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旅行・地域

2017年5月 1日 (月)

尾久駅、そして尾久三業

 上野駅から東北本線(高崎線、宇都宮線)に乗ると日暮里辺りから斜め右に折れて、次の駅は尾久駅である。

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 尾久駅は京浜東北線の上中里駅と操車場を挟んで東側にあるんだが、その上中里駅と京葉線の越中島駅と、この尾久駅がJR東日本の東京都区内の最少利用客数を争っているそうだ。

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 まあ、確かに駅前の明治通りを見てもあまり交通量は多くなくて、何となく「さびれてる町」って感じでしょうか。

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 ところが、その明治通りを少し田端方面へ行くと「右 西新井大師道 約六十三丁 左 王子稲荷道 約二十七丁」という道標がある。

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 で、西新井方面へ行ってみると「小台銀座」という名前と一緒に、下の方に「旧小台通り」っていう案内が出ている。

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 歩いてみると、いかにも昔の道らしくぐにゃぐにゃ折れ曲がっていて、飲み屋さんやスナックなんかが多い。ってことは、ここが大正時代にラジウム温泉が出て、「尾久三業」と呼ばれた地域なんだろうか。

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「尾久三業」と言えば「安倍定」さんで有名なところだ。

 今となっては安倍定さんが安倍定事件を起こした場所を特定することはできないが、まあ、そんな時代と事件が、こうした街にあったんだ、ってだけでも感慨深いものがありますな。

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 荒川区の西尾久二丁目から四丁目のあたり。まあ、今ではまったく当時の名残はありませんけれどもね。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Ogu Arakawa ©tsunoken

2017年4月30日 (日)

日光御成街道川口宿

 本郷東大農学部正門前の「本郷追分」で旧中山道と別れた日光御成街道(本郷通り)は、岩淵宿、川口宿、鳩ケ谷宿、大門宿、岩槻宿と過ぎて、幸手宿でもって日光街道に合流する。

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 その内、「宿場=泊まった場所」として唯一確認できるのは、「岩槻宿」として将軍が使ったとされる岩槻城祉だけである。あとは「宿場跡」などの道標があればいい方であり、まあ、歴史の積み重ねってやつは、そんなもんでしょう。

 岩槻宿以外は宿場といっても「泊まる場所」ではなくて、「休憩所」的な宿場だったようだ。

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 ここ川口宿も同じ事情で、宿場跡らしき町並みなんてものはなくて、はてさて宿場跡はどこにあるんだろう。

 川口駅の西口は完全なマンションなどの住宅街だし、東口も駅前こそは商業ビルなんかもあるが、その一枚裏側はやっぱり高層マンションばっかりだ。

 話は関係ないけど、多分この辺に住んでいる人たちって、固定資産税を払う時と選挙の時ぐらいしか、自分たちが埼玉県民であるとか川口市民であるなんてことを考えない人たちなんだろうなあ。っていう位、東京の感覚に近い街である。

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 で、唯一昔からの大通りらしき「川口本町大通り」を行くと、成田山別院なんてのがある。まあ、だいたいこんな建物があるとそばに神社があり、その神社が昔の町の中心地だったってのが相場なんだよなあ。

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 で、行ってみるとありました「川口神社」。元々は大宮の氷川神社から分祀したものらしいんだが、明治になって川口町内の天神社、稲荷社、金山社を順次合祀して明治42年に社名を川口神社と改めたというんだから、まあ神社としては結構新しい神社なんだ。最も氷川神社としては中世からある神社らしいんだけれどもね。

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 ななかな大きな神社で、社殿も立派だ。

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 で、その川口神社の社殿に優るとも劣らない立派な社殿が境内にあるんだが、そこが金山神社。

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 う~ん、金山神社も元々は由緒のある神社だったんだろうなあ。

 で、この川口神社が昔の川口の中心地であり、川口宿の中心でもあったようだ。この川口神社から少し荒川の方に行ったところに、川口宿の絵図というのもある。

EPSON R-D1s LEITZ ELMARIT-M 28mm f2.8 @Kawaguchi ©tsunoken

2017年4月28日 (金)

