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2018年9月 1日 (土)

「下町」と「山の手」の境目はどこにあるのか

「山の手を見るなら坂を見ろ、下町を見るなら川を見ろ」という言葉があるそうだ。確かに、山の手は山と谷の連続なのでその上と下をつなぐ坂道が多いし、下町は江戸幕府が作った運河が数多くあるので、隣町との境目が川であるという場所は多い。

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 江戸時代前期の御府内において、江戸城の近辺とその西側の高台の山の手台地を幕臣などの居住地帯や地方藩の江戸屋敷として開発した場所が山の手。

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 一方、幕府が台地に屋敷を造ったのち、低湿地帯を埋め立てて職人町等を造ることにし、掘割が縦横に走る市街地の下町を造成していった。それが下町。芝居小屋や遊郭などの遊び場も栄え、江戸文化が花咲いた。

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 六本木も東京ミッドタウンは萩藩毛利家の屋敷だったところだし、六本木ヒルズもテレビ朝日の毛利庭園という庭園を脇に持っているとおり、長府藩毛利邸の後に出来た町だ。

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 ところが、そのすぐそばの坂の下にいかにも下町風情のある麻布十番があるのだ。じゃあ、麻布十番は元は何だったのか? 山の手なのか下町なのか?

 実はそこも仙台藩の江戸屋敷だった。つまり「山の手」ね。

 ただし、渋谷川の下流である古川の沿線にある麻布十番は低湿地帯で住みづらかったらしく、仙台藩は麻布の山の上の方に藩邸を作って、下の方は幕府に返してしまったらしい。その仙台藩藩邸のあった場所へ古川方面から上がっていく坂が「仙台坂」という。

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 東京における下町の代表的な地域は日本橋、京橋、神田、下谷、浅草、本所、深川という、江戸城から東の方のお城から見下ろした町で、それを象徴するのは隅田川なのだろう。「城下町」という言い方も、要は「お城下町(おしろしたまち)」という意味で、やはり江戸城から見た「山の手」と「下町」という位置関係だ。

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 そういう意味では、「山の手にある下町=麻布十番」というか「下町の中にある山の手=麻布」という町の存在はそれこそユニークで、面白い存在だ。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm f4 @Azabu Roppongi ©tsunoken

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