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2018年4月29日 (日)

東京周縁部を往く・新木場 夢の島

 4月4日のブログ「東京周縁部を往く・江東区潮見」で多少言い訳がましいことを書いたので、その罪滅ぼしではないけれども、そこで「こっちが本当の<周縁部>だよな」と書いた、新木場・夢の島へ。

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「新木場」というのは、当然、江東区の門前仲町の隣にある(あった)木場が手狭になり、またあまりにも東京の中心部になってしまったために、そちらは「木場公園」という形で残し、本当の「木場」をゴミでできた埋立地「夢の島」の海側(当時は)に移転したのが始まりだ。

 ということなので、駅前にはこんな丸太と鳶口のオブジェがあったり、駅前電話ボックスが木でできたりしている。まあ、その辺が「木場」らしいところでしょうか。

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 で、まあそんなものがあったり木材問屋とかいろいろな会社があるのは新木場駅の南側の若洲方面であって、北側は延々と広い公園「夢の島公園」があるだけである。

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 夢の島公園は中にある夢の島競技場に学生アメフトの応援で来たことがあるくらいで、あまり着た覚えはない場所だ。っていうか、なにしろ「夢の島」には「夢の島公園」と運動場とヨットハーバーくらいしかなくて、子供を連れてハイキングとかバーベキューとかという目的でもないと来ないもんなあ。

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 で、これまで知らなかったんだけれども、1954年3月1日にビキニ環礁で米軍の水爆実験で被曝した第五福竜丸が夢の島公園の一角に保存されていることだった。

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 更に、その第五福竜丸なんだが、当然ビキニ環礁で被曝したのちはすぐに廃船になったと思っていたら、その後も東京水産大学の練習船はやぶさ丸として活動し、1967年に廃船となり、夢の島の沖合の十五号埋め立て地、つまり現在の若洲に放置されてあったものを、夢の島公園へ移設して、保存したということにびっくりした。残留放射線とかはなかったんだろうか。

 現在ならすぐに廃船になるとことだったんだろうが、さすがに戦後すぐの頃の話、すぐに廃船ってのはもったいない、ってなもんで何度も使えるものは使うっていう感じだったんだろうな。

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 エンジンも別の船で使っていたものを、やはりそちらが廃船になったのち夢の島公園に移設されている。

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 ということで、「夢の島」が「島」である証拠、広々とした運河……、って元々は海だったんだけれどもね。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Yumenoshima Koto ©tsunoken

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