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« 四谷「しんみち通り」今昔 | トップページ | 絵画のような写真画像が撮れた »

2018年4月18日 (水)

東京周縁部を往く・ちょうマイナー柳瀬川史跡深訪

 東武東上線柳瀬川駅といえば志木駅のひとつ先なので、こりゃ「東京周縁」じゃないだろうと思われるところだが、流れている柳瀬川自体の水源は東京都瑞穂町で、この柳瀬駅の先で新河岸川と合流して、いずれそれは荒川放水路と一緒になるという点では、やっぱり柳瀬川も「東京周縁部」と言えるのではないか、ということで柳瀬川駅に降り立った。

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 柳瀬川駅の東口側はいかにも新しく都市計画で作られた街らしく、公園やマンションなどが規則正しく立ち並んでおり、その中心に小学校と中学校があるという計画都市ならではの町づくりであある。ということはあまり期待するものはないだろうなあ、との思いで歩きだしたんだが、そうした計画都市的な部分と旧来の町との境目に行くといろいろ出てくるんですね。

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 マンションの横の細い細ーい道を通って裏側に回ってみると、小さな祠がある。そばに近寄ってみると「大塚大六天神社 此の大六天神社は安政六年道中安全の守護神として建立され……」という説明書きが。

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 そのちょっと先は小さな公園になっていて「鎌倉街道跡」の説明版がある。3月28日のブログ「東上線下赤塚から赤塚城址へ」で書いた「鎌倉古道」の一端がここにもあり、小さな公園の中にその一部が残されている。

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 そのまま東上線の踏切を渡って行くと、こんな同じ場所に二つの神社がある場所も。左の奥の小さな祠が稲荷神社で右側が神明神社。神明神社(天祖神社)といえば、我が家のそばにも立派な神社がある。

『伊勢の皇大神宮を分祀した神社。一般に皇大神宮を分祀したものを神明社と呼び、全国で一万五千社を数えるといわれています。
 この神社は、元和二年(1616)に山本家が伊勢信仰のため創建したもので、その後文化文政期(十九世紀初頭)に尾崎家が宅地と社を買い受け、明治九年には字大塚へ委譲しましたが、昭和五年頃まで尾崎家で祭典を行っていました。
 その後、大正初期の東武鉄道路線工事により、現在地に移設され祀られています。
      平成七年一月三十日 志木市教育委員会』

 ってことは、一緒の場所にあるお稲荷さんの方が元々あった神社なのか。

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 その他、大塚延命地蔵とか、小さな大野神社とか、結構、探すといろいろ出てくるんだなあ。

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 結構、町というか村というか、その歴史も調べてみればいろいろあるのである。。

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EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Yanasegawa Shiki ©tsunoken

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