今日は日記風に

 今日のブログは日記ブログ風に……。って、まあ特にテーマがないってだけなんだけれども。

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 昨日は本駒込六丁目のキャピトル・コーヒーで買った大和郷ブレンドが少なくなってきたので、神田までコーヒーの買い出しに行った。

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「おお、もうすぐ神田明神のお祭りだなあ」なんて考えながら神田へ向かったと思いねえ。

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 で、たどり着いたのが斉藤コーヒー店。学生時代は駿河台下に店があって、よく屯していた喫茶店なのだが、当時は神田に本店があってコーヒー豆の卸をやっているなんて知らなかった。

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 で、私のお気に入りはこの「フレンチロースト」。キャピトル・コーヒーの大和郷ブレンドもお上品でいいが、私としては、こちらのガツンとした味の方が好きだな。

 普段は神田までは歩きでくるんだが、今日は午後に別の用事があったので山手線で。ここまで4,500歩。

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 午後は某日本医大まで外来の検診。結局、様子見は6月1日まで伸びることに。

 あ、5月3・4日の旅行には差し支えないそうなので、ご心配頂いた方々にはご報告をしておきます。

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 で、せっかく某日本医大まで来たので、前にある根津神社まで行ってきたのだが、ツツジはまだチラホラ。まあ、5月のGWまでに満開になればいいのかな。

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 某日本医大までは家から歩きでやってきて、根津神社でほゞ10,000歩。

EPSON R-D1s LEITZ WETZLAR SUMMILUX 50mm f1.4 & iPhone @Kanda Chiyoda, Nedu Bunkyo ©tsunoken

2017年4月27日 (木)

茅ヶ崎慕情

 いつものように、池袋で用を足した後は湘南新宿ラインに乗って、約1時間。何となく茅ヶ崎まで行ってしまった。

 藤沢や平塚は何度も行っているので、というのが茅ヶ崎に行った理由なんだが……

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 駅ビルの「ラスカ」なんかを見ていたら、なんか既視感があるなあ。

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 ああ、そうか。以前、書店未来研究会という組織のサイト作りを担当していた際に、会員書店である老舗書店「長谷川書店」を訪れたことがあったのだ。

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 でも、その時は北口の駅周辺をチョロチョロしていただけだったので、今回は南口を出てみた。

 別に何もない普通の住宅街なんだが、「雄三通り」なんてのがある。。つまり加山雄三氏の名前をとった通りがある。なるほどねえ。なるほどねえ、茅ヶ崎といえば加山雄三か。

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 で、海まで出てみれば、「おおそうか、『烏帽子岩』なわけで」そうなんだよなぁ。ここ茅ヶ崎はサザンオールスターズの桑田佳祐氏の出身地でもあったんだよなあ。

 で、それ以外のモノはあるのかと言えば……、別にない。

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 まあ、藤沢と平塚に挟まれた静かな住宅地だったんだな。

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 茅ヶ崎ってのは。

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 あっ、行ったのは大岡越前祭り(4月22日・23日)より前なので、映像はありません。っていうか、茅ヶ崎と大岡越前ってつながりが見えなかったのだ。

 それに4月22日・23日って、両方ともアメフトの試合があったんでね。

NIKOD Df AF Nikkor 50mm f1.8G @Chigasaki Kanagawa ©tsunoken

2017年4月24日 (月)

御嶽山は「おんたけさん」なのか? 「みたけさん」なのか?

 多分、東京都の北西部に住んでいる人にとっては「御岳山」(=みたけさん)なんだろうが、同じく東京都の南東部に住んでいる人にとっては「御嶽山」(=おんたけさん)なんだろう。

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 日本中に沢山ある「御嶽山」(おんたけさん、みたけさん)なんだけれども、要は山の上に「御嶽神社」(みたけじんじゃ)がある山が「御嶽山」(おんたけさん、みたけさん)なんだけれども、それらの中心にあるのが2014年に噴火した、あの木曾の御嶽山なんである。

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 その木曾の御嶽山の末社とでもいうんだろうか、要は木曾の御嶽山の支店みたいなのが全国にあって、それが全国の御嶽神社(みたけじんじゃ)となっているようなのだ。

