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2018年5月16日 (水)

東京周縁部を往く・登戸の渡し

 以前、サイクリングをよくやっていた頃に、多摩川の河口側から遡行した場合、登戸の茶店で一休みというのが恒例だった。登戸で休んだ後はそのまま河を遡行するか、多摩川水道橋を渡って狛江市から帰るか、という選択肢がある。

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 先日、ニコンの新宿サービスセンターにニコンDfを修理に出した後、小田急線で登戸まで行ったのは、これまで自転車で登戸まで行ってはいたんだが、電車で行ったことはなかったので、一度行ってみようという考えからだった。まあ、軽い考えではあったんだが。

 ところが行ってみたら、以前行っていた茶店に行く道が工事中で通れなくなっている。まあ、茶店までは行けるんだが、そこから先は行けないので、あまり茶店を利用する人もいなくなってしまっているのかもしれない。

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 で、土手の上をウロウロしていたら、「登戸の渡し」の碑を発見。

 何故か、ここからモノクロになってしまった。何故だろう?

Epsn00573

 昔、登戸は「津久井道」という道の宿場があったところらしい。

 津久井道というのは、世田谷の三軒茶屋から町田までを通っている道で、幕府などが認めた街道ではないが、それなりに重要な道だったんだろう。

 町田というのは八王子から横浜まで絹織物を運ぶ街道筋だったんだが、津久井道はその途中の町田から江戸へ、その絹織物を運ぶ道でもあったようだ。実はもうひとつ道としての意味としては、登戸の先にある生田緑地が、大昔は桝形城という城があってその城から武蔵国へ至る道でもあったんだろう。

 で、この登戸の渡しがあった場所は「石屋河岸」と呼ばれていて、その「石屋」が今でもJR南武線の踏切わきにある吉澤石材店らしいのである。『永正元年(1504年)9月には、山内上杉氏討伐のため北条早雲(伊勢宗瑞)と今川氏親が入り、(桝形城から)立河原の戦いへ向かう』(Wikipedia)という記述があるんだから、ええっ? 創業500年?

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 生田緑地へと向かう津久井道沿いには北向き地蔵や馬頭観音像なんかもあって、いかにも古い道だったということが証明されるようだ。

Epsn00743

 ふたたびカラーに戻って多摩川サイクリングロードです。

Epsn00562

 ウィークデイに多摩サイをサイクリングなんて、まあ、リタイヤ爺だけですけれどもね。

EPSON R-D1s LEITZ SUMMICRON 35mm f2 @Noborito Kawasaki ©tsunoken (EPSON R-D1sはAPS-Cサイズのイメージセンサーを使用しているので、35mmレンズの場合、35mmフルサイズのフィルム換算すると約53mmになる)

 

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