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2018年3月28日 (水)

東上線下赤塚から赤塚城址へ

 昨日はある企画のための予備取材で赤塚城址まで行った。以前にも一度ブログに書いたことがあるので、ご興味のある方は2014年12月5日のブログ「赤塚城(址公園)と東京大仏」をお読みください。

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 ただし、その時は三田線の新高島平から歩いたので、山城を麓からエッチラオッチラ上がっていく感じだった。今回はちょっとラクをしようと、逆に山の上の方から降りていこうということで、東上線下赤塚から歩き始めた。まあ、それこそが予備取材の理由なんだけれどもね。

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 下赤塚から東の方へ歩き始めると赤塚中央通りという商店街を歩くことになる。

 途中、「鎌倉古道」というものと交差するんだが、まあ、この辺は関東地方の町を歩いているとそこいら中にこの「鎌倉道」が出てくる。それだけ関東武士にとっては鎌倉幕府・源氏、つまり「いざ、鎌倉」っていうのが大きな存在だったってことなんだろう。

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 赤塚中央通りをしばらく行くと松月院前交差点に出て、道は東京大仏通りに名前を変える。

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 で、この松月院(萬吉山宝持寺)という曹洞宗のお寺が、実は赤塚城の三の丸の跡に作られたお寺で、赤塚城を作ったとされる千葉自胤の墓もここにある。

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 松月院から少し坂を下りると、再び山を上がったところにあるのが東京大仏、赤塚山乗蓮寺。ここが赤塚城二の丸跡。

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 で、乗蓮寺から少し谷を降りて再び上ると赤塚城の本丸があった広場に出る。ここは都立赤塚城址公園として整備されている。

Dsc_00432

 多摩丘陵の東の外れにあるここ赤塚は、目の前が徳丸ヶ原と呼ばれる低地で、赤塚城の置かれた場所も、如何にも「平山城」という「砦」の場所に位置している。いかにも中世の城という感じだ。

 この赤塚城の支城が、京浜東北線上中里にある、やはり千葉氏(ただし自胤とは別人物)が作った平塚城なんだが、やはりこちらも平山城で、やはり見晴らしの良い場所に砦としての城を作るんだな、というのがまさしく中世の城。赤塚城も平塚城も太田道灌のバックアップで、石神井城の豊島氏を討つために作られた城らしい。

 下赤塚からはちょうどよい散歩コースなんだが、問題は散歩の後の居酒屋だな。

NIKON Df AF NIKKOR 35mm f2 D @Akatsuka ©tsunoken

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