艦隊と、そぐそばの日本から出撃してきた日本艦隊との対戦である。そんな戦いの結果は火を見るよりも明らかってなもんである。

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 その一方、旅順港を陥れた陸軍の二百三高地の攻略戦も、決して作戦的には成功だったとは言い難い勝利ではあった。

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 まあ、そんな単なる「ラッキー・チャンス!」でしかなかった日本軍の勝利という「成功体験」がその後の日本の歩みを誤らせるもとになったというのが、現在からの見方である。

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「神国日本は何をやっても勝てる」とばかりに中国を侵攻し、圧倒的な資源格差のあるアメリカと戦争をしちゃったのにも関わらず、その辺の彼我の違いに気づかず、相変わらず大艦巨砲主義で戦う日本海軍と、“臣民全て滅びようとも天皇一族とその神たる証しの三種の神器だけは厳然と残らねば・残されねばならない、そして最後には日本が勝つのだ”という八紘一宇の精神に凝り固まった日本陸軍が、その結果として、第二次世界大戦の敗北になったという風に考えれば、その大本となったのが「日本海海戦の大勝利」というものであり、戦艦三笠の勝利っていうものだと考えれば、その罪の重さというものを知らされるのであります。

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 まあ、海軍さんは「海軍カレー」くらいにして、おとなしくしているのが一番いいですなあ。なかなかおいしいカレーなんだから。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f/2.8 D @Yokosuka ©tsunoken

2017年9月 6日 (水)

戦わない軍隊が、世界で一番強い…という話

"Sittin' in the morning Sun, I'll be sittin' when the evening come" なんてオーティス・レディングでも歌いたくなる風景だ。

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 どこかで戦争でもやっているんだろうか……、なんていうのんびりした雰囲気なのだが、勿論北朝鮮の水爆実験やICBMなんていう「脅し」に包まれた海上自衛隊だし、一触即発の状態におかれているアメリカ海軍なのである。

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 まあ、軍隊である以上は、敵よりも自分の国の方が強い、強い武器を手にしているということを常に示さなければならないのは当然なんだが、じゃあ、そんな軍拡競争をやっていて、それに終わりはあるんだろうか。

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 軍備拡張に終わりはない……っていうか、当然軍拡競争をやっている以上は、それは終わりのないゲームであるし、絶対に決着はつかない競争なのだろう。

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 ただし、ひとつだけ言えることがある。つまりそれは「戦わない」ということなのだ。

 戦わなければ、その軍備が敵に負けていることを証明したことにはならないし、戦わなければ、自分の国の軍隊が敵よりも弱いということを証明したことにはならない。あるいは、軍備だけではなくて戦略的にはまさしく「戦わないことも戦いのうち」という考え方で行くのであれば、そこそこの軍備でもっても、結局は「戦わないことは、常に負けない」のであるのであるから、それは「勝った」のも同じことなのだ。

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 戦争において大事なことは、「勝つことよりも、負けないこと」というふうに視点を変えてみれば、まさしくこの「戦わないこと」が、実は軍隊において一番大事なことなのだ、ということに気が付くのである。

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 自衛隊が「戦わない軍隊」であることの重要さは、ここで証明される。日本の自衛隊は1950年に警察予備隊として発足以来、一度も戦闘において負けたことのない軍隊なのだ。

 これって、実は世界最強じゃない?

NIKON Df AF Nikkor 50mm f/1.8 G @Yokosuka ©tsunoken

 明日も、多分横須賀ネタ続きます。

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