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2019年3月11日 (月)

鳳山酒店と寫眞の家

 文京区と豊島区の境目、目白通りと不忍通りが合流する場所が文京区目白台二丁目交差点。すぐそばには日本女子大学があり、都心としては閑静な住宅に囲まれている場所ではある。

 その交差点に面して存在しているのが、如何にもレトロな「鳳山酒店」(当然、酒屋)と「寫眞の家」(当然、写真館)の二軒である。

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 鳳山酒店は大正12年に建てられたらしいのだが、それが関東大震災の前なのか後なのかは分からない。どうも「鳳山酒造」という仙台の酒蔵から仕入れた酒を売る店だったらしいんだけれども、今や、その鳳山酒造自体がなくなってしまっているので、その辺の、店の出自はわからない。

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 もっと分からないのが、お隣の「寫眞の家」という写真館。いまや「スマホというカメラ」を日本中の人が持ってしまっている時代、そんな「町の写真館」にわざわざ行って自画像を撮ろうなんて考える人がいるのかいな、と思ったんだが、まあ、まだ営業を続けているということは、「まだまだ健在です」っていうことをアピールしているのかもしれない。

 まあ、もしかすると椿山荘あたりの結婚式写真なんかを受け持っているのかもしれない。地元だし。

 いずれにせよこの二店、少なくとも第二次世界大戦の米軍空襲の被災は免れたようで、それはそれで結構なことである。

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 で、この鳳山酒店と寫眞の家の間の道が、富士見坂と呼ばれている、この辺りの目白通りの脇道と同じで凄い急坂なのであります。

 まあ、だいたい東京で雪が降った翌日に、朝のニュース番組で「坂道で滑った転んだ」の映像は大体この近辺の目白通り西側の坂道で撮影されるんだが、この富士見坂もそのひとつ。多分、都内で一番急な坂道群なんだろう。

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 まあ、この近辺はかなり昔からの建物なんかが残っていて、文士なんかが沢山住んでいたようだ。そのうちの一人、山窩(という人々のこと)を書いたことで有名になり、その後、池袋人生座、文芸坐の創設にかかわったことで有名な三角寛が住んでいた家は、今でも「寛」という名前の料理屋になっている。場所は雑司が谷だけれども、目白台のすぐ裏。K談社にいるとちょくちょく使う店。

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 同じ「寛」でも、文藝春秋の菊池寛もこの辺に住んでいたらしく、菊池寛旧居宅という碑があるマンションなんかもあるんだなあ。

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 で? 何か、オチ? 今日はそんなものはありません。

 目白台とか雑司が谷が昔のままのところが結構残っているっていうだけのことで……。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Mejirodai Bunkyo ©tsunoken

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