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 つまり山の名前が「おんたけさん」というのは木曾の御嶽山だけであり、それ以外の「御嶽山」「御岳山」はともに「みたけさん」と呼ぶのが正しい言い方らしい。

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 それからすると、ここ東急池上線の「御嶽山駅」は本当は「みたけさん-えき」って読んだ方がいいようなのだが、「おんたけさん-えき」なんだよなあ。

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 まあ、それはつまり大田区の北嶺にある「御嶽神社」が「おんたけじんじゃ」だからなんだろうけれども。

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 ところが、その「御嶽神社(おんたけじんじゃ)」が経営している幼稚園の名前が「みたけ幼稚園」っていう名前なんだなあ。

 なんだか、よく分からない。

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NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Hokurei Ota ©tsunoken

2017年4月22日 (土)

東京周縁部を往く・若洲海浜公園と若洲リンクス

 夢の島の先に東京へリポートがあって、そのもっと先の一番海に近いところが、「江東区若洲公園」であります。

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 中にはサイクリングコースや……

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 キャンプ場や……

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 磯釣りなんかができる場所があって……

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 その先が、東京ベイブリッジ。ベイブリッジの右側が「海の森水上競技場」。ここがいいのか、宮城県の長沼ボート場がいいのか、埼玉県の彩湖がいいのかで揉めたところですね。

 何が「海の森」なんだかよくわからないが、っていうかなんで「海に森」があるんだ? ここは結構風が強いところなんで、ボート競技には難儀しますな。

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 で、若洲公園のお隣が、「若洲リンクス」。ここも、霞ヶ関カンツリー倶楽部とどっちがいいかで揉めましたね。

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 まあ、クラブハウスはあまり格好良くないけれども、コースはちゃんとしてます。ただし、ここも「リンクス」というだけあって、風対策をしなければなりません。まあ、全英オープンを開催するセント・アンドリュースだってリンクス・コースなんだから、ここだってレジェンドになる可能性はあったのにね。

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 まあ、そんなことはどうでもいいことですが、対岸は千葉県浦安市にある東京ディズニーランドです。

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NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Wakasu Koto ©tsunken

2017年4月20日 (木)

TOKYO STADIUM : IT’s ALL THAT's LEFT OF ANCIENT WARRIROS DREAMS.

 英文タイトル「東京球場:兵どもが夢の跡」っていうつもりなんですがね。これで伝わるのかなあ。

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 都電荒川線の町屋駅前から三つ目の停留所が荒川区役所前である。

 そこから日光街道に向かって千住間道を数分行くと、荒川総合スポーツセンターがある。

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 実はここ、1962年から1972年まで大毎オリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)の本拠地だった東京球場(東京スタジアム)があった場所なのであります。

 南千住から歩いていける場所で、冬はスタンド席を使ってアイススケートリンクなんかが作られていて、結構下町の球場として親しまれていた。私の家も当時は毎日新聞をとっていたので、たまに招待券なんかがもらえて、よく見に行ったもんだ。

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 狭い球場なので、ホームランを打つと簡単に場外ホームランになってしまって、となりの学校の校庭に入ってしまうという、ちょっとはた迷惑なグラウンドではあった。ナイターはまだしもデーゲームの時は危なくってしょうがない。

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 ただ、現在の荒川総合スポーツセンターのある方をホームベースとして見ると、外野フェンス越しには都立荒川工業高校があって、なんか昔場外ホームランが入った学校とは違うようだ。場外ホームランが入った学校は区立の小学校か中学だったような気がするのだ。

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 ということは、荒川工高とは反対側にある荒川区立瑞光小学校がその学校だったのだろうか。

Wiki ©Wikipedia

 ということでWikipediaの昔の写真を見ると、やっぱり球場の上の方に見えるのが瑞光小学校で下に見えるのが荒川工高のようだ。ということは、上の写真の左の方がJR南千住の駅だから、JR南千住の駅から行くと手前側がグランドスタンドだったような記憶は逆だったということになるんだなあ。

 まあ、人の記憶ってそれだけいい加減だってことなんですね。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Arakawa Sport Center  Arakawa ©tsunken

