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2018年7月13日 (金)

宮原照夫氏、逝く

 私のサラリーマン時代の上司でもあった宮原照夫氏が亡くなった。

 享年80歳。

 宮原氏は高卒で講談社に入社し、『少年倶楽部』編集部に配属、1959年に『週刊少年マガジン』創刊スタッフとして参加。ちばてつや氏の担当編集者として「ちかいの魔球」「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」などを連載、梶原一騎氏の担当として「巨人の星」「あしたのジョー」などを連載し、その後、『週刊少年マガジン』の編集長となった。

20180712

 1980年に『週刊ヤングマガジン』を立ち上げ、大友克洋氏の「AKIRA」連載のきっかけを作り、その後、マルチメディア事業局長となって、私の上司となったわけです。立場的には「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」などのアニメ制作のエクゼクティブ・プロデューサーなどを務めたなどがあるが、私の直接の上司ではなかったけれども、まあ、いろいろ話はさせてもらった。

 いかにも長野県出身者らしい生真面目さがあり、「へぇ~、こんな真面目な人がマンガ雑誌なんかの編集をやっているんだ!」と思ったりして、まあ、東京モノのイイ加減な私とは必ずしも息があったわけではないが、映像制作の先達として私を遇してもらって、いろいろ「映像ビジネス」の話をした記憶がある。

 講談社を辞めた後は子会社の株式会社コミックス代表取締役、相談役などを歴任し、2004年に退社し、その後は悠々自適の生活を送っていたらしい。

 引退してからは自転車に凝ってみたりして、結構元気に暮らしていたらしいのだが、それ以上のことは知らなかった。

 80歳っていう年齢は、まだまだ十分元気に生きていてもよさそうなものだけれども、まあ、寿命っていうものなんだろうなあ。

 春に亡くなった由利耕一氏とともにコミックス「AKIRA」にかかわった人たちが順々にいなくなってしまう。そうか、もうアニメーション映画「AKIRA」を作ってからすでに30余年は過ぎているのだ。まあ、そんな感じで亡くなっていくんだろうな。次は〇〇さん、次は〇〇さん……ってい感じで、順々に亡くなっていくんだろう。

 まあ、それも人生……、俺はどの辺の順番でいなくなるんだろう。

 合掌

『実録! 少年マガジン編集奮闘記』(宮原照夫著/講談社/2005年刊)

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