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« 『戦後腹ぺこ時代のシャッター音』岩波写真文庫が象徴するもの | トップページ | 横浜そぞろ歩き »

2018年9月11日 (火)

『岩波写真文庫』は写真の原初を思い起こさせてくれる

「復刻版 岩波写真文庫」には様々の復刻版があって、その復刻版自体も絶版になったりしていて、訳が分からなくなっている。

 取り敢えず著名人がセレクトした復刻版としては「森まゆみセレクション」「山田洋次セレクション」「川本三郎セレクション」がそれぞれ一種類づつ、「赤瀬川原平セレクション」が二種類出ていて、今日紹介する「田中長徳セレクション」と合わせて、5セレクション、6タイトルがある。

Photo 『復刻版 岩波写真文庫 田中長徳セレクション』(田中長徳・選/岩波書店)

 田中長徳セレクションは、「写眞」(1950年7月30日刊)、「レンズ」(1950年9月30日刊)、「本の話」(1953年11月15日刊)、「やきものの町-瀬戸-」(1955年10月25日刊)、「パリの素顔」(1956年7月25日刊)の5冊。

 各巻の関東には、選者の田中氏が「まえがき」にあたる「選者からのメッセージ」が掲載されており、巻末には森仁史による解説的な「写真文庫ひとくちばなし」が掲載されている。あとは、普通に「復刻版 岩波写真文庫」のままである。まあ、復刻版なんでそれは当たり前か。

「写眞」とか「レンズ」が前の方に来るのは、さすがに写真家だけはあるのだが、そうは言っても、「写眞」の前書きに記されているのは監修の名取洋之助と写真の木村伊兵衛の相克の話というのが面白い。

『本書が面白いのは、監修は名取洋之助、写真は木村伊兵衛とあることだ。その全部が全部ではないにせよ、スナップの名人の木村先生も仕事となれば、色々な写真を撮らなければならなかった。
    <中略>
 名取はドイツ仕込みの正統派の報道写真であるから、それに付ける説明文でその写真はどの方向のプロパガンダにも使えることを実際の写真とそのキャプションを何例か示して、ある写真を良い意味にも報道でき、逆に悪い意味でも報道できることを書き分けている。』(岩波写真文庫 8『写眞』より)

 というのは、まさしく私が現在言っていることそのものなのだ。まあ、木村伊兵衛氏のスナップ写真が何かの思想を物語っているのかと言えば、スナップ写真自体にはそれほどの意味はないはずなんだが、しかし、それに何らかのキャプションをつけることは可能であり、そのキャプション自体の方向性によっては写真が「何か」を物語っているようにも意味付けするようにできてしまうのだ。

 それはさておき……

『16頁に「実存主義スタイル」とキャプションが付いた、サンジェルマンあたりを行くパンツルックの女性と、ブルゾンの男性のスナップがある。今ならユニクロファッションで普通に見えるスタイルだが、その源流はここ巴里にあったのかと感心した。そう言えば論客のサルトルさんだって、当時はごく普通の背広を着ていたのだから』(岩波写真文庫 194『パリの素顔』より)

 という田中氏の書き方には笑ってしまいますね。

 田中氏が書いた部分のキャプションは……

『道路劇場

 ところで通りは確かに面白い。テラスでじっと見ているとあらゆる人間が通る。あらゆる人種が、あらゆるファッションが通る。あらゆる髪が、あらゆる鬚が通る。あらゆるハンド・バッグが、ズボンが、靴が通る。通る身になるとまた面白い(カフェのテラスの前だけは足が速まる)。あらゆる店が、あらゆる品の並べ方をしている。新聞雑誌屋、花屋、果物屋、富籤屋が大道でせわしげに人を呼ぶ。黙々として歩道に色チョークで絵を描いている男がいる。これもエコール・ド・パリの一画家か。思い出したように小銭が側の木箱の中に投げ込まれる。』

 というんだが、なんかこのキャプション自体が、なんか詩的じゃないですか?

 さらにこの本の田中氏の「選者からのメッセ―ジ」は

『これはパリというよりも巴里ですね。戦前の巴里は実に輝いていた。そして遠かった。なにしろ「仏蘭西ゆきたくても仏蘭西はあまりにも遠かった」のである。船で片道が四十日もかかるのだからこれは遠い。遠いからこそそこに価値が生まれた。戦前の小説などでは、仏蘭西文化の研究に熱き血を滾らす一青年が、手練手管を使ってお金持ちに援助をさせて、それが功を奏して、いざ! これから巴里に行くぞ! というところで終わっているのがある。実際に巴里に行くよりも、そのお膳立てだけで立派に小説になってしまうのである。それほどに巴里は遠かった。』

 というもの。

 そんな「遠い」巴里まで、現在は半日のフライトで到着してしまう。今や、パリやローマだろうがニュー・ヨークだろうが、ロンドンだって、ヘルシンキだって、別に「その気になれば、誰でも、すぐに」行けちゃう時代なのである。

 それでも、未だに人を惹き付ける魅力のあるパリってなんなんだろう。いやあ、またパリに行きたくなっちゃったなあ。もう何年ぐらい前だったんだろう、前回パリに行ってきたのは。

 まあ、「スナップの名人の木村先生」の先達に当たるアンリ=カルチエ・ブレッソンがいたパリなのだ。一方、その先達に追いつけ追い越せじゃないけど、いまの若い人たちにとってはパリよりはエキサイティングな街としてはニュー・ヨークなのかなあ。

 でも、考えてみるとそれって単なる「逃避願望」なんですね。

 なんか、今いる自分の町では撮るものもなくなった気がして、どこか他の町へ行きたくなるっていう、私が毎日行っている「逡巡」そのものなんですね。

 本当のスナップていうのは、アンリ=カルチエ・ブレッソンがやっていたような、「パリに住んで、パリの写真を撮り続ける」っていう、それこそ「スナップ写真の王道」なんでありますね。

 でも、私たちの至らなさ加減と言えば、「今の場所でいい写真が撮れない原因は、今の場所には撮るべきものはないからだ」と考えて、いろいろ撮影場所を変えてしまうところなんだなあ。

 その辺が「佃に住んで、佃周辺をばっかりを撮っている」っていう田中長徳氏の撮影スタイルに現れているのだろうか。

 とは言うものの、毎日毎日「今日はどこに撮影に行こうかな」なんて考えている私は何なんでしょうね。

 もうバカとしか言いようがないな。別に、「駒込周辺+東京都」でいいじゃん……、でもねえ。

『復刻版 岩波写真文庫 田中長徳セレクション』(田中長徳・選/岩波書店)

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