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2018年11月 3日 (土)

久しぶりの名古屋

 名古屋行きのフィルム現像が上がって来たので、早速UP。

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 動物園関係は一昨日のブログで載せたので、今日はあまり動物園っぽくない写真がメインになります。

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 今から40年近く前になるのだが、私が名古屋市民(って、実は名古屋に住民登録はしていなかったので、本当の意味では名古屋市民ではなかったんですが)だった頃があったんだけれども、その約三年間、実は一度も東山動物園に行ったことはなかった。

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 ただし、東山動物園には行ったことはなかったんだけれども、東山にはよく行っていた。

 つまりそれは、当時は東山の周辺も今みたいな住宅地にはなっていなくて、完全に裏山状態だった。なので、当時の東山の裏山は舗装林道みたいな感じの峠道が結構張り巡らせられていた。

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 まだまだ、東山はまさしく「名古屋の東側の山」っていうことで、その辺りから「名古屋の郊外」が始まるっていうような山だったんですね。

 私が住んでいたのが地下鉄東山線の東山公園駅の二つ先の一社という駅だったので、車通勤していた私は、まあ、夜な夜な東山の裏側を走り回っていたっていうわけです。

 当時はNDC東京というニッサン系のクラブに入って、ラリー仕様のニッサン・バイオレットPA10に乗っていたということもあって、結構、山の中でクルマを振り回して走るのが好きだったんです。ドリフトなんかをしちゃってね。まあ、今だから言える話なんですけれども。「イニシャルD」なんかが始まるずっと前です。

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 そういう意味では、今から40年近く前まではまだ名古屋も現在ほどの大都市じゃなかったのかもしれない。あ、勿論当時から大都市ではありましたが、現在ほどにはっていう意味です。

 当時の愛知県の人口はほぼ600万人、名古屋市が210万人、現在はそれぞれ750万人と230万人なので、当時でも既に世界に冠たる大都市ではあった。でも、当時すでに1000万人を超えていた東京から移り住んだので、やっぱり名古屋は田舎だなあという感覚はあった。

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 さらに「大きな田舎」と呼ばれており、今もそう呼ばれている名古屋である。

 人口が200万人といえば確かな大都市なんだけれども、なんとなく名古屋の人の地味さとか、町の造り、つまり盛り場が栄しかないとか、名古屋城を模した天守閣を作っちゃった名古屋市役所や愛知県庁なんかが偉そうに建っているなんてところが、「結局、名古屋って田舎なのね」って呼ばれていて、今でもそう呼ばれているのだ。

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 ただし、名古屋の町の大きさというものには結構気に入っている部分もあって、東京の茫洋たる大きさには少し辟易していたことなどもあり、名古屋に移り住んじゃおうかななんて考えていた時期もあった。

 まあ、でもたまに東京に帰ってくるとホッとするなんてこともあるので、結局名古屋には定住することなく済んでしまったのでありました。

 結局、東京生まれの私としては、東京以外の都市には住めないのですね。

LEICA M6 KONICA M-HEXANON 50mm f2 & LEICA ELMARIT 28mm f2.8 @Nagoya ©tsunoken

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