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2018年9月16日 (日)

気分を変えて忍城へ

 ちょっと手近な東京都内の公園巡りにも飽きたので、埼玉県は行田市まで行ってきた。

 行田市には冬に行われる自転車レースの行田クリテリウムの取材で何回か行っており、忍城やさきたま古墳群なんかにも、そのついでに行ってはいるんだが、いつもクルマで行っていたので、今回は初めて電車で行ってきた。

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 電車で行田市に行くには高崎線の行田駅で降りるのと、高崎線を熊谷で降りて秩父線に乗り換え、三つ先の行田市駅で降りる方法のふたつある。しかし、高崎線の駅は行田市のとっぱずれの荒川のほとりにあって行田市の中心部にはバスで行かなければならない。したがって、町の中心にあるお城や古墳群に行くには秩父線で行く方法をおすすめします。

 当然ながら、忍城やさきたま古墳は行田市の中心部分にあるのだ。その場所から「行田市」ってのが出来たわけですからね。

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 小説や映画の『のぼうの城』で有名な忍城は、行田市駅から歩いてすぐの、行田市役所のすぐ裏にある。

 まあ、東京で言えば皇居のすぐそばの宮内庁辺りに(それでも遠い)東京都庁があるようなものかしら。市役所に立つと、すぐ裏に忍城の三層櫓が見えるんですね。う~ん、お役人根性っていうか。やっぱり自分たちは市民(平民)の上に睥睨する立場なんだって思っているんでしょうかね。

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『忍城は 文明十年(一四七八)頃 成田顕泰により築城された「守り易く攻めにくい」難攻不落の名城であったと伝えられている。
 天正十八年(一五九〇)豊臣秀吉の関東平定の中で戦われた石田三成による忍城水攻めにも耐えこの城は水に浮くのかと 恐れられ「忍の浮城」とも称されたという。』  というのが、行田市による『忍城の由来』。

 この辺は『のぼうの城』でも、皆さんよくご存じの話。

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 一番下の写真でも確認できるけれども、忍城を中心とした行田市およびその周辺の位置関係がわかりやすい。

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 車で行くと、意外と周辺のものには気がつかずに終わってしまうことがあるのだが、さすがに歩きだと、いろいろ周辺にあるものを気づかせてくれたりする。

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 忍城と国道を挟んだ先には東照宮があって、徳川幕府の中でも重要な城だったということがわかる。

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「埼玉(さいたま)」の言葉の起源となったのも、「さきたま古墳」かららしい。

 とすると、大昔、行田市は埼玉というか武蔵の国の中心部分だったのかしら。

 う~ん、しかし今どき「切符を買わなければならない」秩父鉄道ってすごいな。ICカードが使えない、なんて文句を言っちゃいけない。むしろ、「ICカードなんぼのもんじゃい」ってなところですな。いやいや、昨年の秋田旅行の時以来です。でも、ここって東京のすぐそばの埼玉県なんだけれどもなあ。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Gyoda ©tsunoken

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