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2018年7月 4日 (水)

世田谷奥沢の馬頭観音と新奥沢駅跡

 暑い日は外を出歩きもっと暑くなっちゃおう、ってなもんで午前中に千駄木で用をすましたのちは、そのまま東京メトロ南北線に乗って大岡山まで。

 大岡山と言えば当然東京工業大学の話をしなければならないわけだが、残念ながら今のところその持ち合わせがないので、東工大はスルーして、中原街道まで出てきたわけです。

 大岡山駅前には東工大と逆の方向に、如何にも地域にそぐわない感じの下町風の商店街があって、それはそれで面白そうなのだが、それは別の機会に譲って、今日は東工大の前を進んで中原街道へでて、洗足池方面とは逆に川崎方面へ進むと、自由通りの最後に出るので、そこを北進して奥沢駅方面へ向かいます。

 自由通りと中原街道の交差点付近には、それまで暗渠の下を走ってきた呑川が、東工大を過ぎたあたりで再び地上に出て、そのまま蒲田方面へ進むわけです。昔はここまででも結構広い川だったらしい呑川なんだけれども、現在はそれほど広い川ではなくて、蒲田駅あたりからかなり広い川になる。

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 で、自由通りを深沢駅方面へ「登る」。まあ、この辺は多摩丘陵の一番外れの部分で、様々な崖線があって、要はそこを上ったり下りたりする道がとても多い。

 で、その上り下りの多い地形から、この地域が古くから住宅地として発展してきた、という背景もあるのだ。つまり、土地の低い場所は池や公園にして、住まいは高台の上に置くという考え方ですね。このあたり「高台と低地の境目」を走っている、東急の目黒線や池上線周辺などの沿線を歩いてみると、その「境い目」ってのがなんとなく見えてくるってのも面白い。

Dsc_00562

 で、自由通りを奥沢方面へ進んでいくと最初に出くわすのが、東玉川にある馬頭観音なのである。

Dsc_00582

 馬頭観音自体は別に「馬」とは関係ない観音様のひとつなんだけれども、まあ、なまじ「馬頭」なんて名前がついちゃったんで、結局「馬の神様」みたいになってしまったんですね。

『「馬頭」という名称から、民間信仰では馬の守護仏としても祀られる。
 近世以降は国内の流通が活発化し、馬が移動や荷運びの手段として使われることが多くなった。これに伴い馬が急死した路傍や芝先(馬捨場)などに馬頭観音が多く祀られ、動物への供養塔としての意味合いが強くなっていった。特に、このような例は中馬街道などで見られる。』(Wikipedia)

 ほら、こんなところで「中原街道」が。現在はお屋敷町のひとつに数えられている奥沢だけれども、まあ、昔は結構「田舎」だったんですね。

 で、田舎と言えば、それとは関係なく、下の写真ってなんだかわかりますか? 4台駐車しているクルマの右側にある碑なんですけれどもね。まあ、分かんないか。

Dsc_00642

 実は「新奥沢駅跡」っていう碑なんですよ。

Dsc_00662

 東急目黒線の前身の東急目蒲線の前身の目黒蒲田電鉄っていう会社があって、そこが新深沢線という路線を作って、「雪が谷(現在の雪が谷大塚)-諏訪分-新奥沢」っていう超ローカルな電車を走らせたらしい。

 結局、諏訪分駅を利用する田園調布学園の生徒ぐらいしか利用者がいない電車で、じきに東京急行に吸収されてしまい、新深沢線は廃止、目黒蒲田電鉄は多摩川園(現・多摩川)駅経由の東急目蒲線になったっていうわけ。まあ、実はそんな単純に「新深沢線」が「目蒲線」になってていうわけじゃない、経緯があるんだけれども、それはまたいずれ。

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「山の手」と思っていた世田谷区深沢近辺なんだけれども、いやいや、さすがに「町に歴史あり」なんですね。

NIKON Df AF NIKKOR 28mm f2.8 D @Higashi Tamagawa & Okusawa ©tsunoken

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