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2018年3月15日 (木)

「『光画』と新興写真」展

『「光画」と新興写真』という名前の写真展が東京都写真美術館で開催中だ。

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「光画」とは何か?

「『光画』とは1932年から1933年までわずか2年足らずしか発行されなかった写真同人雑誌です。主宰者である野島康三、同人であった木村伊兵衛、中山岩太を中心に関西(浪華写真倶楽部、芦屋カメラクラブなど)のアマチュア写真家をも巻き込み、新興写真を牽引しました。評論家の伊奈信男が創刊号に掲載した「写真に帰れ」は、日本近代写真史を代表する論文として知られています。
 また1930年には雑誌「フォトタイムス」の編集主幹であった木村専一を中心に「新興写真研究会」が結成され。堀野正雄、渡辺義雄などが参加しています。わずか3号ですがこの研究会の雑誌も発行されました。今回はこの二つの雑誌に掲載された写真を中心に、新興写真に影響を与えた海外写真家の作品とその後の写真表現を展観いたします』(写真展パンフレットより)

 というもの。

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 要は、それまで絵画の代わりにすぎなかった写真表現というものを、そこから離れてカメラやレンズによる機械性を生かし、写真でしかできない表現をめさした動向が、この時期にあったということ。

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 今、我々が写真と呼んでいるものは、もともと何だったのか。『「写真」とは、「真=姿」を「写」したものであり、フォトグラフィ以外でも、水墨画や浮世絵や他の絵図でも肖像画は「写真」だった』という解説がある通り、フォトグラフィ=写真ではないのである。

「photo=光」「graphy=書かれ(描かれた)もの」の合成語としての「photography」は、本来的には「写真」ではなくて「光画」だったということになる。

 ところが我が国でも人が描いた絵をもって「写真」と呼び、その絵の派生的なものとして「光画」を写真と呼んでいるのである。

 もともと、写真の発明場所としてのヨーロッパであってもことは同じであり、やはり写真は絵画の一部であり、絵画より一つ下の存在であったようだ。それが写真のピクトリアリズムになっていって、リアリズムからは離れた存在となっていた時期があった。

 それを写真は写真表現の方に引き寄せていったのが「光画」という考えだったのである。

「『光画』と新興写真 モダニズムの日本」展は、東京都写真美術館で5月6日まで開催中。

公式サイトはコチラ

『光画傑作集』(野島康三・中山岩太・木村伊兵衛・伊奈信男 ほか著/国書刊行会/2005年11月30日刊)

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EPSON R-D1s VOIGHTLANDER ULTRA-WIDE HELIAR 12mm f5.6 @Yebisu ©tsunoken

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