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2018年9月10日 (月)

『戦後腹ぺこ時代のシャッター音』岩波写真文庫が象徴するもの

「岩波写真文庫」って、今から考えると随分ユニークな叢書である。

「アサヒグラフ」などの大人向けグラフ誌でもないし、子供向けに世の中のいろいろな状況を教えてあげようという岩波らしい教養主義的な叢書なんだが、それをすべて写真で知らせようというのがその目的。

 まあ、当時はアナログフィルム写真という手段がニューメディアだったんだろうな。既に戦前からグラフジャーナリズムというものを手掛けていた名取洋之助が立ち上げた、新たなグラフジャーナリズムが「岩波写真文庫」っていうことなんだろうか。

『岩波写真文庫(いわなみしゃしんぶんこ)とは、岩波書店が1950年代に出版していたテーマ別写真集叢書(カラー写真は使われていない)。編集長は名取洋之助。1980年代以降度々復刻版が出されている。
B6判64頁で、1950年(昭和25年)から1958年(昭和33年)まで286巻が出版された。1冊100円。』

Photo 『戦後腹ぺこ時代のシャッター音 岩波写真文庫再発見』(赤瀬川原平著/岩波書店/2007年9月27日刊)

 その286巻のうち赤瀬川原平氏が自らの興味に従いセレクトして、それについて言及したのが本書である。岩波「世界」に2年間にわたって連載をし、そこで取り上げた叢書のタイトルは当然24あるわけで、言ってみればその後の「岩波写真文庫セレクション」という復刻版シリーズの「はしり」がこの本だといっていいだろう。

 本書で扱っているテーマ及び本のタイトルは以下の通り。

アメリカ人の生活を見る・岩波写真文庫5『アメリカ人』1950年6月10日/捕鯨船団ヤマトの時代・岩波写真文庫3『南氷洋の捕鯨』1950年6月10日/肖像からはじまった写真・岩波写真文庫8『写眞』1950年7月30日/電気がまだハダカだった・岩波写真文庫190『家庭の電気-実際知識-』1956年6月25日/日本人はなぜ野球が好きなのか・岩波写真文庫36『野球の科学-バッティング-』1951年7月10日/車が自動車だったころ・岩波写真文庫94『自動車の話』1953年9月30日/むかし見た明るい夢・岩波写真文庫65『ソヴェト連邦』1952年9月30日/黒々として神々しい巨大獣・岩波写真文庫21『汽車』1951年4月20日/靴ぴったり至上主義のころ・岩波写真文庫118『はきもの』1954年7月20日/芸術も前進の時代だった・岩波写真文庫78『近代藝術』1953年1月5日/不潔でも逞しかった蛔虫時代・岩波写真文庫44『蛔虫』1951年10月5日/日本列島初の同時多発フォト・岩波写真文庫183『日本-1955年10月8日-』1956年4月25日/交通巡査の立っていた東京・岩波写真文庫68『東京案内』1952年7月25日/電話番号の下に(呼)があった・岩波写真文庫34『電話』1951年6月30日/どこを写真に撮っても様になる・岩波写真文庫194『パリの素顔』1956年7月25日/産業革命を率いた王様。岩波写真文庫49『石炭』1951年11月25日/鉄と海が相手の職人魂・岩波写真文庫67『造船』1952年6月20日/真実の漏れ出る部分・岩波写真文庫13『心と顔』1951年2月20日/子供特派員の目の輝き・岩波写真文庫199『子供は見る』1956年9月25日/玉音放送を聞いて家路に・岩波写真文庫101『戦争と日本人―あるカメラマンの記録―』1953年8月15日/排気ガスの代わりに馬糞があった・岩波写真文庫48『馬』1951年12月1日/団塊世代が一年生だったころ・岩波写真文庫143『一年生―ある小学教師の記録―』1955年3月25日/塩分欠乏でへたり込んでいた・岩波写真文庫193『塩の話』/深山幽谷から色香まで・岩波写真文庫213『自然と心』1957年1月25日

 ちなみに、岩波写真文庫の第1号は『木綿』、第286号は『風土と生活形態―空から見た日本―』。それぞれの号数ごとのタイトルを追ってみるんだが、あまり前後の関連性はない。まあ、なんとなく企画会議で「次何やろうか」的な話し合いのうえでテーマを決めたんじゃないかな。

 1950年から1958年という岩波写真文庫の発刊時には、赤瀬川氏は13歳から21歳ということなので、もしかすると人生で一番感性が鍛えられる時期かもしれない、それなりに物心ついていた時期から大人になるまでの期間だったということになるので、まさにその時期に、それぞれの事象を体験しながら生きていた、ということで岩波写真文庫について語るっていうのには一番相応しいかもしれない。

 私は1951年生まれなので、当然ながら岩波写真文庫については発刊当時には知る由もなく、後にそれなりの年齢になってから、初めてその存在を知ることになった。しかし、そこに綴られていることについては、結構、私なんかでも知っていること、経験していることなんかも多くあった。まあ、その辺が、このシリーズが「団塊の世代」のオジサンたちに読まれて、なおかつ復刻版シリーズが出ている理由なんだろうな。

 まず最初に『アメリカ人の生活を見る・岩波写真文庫5『アメリカ人』1950年6月10日』が置かれているのもむべなるかなである。

『この写真文庫の始まりは一九五〇年の六月で、リストを見ると最初の五冊刊行に中に『アメリカ人』というのがある。
 まずはそうだろう。アメリカ、アメリカ人というのが、日本ではいちばん珍しいものだった。戦争で全力を尽くして敗けた相手。敗けてみれば相手は強大であり、その後は圧倒されるような近代文明が流れ込んでくる。日本の戦後はそれに憬れることから始まった。』

 要はあの、コーンパイプを口にして厚木飛行場でダグラスDC-3を降りてくる……、あるいはGHQに接収された第一生命ビルの中で、開襟シャツで(日本国民全部の父親である)モーニングという正装の日本天皇と並んで撮影された新聞写真に写されているダグラス・マッカーサーの姿に象徴されるものが「アメリカ」なのである。つまりそれは(体が、国が)「大きい」のと同時に(態度が、考え方が)「尊大である」というものがないまぜになって、しかし、日本は絶対にそれに勝てないだろうという諦念がそこにはある。

 その数年前までは日本が東亜の中心だったものが、戦争に敗けた途端、世界の中心はアメリカになってしまい、その歴史がその後70年続き、今、その歴史が終わろうとしている。

 そんな70年の日本の歴史の出発点がこの岩波写真文庫にはある。

 今、日本ではSNSのおかげで再び写真文化花盛りではあるけれども、しかし、それが民主主義というものにつながっている写真文化なのか、あるいは新たな「見えないファシズム」につながっている写真文化なのかは、未だ、誰も分からない。

『戦後腹ぺこ時代のシャッター音 岩波写真文庫再発見』(赤瀬川原平著/岩波書店/2007年9月27日刊)

 こちらもどうぞ。この他にも、「山田洋次コレクション」とか「森まゆみコレクション」とか、「川本三郎コレクション」などの復刻版があります。「田中長徳コレクション」にかんしては明日のブログで。

『岩波写真文庫 田中長徳セレクション』

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