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2018年4月 5日 (木)

東京周縁部を往く・江東区潮見:カトリック潮見教会

 昨日書いた江東区潮見二丁目にあるのがカトリック潮見教会。この教会が一般的には「蟻の町教会」と呼ばれているそうだ。

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「蟻の町」とは何なのか。

「蟻の町」とは昔隅田川の言問橋のたもとにあった、昔の呼び方で言えば「バタヤ部落」という、廃品回収業で生計を立てていた人たちの、生活の場であり仕事の場であった場所のことである、

 この蟻の町に修道士であるゼノ・ゼブロフスキーと北原怜子という二人のキリスト者がいた。ゼノ神父と北原玲子は蟻の町にやってきて孤児の面倒を見たり、人々の生活の世話などをしていた。

 蟻の町の課題として、戦後の混乱期に東京都の土地を勝手に占有していたため、強制立ち退きをされるリスクがあった。そのため、蟻の町を仕切っていた元ヤクザの小澤求や、法律事務所でアルバイトをしながら後に『蟻の町のマリア』を執筆することになる松居桃楼は孤児救済者として知られた修道士であるゼノ・ゼブロフスキーと蟻の町の奉仕に尽力していた北原怜子に協力を依頼し、クリスマスの開催と翌年の聖堂建築を行ったという。

 それが蟻の町教会の前身。

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 その後、東京都が指定した立ち退きの後の代替地が江東区深川8号埋立地だった。敷地面積は16000㎡で、旧蟻の町の10倍であった。代替地への移転なので、当然そのための土地代が必要であったが、東京都の条件は「敷地代1500万円で5年間分割」という蟻の町の要求通りの破格の条件であったという。

 東京都の担当者としても、戦後の歴史からしても蟻の町の存在の必然性は認めざるを得ない状態だっただろうし、ゼノ神父や北原玲子の存在も知っていたらしい。

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 1960年(昭和35年)6月4日に蟻の町は隅田公園一角より東京都江東区深川8号埋立地へ移転した。新蟻の町には公衆浴場、児童公園、保育室などの福利厚生施設も建設されるなど、恵まれた社会環境が整備された。蟻の町教会はカトリック枝川教会となって小教区に認められ、現在はカトリック潮見教会と名称を変更している。

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 若くして亡くなった北原玲子は『蟻の町のマリア』のモデルとして世の中に知られ、映画になったりもしたのだが、その北原玲子の像と蟻の町教会について書かれた碑が、カトリック潮見教会の庭には立っている。

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 隣には日本カトリック中央協議会が運営する日本カトリック会館がある。

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 カトリック潮見教会自体はそれほど格式の高い教会ではないが、それなりに日本のカトリックにおいても重要な存在ではあるのだ。

 潮見の町の片隅にひっそりと建っているカトリック潮見教会。特に見るべきものも北原玲子の像くらいしかないが、一度、そのひっそりぶりを見に行くのも、心が落ち着いていいかもしれない。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Shiomi Koto ©tsunoken

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コメント

五所平之助監督で『蟻の町のマリア』として松竹で映画化されています。主演は千乃赫子で、結構いい映画でした。数年前に阿佐ヶ谷ラピュタで見ました。
前にカソリック新聞の方にお会いしましたが、社の場所がここになっていました。

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