フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« GM、新CFOに39歳のインド出身女性 | トップページ | 「BULL!」な週末 »

2018年6月18日 (月)

TOYOTA GAZOO RACINGル・マン初優勝! の意味

 ハッキリ言って、私はトヨタ・ファンではない。持っていた、乃至、持っているクルマに関しても、これまでトヨタ車は一切ない。

 何故か? う~ん、一言では言えないんだけれども、なんか「トヨタの全能感とか、それでいて完璧な『日本の会社」感」みたいなのが嫌いだったんだろうなあ。

 トヨタに対する(対していた)ニッサンのモットーは「技術の日産」で、その日産が技術を注いで成し遂げたのがサファリラリーだった。世界ラリー選手権じゃなくてサファリラリー。つまり、その当時、日本のクルマファンにとってはラリーだろうが、スポーツカーだろうが、勿論、F1なんかは問題外。まだまだ、世界水準に達していない日本のモータリゼーションでは、世界ラリー選手権の中の特に一番特殊だったサファリラリーだって、そこで優勝すれば「相当なもんだ」ったわけなんですね。

 その当時、トヨタは海外レースには目を向けず、国内の日本グランプリを頂点とするレースに地道をあげていた。まあ、まだまだ海外マーケットに目を向ける時代ではないという判断だったんだろうけれども、一方、日産や三菱は海外レースにも通用するようなマシン開発を、(会社全体ではなかったけれども)社内有志が携わる形で行っていた。結局、その程度の規模では世界のメーカーチームに対抗することはできずに、一方、日本国内ではトヨタが圧倒する形でモータースポーツは動いていたのだった。

「う~ん、そんな海外で通用するものじゃなくて、日本国内だけでしか通用しないモータースポーツやってて、何の意味があるの?」

 というのが、当時のモータースポーツファンたる私の本音だった。それでいて「お客様のご要望にすべてこたえるトヨタ」的な全能感が、本当に嫌いだった。当時、人気だったヤマハ製のツインカム2T-Gエンジンを搭載したカローラ・レビン、スプリンター・トレノ、セリカGTなんかがラリー屋さんの中では人気だったんだけれども、へそ曲がりの私は、シングルカムの日産車でどうやって戦うかってことに夢中だった。

 まあ、だからと言ってトヨタ車に勝つには、私のド下手な腕前じゃ、まず問題外だったんですけれどもね。

Df5uaqfx4aafhlx

 そんなトヨタが変わったのは、やはり創業者の家系の豊田章男氏が社長になってからではないだろうか。

 2009年にトヨタの社長に就任した豊田章男氏は、まあさすがにお坊ちゃんだけあってまずなにをやったかというと、自動車レースだったんですね。

 勿論、豊田章男氏がレースで勝てるはずはない。ポイントは「自動車メーカーにとってレース活動は、企業文化として大事にしないといけない」という点に気づいたというところではないだろうか。トヨタが一時期チームトヨタヨーロッパー(TTE)でもって世界ラリー選手権に参加していた時期だとか、ホンダが負けても負けてもF1に参加し続けるっていうことも、モータスポーツの文化としての重要性や、メーカーとしてそうした「文化」に携わることの重要性を感じていたからなのではないだろうか。その辺の感じを日本にあるトヨタ本社は実はあまり認めていなかったんですね。実際、モータースポーツなんて単なる「金食い虫」でしかなく、その結果が直接セールスに繋がっているわけでもない、というのは「モータースポーツの文化としての重要性と、そうした文化をメーカーが内部に持つ必要性」を理解できないメーカー本社の考え方なんだったんじゃないか。

 その辺が豊田章男氏が社長になって、TOYOTA GAZOO RACINGを始めてから変わった来たように見える。「別に、勝って・製品の販売促進になる」からモータスポーツをやるんではなくて、それは自動車で稼いでいる自動車メーカーだから、そうした「文化」に触れている必要があるんだ、という考え方。

 勿論、トヨタがル・マンに参加したのは豊田章男氏が社長になってからではない。1987年にトヨタ・チーム・トムス名義で参加した時が、トヨタがル・マンに直接的・間接的にかかわるようになった最初だ。それから30年、いろいろなチーム名を使いながらワークス、セミワークス活動でル・マンに参加してきたトヨタである。

 今年は、ポルシェがワークス参加がなかったからとはいえ、とりあえずはワンツーフィニッシュという結果には、とりあえず「おめでとうございます」と言っておこう。

 仮にライバルがいなかったからとはいえ、それでも30年間続けて参加してきた結果がワンツーフニッシュなんだと思えば、それはそれでめでたいことではある。

 ル・マンは世界耐久選手権(WEC)の一戦にしかすぎないけれども、でも、やっぱりル・マンはル・マンなんだ。当然、来年のル・マンに向けて再びポルシェが復活することもあるだろうし、その他のヨーロッパやアメリカのメーカーだって、手をこまねいているわけではないだろう。

 チャンピオンになることよりも、チャンピオンの座を守ることの方がずっと難しいという。その意味では、トヨタにとって既に来年のル・マンに向けての作業が始まっているんだろう。

 来年は、トヨタはどんなマシンでもってル・マンに挑むんだろう。

« GM、新CFOに39歳のインド出身女性 | トップページ | 「BULL!」な週末 »

スポーツ」カテゴリの記事

コメント

トヨタは、実力としては一昨年からチャンピオンだったのがようやく実際にチャンピオンになったわけで、ポルシェは分かっていて逃げたんじゃないかと思う。トヨタに勝てるマシンが開発出来ない間は戻って来ないのでは?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/66841682

この記事へのトラックバック一覧です: TOYOTA GAZOO RACINGル・マン初優勝! の意味:

« GM、新CFOに39歳のインド出身女性 | トップページ | 「BULL!」な週末 »

2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?