2017年4月19日 (水)

玄武館道場は何処に

 三月に小伝馬町牢屋敷跡を訪ねた際に見つけた「玄武館道場跡」なんだが、前回行った時には、それがどこにあるのかが分からなかった。

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 で、4月16日に再度訪ねて場所を調べてみたんだが、落語の外題「五貫裁き」で有名な徳力屋ビルの前の地図にはちゃんと載っている。

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 なるほど「一八通り」沿いなんだなと確認して行ってみたんだが……

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 財団法人無外流の道場はあるんだけれども、北辰一刀流の道場は見当たらない。無外流に関しては、池波正太郎の小説『剣客商売』で、主人公の秋山小兵衛・大治郎父子が無外流の達人という設定になっているので、それはそれで興味はあるんだけれども、本日のテーマからは離れるので、あえて無視。

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 どうもこの家の辺りの筈なんだけれどもなあ。

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 やっぱりこのビル建設現場が玄武館跡なのかもしれない。

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 ということは平成30年5月15日にビル工事は完了予定なので、多分、完成すればそこにまた玄武館道場跡の碑ができるんだろうと期待して、またこよう。

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NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Higashi Matsushitacho Chiyoda ©tsunoken

2017年4月17日 (月)

Shooting in Machiya

 4月14日のブログに"Changing the mood in Ginza"っていうタイトルをつけたら、Twitterで「Bingによる英語からの自動翻訳 銀座 http://bit.ly/2pePiKB で気分を変える」っていう翻訳が付いたので、面白がって、また英文タイトルをつけてみた。

 考えてみたら、あまり町屋の街について撮影をしたことがなかった。

 都電に乗っちゃうと終点の三ノ輪橋まで行ってしまうし、町屋の手前の西日暮里、日暮里、谷根千なんかはしょっちゅう撮影に行ったり、足立区方面に行くと帰りはだいたい町屋を経て帰ってくるんだが、わざわざそこで下りて写真撮影をしたことがなかった。

 ということで、銀座よりは狭い町屋ってことで、35mmレンズを付けて撮影に出かけた。

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 町屋って都電荒川線、東京メトロ千代田線、京成本線と三つの路線の駅がある、結構便利な場所なんだよなあ。

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 メインの通りはこの「尾竹橋通り」一本で、面白いのはこの通りにある交差点がすべて斜めに交差しているということ。つまりこの尾竹橋通りは新しくできた道路で、それと斜めに交差している道が昔からの道だってことなんだろう。昔の通りのほうが隅田川に並行して走っている。

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 大きな施設としては、この町屋斎場くらいかな。

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 いかにも「町屋」な「激安ショップ」を過ぎると、少し町は静かになってくる。

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 表通りは商店街(っていうか飲み屋街)、ちょっと裏に入ると住宅と町工場が密集している、商住工が入り混じっている町なのである。結構、この町って奥深そうな雰囲気はある。

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 で尾竹橋まで来るとそこは隅田川で、対岸は足立区千住。帝京科学大学がある。

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 尾竹橋通りはこのように尾竹橋と京成本線の高架橋の間の本の数キロだけの道だし、町屋の街もその位の狭い街なんだけれども、思ったより奥が深そうなので、いずれまた取材に行きたくなりそうな街なのであった。

 意外と近くに面白そうな街があったんだなあ。谷根千ばっかりじゃないよね。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Machiya Arakawa ©tsunoken

2017年4月15日 (土)

Changing the mood in Ginza

 結局、何のための三日間の入院だったんだろう。ってな気分を変えたくて、いつもの銀座まででかけた。

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 いい天気……

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 多くの人波にもまれているうちに、気分が良く……なるわけないか。

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 銀座ニコンサロンの脇の(って逆か)GINZA SIX(元の銀座松坂屋)が、昨日は4月20日の正式オープンを前にしてプレス内覧会を行っていた。

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 いつもの銀座がある。でも、少し変化が……

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 外国人観光客が中国人から若干東南アジアの方にシフトしてきたような雰囲気がある。

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 しかし、こんなJaywalkおじさんは相変わらずだなあ。

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NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Ginza Chuo ©tsunoken

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