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« 初めっからLost……栗橋へ | トップページ | 『新・日本の階級社会』で分析するだけじゃなくて、処方箋も欲しいなあ »

2018年4月25日 (水)

横浜寿町

 JR関内駅を横浜球場がある方向と逆の方にでて大通りを渡るとそこが寿町である。

 横浜寿町は東京の山谷、大阪の釜ヶ崎と並ぶ日本の三大寄せ場として、かつては有名な場所だった。「寄せ場」とは、かつてドヤ街などと呼ばれた日雇い労働者が住み、仕事を探していた場所の呼び方だった。

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 山谷や釜ヶ崎が一番賑やかだったのは戦後の高度成長前期、建設ラッシュ華やかなりし時代、まだ建設現場が現在ほど機械化されておらず人手に頼っていた時代である。同じことがここ横浜寿町でも見当たっていて、主に港湾労働者が多かった寿町も、荷揚げの労働もほとんど人手に頼っていた頃が一番賑やかだったらしい。

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 それが建設現場が機械化されクレーン技術を持っていない労働者は仕事がどんどんなくなってきて、更に労働者の高齢化もあって、今や山谷も釜ヶ崎も「労務者の街」ではなくなってしまった。同じことが寿町でも見られて、もはや港湾の荷揚げ作業はすべてクレーン作業になってしまって、いわゆる「肉体労働としての荷揚げ人夫」というものは存在しなくなってしまった。

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 以前は仕事にあぶれた若い日雇いたちが昼間っから酒を飲んで暴れたりして、結構剣呑な町だったんだが、現在はこの町を歩いているのは年寄りばっかりである。

 簡易宿泊所なども順次長期宿泊用の宿泊料の安いホテルや、外国人観光客向けのホテルに衣替えしたりして、街からも次第にお年寄りの姿は減っては来ている。

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 とはいうものの、いまだに以前の寿町のイメージを引きづっている場所はかなりあるし、やはりこの町に住んでいる人たちは、若い時は港湾労働者だったっていう感じの人が多い。まあ、今や年金で生活している人はまだいいほうで、かなりのパーセンテージで生活保護受給者なんだろう。

 町を歩いている人たちは、なんかそんな感じの人たちだ。

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 横浜市としてはそんな寿町を山谷みたいに外国人観光客がたくさん来る町にしたいようなのでが、まだまだ完璧にはそれは行われていないようで、まだ、ちょっと中途半端な感じがしないでもない。

Epsn00422

 横浜という一大観光地を抱えているんだから、もうちょっと何とかならないのかな、という気もするんだが。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm f4 @Kotobukicho Yokohama ©tsunoken

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